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読売新聞に裁判員制度と宗教界の関わりについて書いてあった。 難しい問題だと思うが、私は我々一般人が判決を決めるときに情状面だけで判断して 「疑わしきは被告の利益にず」の原則を本当に守っていけるのか心配だ。 プロの裁判官でさえ難しい判断をして冤罪事件もある事を考えると 一般人が裁判所で出される証拠だけを客観的かつ合理的に どこまで正しく判断できるのだろうか・・マスコミの報道に誘導されて流されないだろうか? 心配すれば幾らでもマイナス要素は浮かぶのだ。 反対にこの制度を始めるメリットを私は思い浮かばない。 「人が人を裁く」難しさ考えさせられるのだ。 ましてや宗教家の方々にとって自身の信条に関わる問題でもある。 人を導く立場の方は複雑な心もちではないのだろうか? こんな私でも引き受けるのは考えるのだから・・・ 正直私は選ばれない事を密かに願っている。
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2009年01月11日
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Photo by (c)Tomo.Yun
私が机の横に張ってある言葉です実践は難しいですが 一つでも自然体で出来るようにと思っています 「ありがとう」は魔法の言葉らしいです。 言葉にも言霊があると思います。 「ありがとう」と言われて嬉しくない人は居ないと思います。 素直に喜べない人はかなり心が病んでいるので 心の洗濯お勧めします。(爆) |
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