「僕」と「君」と時々「あの子」。 これがこの歌に出てくるキーワードだと思います。 この曲はサビ部分で「なぜ君は行くの ひずんだ僕の声」と歌っていながら、途中の間奏では「あの子と友達になるわ」と女性言葉を使うなど、主人公が男性か女性かも特定しにくいなんとも珍しい歌なのです。 私はそれが謎で謎で不思議すぎて。 以降、私の勝手な解釈になりますが(と言ってもいつもそんな感じですが;)、 何かありましたらツッコミどうぞ。m(_ _)m まず先に結論を言いますと、 この曲の主人公は女性で、男性との別れを悲しんでいる歌なのではないかということです。 今日見かけたよ さり気なくカバン持ってた ねぇ 好みも趣味ももうあの子の匂い「あの子」は呼び方からして女性をさしています。 そしてそれを見ていた人物はカバンなどの身につけるものに目がいくところから女性である可能性が高いと考えられます。 ここで出てくる「あの子」がなにやら謎解きの鍵になりそうです。 この「あの子」は後も出てきます。 あの子と友達になるわ 会えなくならず済むのなら ドアの外で 凍えそうで 何も感じなくして話口調からして、「あの子と友達になるわ」これは女性の一言です。 そして「あの子」との別れに切なさが募るなら、「あの子」と主人公は少なくとも友達以上なはず。 なのにここではこれから友達になろうという雰囲気。 これは一体なぜ? そこで上の“好みも趣味ももうあの子の匂い”というところから推測するに、 ここでいう「あの子」は主人公の女性が思いを寄せる彼に新しくできた女性なのではないかと思うのです。 ですから“好みも趣味ももうあの子の匂い”というのは、主人公が自分のことを忘れ変わっていく彼に切ない気持ちを抱いている心情を表したものではないかと。 そうすればその直後の 粉雪が舞う空すべて隠してというめちゃくちゃ切ない表現にもつじつまがあうような気がするのです。 そして、あの子と友達になる=彼との関係が(間接的ではあるが)完全には絶たれない状態になる だから“(彼と)会えなくならず済む”のではないかと。そういった解釈も考えられるのです。 そうするとその後の「ドアの外で凍えそうで 何も感じなくして」の表現も、ただ単に別れの悲しみ を歌っただけには聞こえなくなってきます。 さらに2番のサビ後半の 取り戻せないの どんなに足掻いてもこれも二人が付き合っていたときのことを思い浮かべて“取り戻せないの”と嘆いているようにも聞こえます。 しかし、ただひとつ問題があって、こう解釈するとなぜサビは“ひずんだ僕の声”と歌っているのかが謎になるのです。 字数の関係で、「私」よりも「僕」の方が響きが良かったというのも一理あるような気もします。 しかし、一字違いですし、どうにかできそうな気もするんですよね。 やはり意図的、効果的にこの表現が使われているように思えるのです。 私のその部分の解釈としては、女性的な歌の中に「私」ではなく「僕」という表現を出すことによって、 歌の受けて側の想像の幅を広げているのではないかと思います。 仮に 「なぜあなたは行くの ひずんだ私の声」 という歌詞があったとしたら、これを読んだ大体の人は“恋人の別れの歌”や、もしかしたら“捨てられた女の歌”という風に解釈するのではないでしょうか。 でもそれを 「なぜ君は行くの ひずんだ僕の声」 という風にすることで、“恋の別れ”というだけではくくれないニュアンスになってきます。 聞く人によっては、友達同士の別れの歌にも聞こえるでしょう。 この歌が恋愛の歌っぽく聞こえない一番の要因は、この「僕」と「君」の表現の部分にあると思います。 そもそもがそういうテーマではないといわれたらそこまでなのですが…それは禁句ですよ。ここまで語ってしまったら(苦笑) そんなわけで、どのような設定で捉えてもいいように、もしくは、女性的表現だけではない歌にしたかったなどの意味合いから「君」や「僕」という表現を用いたのではないかというのが私の解釈です。 この曲は主人公設定や解釈がいくらでもできそうななんとも珍しい曲なので、私の解釈はいくつもあるうちのひとつにすぎません。 解釈のしようによってはどのようにも考えられますし…。 小松さんの真意を聞きたいところですが、受け手の想像力を膨らませる“抽象的表現”を巧みに用いているのが小松さんの曲のよいところだと思うので、これらのことはリスナーの課題といったところではないかと思います。 【MEMO】
この曲を描いたときの、映像が迫ってくる悲しい感じを今でもハッキリ覚えています。 この頃はシングルといえば前向きが定番だったのですが、急遽リリースしたので最後までネガティブですよね。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 邦楽



あの子=元カレの今の彼女、だと私は思ってます。あと、この曲はサビ始まりなので、ひょっとしたら、一番最初の「なぜ君は行くの ひずんだ僕の声」の部分だけは「僕」つまり男の側の目線なのかもしれない、と思ったりします。彼女のほうが未来へ向かって別れを選んだ、と男が思っていて、でも実は彼女のほうも…、という、別れの心理におけるすれ違い、というのを引き出しているのかも、と思ったり…。深いです。
2007/2/8(木) 午前 8:04
トラバしていきますね。それにしても…。主人公は「あの子」とどうやって友達になるんでしょうか?気になります。
2007/2/8(木) 午前 8:07
すれ違い…切ない響きですね。そしてその解釈、大変深いですね。私にとってのこの曲の表情がまたひとつ増えた感じです。私は別れを切り出したほうは男性だと思っています。「できれば捨てぜりふ 投げかけて」の表現が女性が男性へ向けたもののように聞こえるのと、「あの子と友達になるわ」…これは、別れを切り出した方が相手と関係を続けたいと思うなら“よりを戻そう”の一言で終わってしまうハズだからです。
2007/2/8(木) 午後 1:08
間接的にでもかかわりを持ちたいと思うのは“別れを切り出されたほう”ではないかと思い、この場合女性が男性に置いていかれる形になったのかな…と思っています。男性の方と女性の方ではまた解釈の仕方も変わってくるかもしれませんね。
2007/2/8(木) 午後 1:10
(と、長くなってしまいましたが;)トラバありがとうございました!「あの子」にはこーっそり近づくんですかね。知り合いなら友達伝いに、知らぬ人なら偶然を装って…?(笑)
2007/2/8(木) 午後 1:16