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水害の街は今・・・



 
昨年の9月10日に発生した鬼怒川の決壊から140日が経ちました

決壊現場では急ピッチで修復作業が行われています


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用事があって常総市を訪れましたが その当時の水害の爪痕は

まだ生々しく残っていて まだ目を覆いたくなる思いになります


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それでも 決壊現場を離れれば

被害の痕跡がわからないくらいの風景に戻っています

当時は連日のように取りあげられた「茨城県常総市大水害」…

現在においては報道されるのもほとんどなくなりましたが

現在の見ためは 日常風景に戻っていると見えるのが原因かも知れません

でも テレビやラジオで報道されなくなったから復興したのではありません

まだ48人の避難者がいるという現実…

復興への道のりは長期化したままでいるのが実情です

確かに一部を除いては復興は進んだと言える風景が広がっていますが

今の被災地で暮らす方々が抱える悩みは目に見えるものではなく

将来の希望につながらない不安が少なからずあると言えます

常総市の被害は家屋の倒壊だけではありません

生活の支えである田畑が流されてしまったという現実があります


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堤防や家屋は徐々に対策をされて元に戻りつつありますが

まだ 田んぼや畑には瓦礫が埋もれている状態です

先日の茨城新聞でも 真冬の田んぼに入って 

流れ込んだ多くのガラス片や瓦などを

地道に取り除いている姿が報道されていました

何年たったらまた米を作ることが出来るのか…

被災した農家の人にとっては先の見えない不安が重くのしかかっています


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私の友人も今回の水害で被災しましたが

何をどう援助してやったらいいのかわかりません

現在 被害実態に見合わぬ支援制度により

生活再建が進まぬことが課題となっているのが現実です

それでも 被災者から聞けるのは 助かってよかった

自衛隊の皆さんやボランティアの方々に感謝ですという言葉です

公的支援は当然必要ですが

他人である人が無償で作業をしてくれた

遠い所から来てくれて大変な事を笑顔でしてくれる 気にかけてくれる

それが力となり被害に遭われこれからどうしようと想い悩んでいる方々に

次の一歩を踏み出す勇気 希望に繋がるのだと思っています










辛くたって幸せはある



最近 どこかの教育委員が

「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるよう にできないのか

教職員もすごい人数が従事しており 大変な予算だろうと思う」

などと発言したことが大きくニュースで騒がれましたが

障害者をもつ家族や団体からは非難を浴びて 

職を辞してしまったということです

そんな考えを持っている人もいるんだと驚きもしましたが

障害があるから本人も家族も周りの人も

幸福に生きられないということは大きな間違いです

「五体不満足」の著者である東京都教育委員の乙武洋匡さんは

「私も生まれてこないほうがよかったですかね?」

とツイッターに書き込んだそうです


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一昨日12月9日は「障害者の日」でした

1975年のこの日 国連は「障害者の権利宣言」を採択しました

それにちなんで 12月9日を「障害者の日」と制定し

障害者の社会参加を促す記念日としました


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生涯  植物を愛した牧野富太郎博士は 元々は「成太郎」と言う名前でした

ところが 2歳で父を 5歳で母を 6歳で祖父を亡くした頃

「富太郎」に改名しています

度重なる不幸続きに 不幸を逆手にとって「富」に…

不幸ではなく それもまた博士らしいお茶目な生きざまなのでしょう

七百坪ほどある博士の居宅跡が練馬区にありますが

その庭園には「花在ればこそ吾も在り」と刻まれた碑が…

(花が在ってくれたから私も存在出来た)


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幸せは 辛いことがないことではなく 辛さの中に見つけるもの

障害者がいればこそ 優しい人間らしい社会が存在すると…

そんな風に思えます


                   (寄せ植えはパートナーの作です)







消えゆく雑木林



散歩道の途中にある そんなに広くはないけれど一応は雑木林のような場所

数日前から車が何台も停まっていたと思ったら あら たちまちはげ山に…

伐採の仕事をしていたようです


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それにしても 今は雑木林が少なくなりました

昔 雑木林は 人間が生活しているすぐ近くにあって

生活と密接な関係があったところ…

例えば燃料や作物を育てるための堆肥など 雑木林からいただいていました


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だから 雑木林は自然にできたものではなく

昔の人々が長い長い時間をかけて育ててきたもの…


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子どもだって 雑木林に入っていろんな遊びをしました

遊び道具がごろごろ転がっていて コマやネックレスをつくったり

名前はわからないけど いろんなものに触れて 手がかぶれて

後でウルシの木と知ったり…それがまた自然の中での学習でした


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雑木林の中にはいろいろなドラマがあります

木々の移り変わり 虫たちの誕生から死まで

カブトムシやクワガタを追いかける人間にもまたドラマが…

蛇や蜂に出くわして 一目散に逃げたこともありました


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そんなことを考えながらはげ山を見渡すと

はげ山の片隅で 幸いにも刈り取られていないジュズダマを発見


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ジュズダマだって 子どもにとっては最高の遊び道具

中心には 花軸が通る穴が開いていて それに糸を通すと

立派な数珠の出来上がります

たくさん集めてお手玉の袋に入れたり…


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ゲームばかりやっていないで

今の子供たちにも

そんな自然の中での遊びのおもしろさを味わってほしいですね










ああ倦怠期!



もう12月 花も終わると綿毛の旅立ちの時期になってきました

フーテンの寅さんのように 風任せで気ままな旅にでかけることでしょう


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(オニノゲシの綿毛)






さて 12月にもなれば 新聞に挟まれてくるチラシを見ると

「暮」という字がやたらと目立つようになりましたが

“暮れのご案内”が“墓のご案内”に見えてしまった自分に

倦怠期なのかなと 少なからずショックを受けております

いやいや 気持ちだけはまだ若い 気を取り直していかねば…


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(シュウメイギクの綿毛)






ところで 暮れと言えばお歳暮を考える時期ですが

最近は「カタログギフト」なるものが大流行りだとか…

自分で選べるというやつですよね なんか味気ない気もします


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(ノボロギクの綿毛)






私もカタログギフトをいただいたことがありますが

カタログギフトって なかなか欲しい物が載ってなくて…

結局お皿の3点セットみたいなものになって

店に行って自分で選んだ方がいいのにということになってしまうのが落ち…

だったら“お金くれ!”と叫びたい気持ちです

こんなことを考えるのも倦怠期の証拠?


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(タンポポの綿毛)




まだ幸いにも 「妻」と言う字が「毒」には見えません











まかれた種に感謝



昨日のこと 何気なく見ていたテレビでやっていた

「新天地に挑んだ日本人〜ブラジル120年〜」にくぎ付けになりました

たぶん再放送だったのでしょうか

番組の内容は 120年前にブラジルに新天地を目指して挑戦した

日本人たちを紹介したものでした

その中の1人 大原治雄さんが家族に残した言葉に感銘を受けました

まかれた種に感謝


今日見る花を咲かせてくれた

 


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(画像はツルウメモドキ)






当時のブラジルへは 新天地を求めて多くの日本人が渡っていきました

全く未開の土地を 過酷な環境の中で働き続けて切り開く

それが彼らの現実だったのです

しかし 大原さんは深い感動を持って生きていたと

のちに彼の子どもたちが証しています

それは 日記に記した次のような言葉でうかがい知ることができます

“開拓の努力 創造の喜びを知る者は恵まれたるかな

どんなにひどい労働 日中の酷暑にあっても

涼しい夜の安息境に入れば 快く昼間の労働を思い得るのだ

そこには何の苦痛も伴わない”


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開墾に力を尽くし やがて彼は広大な土地を手に入れます


そして コーヒー農園の経営に乗り出し生活も安定してきました
 
しかし 彼には5人の息子と4人の娘がいたのですが

その全員を大学に送るために 惜しみもなく財産を使い果たします

それでも足らず 巨額の教育費を捻出するために

彼はせっかく開墾した土地を売り 借金もしてしまったのです
 
ある日 娘の一人が

「歯が欠けているのにお父さんはどうして治療しないの」と不平をもらすと

母は「あなたたちの学費を作るために お父さんは歯をほっているのよ」

と答えたそうです
 

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大原さんは 子どもたちには金や名誉を残さなくてもいい

教育が最も大事だ この子たちが高い教育を受けて

ブラジルの社会でできるだけ役立つ人間になってほしいと願っていたのです

まかれた種に感謝


今日見る花を咲かせてくれた


この言葉は 家族の写真アルバムに手書きされていました
 
開拓者そして農業者らしい大原治雄さんの言葉に感銘です


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大原さんの次男のスナオさんがこう言っていました

“私たちは 父の背中を見ながら成長しました

ですから 心が貧しい人間は家族にいません

人の悪口を言う人間もいません

そして みんなの心が通じ合っています“
 
 





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