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ポジティブに考えようと思っても、そう思えないこともある。
たとえば、私は「非難されても、相手は自分のために言ってくれているのだ」
「自分の至らない部分に気づかせてもらった」と考えようと言われても
相手にもよるけれど、
人を非難する人間とは付き合いたいとは思えないし
ましてや指摘していただいてありがたいことだとは思えない。
それから、苦しいときは「これは成長のために神が与えてくれた試練」
そう思って感謝して受け止めようというのもあるけれど
苦しいことを感謝して受け止めることは出来ない。
もちろん、そう考えることで気持ちが切り替わって
前向きになれる人は、そう考えればいいと思う。
でも、ポジティブに捉えられないのならば
無理にポジティブに考える必要もないと思う。
いつかそう思えるときがきたら、そう思えばいいだけのこと。
問題は、肯定的に物事を捉えられない自分を
否定的に捉えることなのではないだろうか。
愛しなさい、許しなさいと言われても
愛せない、許せない相手はいるもので
そう思えない自分が今の自分であるならば
それはそれでいいのだと思う。
それを、無理やり愛そうとしたり、許そうとすることの方が不自然だし
そういう不自然なことを「しなければならない」と自分を追い込むと
無理が生じる。
ポジティブに考えるのも、相手を許すのも
そうすることで、自分の気持ちが楽になることが目的なのだから
自分の気持ちに無理をして却って気持ちが辛くなるのならば
無理にポジティブに考える必要なんてないのではないだろうか。
親との葛藤に苦しんでいる人は
親を憎みながらも、
同時に親を憎んでしまう自分を嫌悪して苦しんでいる。
親を愛せない自分、家族を愛せない自分。
そういう気持ちを抱いてしまう自分が許せない。
自分を好きになれない人は
自分を憎みながらも
自分を好きにならなければならないのだと思いつめている。
テレビドラマや物語での恋愛や、家族愛。
友情物語や、夫婦愛。
あれは、理想的な部分だけを切り取って作られたフィクションであって
それと比べて自分たちの関係は違っているからおかしいのだと思わない方がいい。
違っている方が現実で当たり前の姿なのである。
違っているからこそ、みんなが憧れる。
完璧な人間なんていない。
いつも、前向きでポジティブ思考で生きている人なんていないのである。
ただ、そうでない部分を見せていないだけの事。
みんな心の中では、くだらないことをいつまでもうじうじ悩んだり
決心した通りに出来なくていらいらしたり
嫌だなと思いながらも、仕方ないやと割り切ってみたりしているのだと思う。
だから、ポジティブに考えられなくても
道徳的に正しい気持ちになれなくても
そんなことで、自分を情けない人間だと思う必要はないと思う。
それが当たり前だし、そういう気持ちを持ちつつも
少しでも前向きな行動が出来れば、立派なものだと思う。
前向きな考え方が出来ないときは、無理にそうしようとしなくてもいい。
落ち込んでしまうようなこと、嫌な気持ちになるようなこと、
そういうことについては考えない。
まずは、それだけを心がけてみるのはどうだろうか。
(うまくまとめることが出来ませんでした。ごめんなさい。)
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そう!
ほんと、その通りだと思います!!
2011/1/28(金) 午後 9:39 [ - ]
> 問題は、肯定的に物事を捉えられない自分を
> 否定的に捉えることなのではないだろうか。
うん、うん、同感です
否定する回路を持った人は、肯定できいない自分を否定する
ネガティブな自分を否定し、いつもポジティブでないといけないと
いつも否定の回路を動かそうとしてしまう
使う回路を換えない限り、その人の思考回路はいつも否定回路を使うことになってしまう
もしも、肯定的に物事を捕らえたいならば、何でも肯定してしまい
肯定回路を太くすること
なにかあったときに否定回路に電流が流れないくらいに
肯定回路を太くしてしまうこと
自分の結論です〜〜♪(^_^)
2011/1/29(土) 午前 5:59 [ - ]
そうですね。。
いい人ぶるんじゃなくて、許せない時は許せなくてもいいんですよね。。
自分が相手を許せない時って、自分が悪いんだ、自分が悪いんだ、私は心が狭いのかな?とかいろいろ考えてしまい余計にしんどくなって、また相手が許せなくなって来たりします。
こういう考え方もすれば反対に心が軽くなり、時がたてば相手を許せるようにもなりそうです。。
2011/1/29(土) 午前 10:24 [ くーちゃん ]
目の前にある問題を乗り越える原動力はなんだっていい。
でもいい。
できたよ。凄いわ
」って鼻高々に自分を褒めればいい。

試練だわ…(苦笑)、でもいいし、やらなきゃいけないならやってやるー
乗り越えられたら、頑張ってクリアできたら、「さすが私
それだけでいいんです。
一時的には仕方ないけど、ひたすら目を背け見ないふりをしながら心に引っ掛かりを残し続けてしまうことの積み重ねは…自分を卑屈にし、良くない思いに囚われてしまうから止めたほうがいい。
気持ちの持ちようは、いつでもリセットができますよね
すべて自身が物事に向ける気持ち次第
2011/1/30(日) 午後 0:18
Graspuさん、共感ありがとうございます。
2011/1/31(月) 午後 8:36
ピクシーさん、ありがとうございます。
自分の思考の癖ってありますね。
物事は角度を変えて見ると、また違った見方が出来るものです。
ひとつの角度からしか物事を見ていないのではないか、
そういうことに気づくこと。
自分の考え方のパターンに気づくこと。
大切ですね。
2011/1/31(月) 午後 8:40
ももこさん、ありがとうございます。
やはり、頭ではそう感じてはいけないと正論を考えても、気持ちがそうでないと無理が生じます。
2011/1/31(月) 午後 8:42
そらさん、ありがとうございます。
無理に肯定的に問題をとらえなくてもいいのだけれど、否定的な思いになってしまうならば、とことん苦しめばいいのだと思います。
問題から目をそらしてしまうのは、苦しいときにしっかり苦しもうとしないからですね。
苦しいと感じるならば、そこにしっかりと自分が向き合う。
そこから逃げようとするから、いつまでも苦を苦にしてしまうのだと思います。
2011/1/31(月) 午後 8:50
>ひとつの角度からしか物事を見ていないのではないか、
主観的な自分の角度
客観的な自分以外の角度
で物事をみてみること大切ですね
相手の角度
第3者の角度
過去の自分の角度
未来の自分の角度
今の自分の角度
この5つの角度から、今見えてみることをもう一度見直してみると
アレっって気づくことがあるかもしれませんね
2011/2/1(火) 午前 7:09 [ - ]
ピクシーさん、そうですね。
いろんな角度から物事が見れるようになりたいものです。
2011/2/17(木) 午後 7:16
ちえらさん、ありがとうございます。
親を許さなければ、愛さなければと思って、親に受けた恩をいろいろ考えてみる。
でも、それでも育ててくれたことに感謝はするけれど、好きになれない。
嫌いなものは仕方ない。相性が合わないんだと突き放して見るようになったら、親は親なりの人生があるんだなと、それなりに距離をもって接することが出来るようになりました。
2011/2/17(木) 午後 7:22