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ある人が法然上人に尋ねた。
「私は、念仏をしていると眠くなってしまって困ります。
どうしたら、よいのでしょう?」
すると、上人は
「それならば、目が覚めたときに念仏すればいいではないでしょうか」と
答えたと言う。
「徒然草」の中にある話です。
前回の記事の内容と重複するのですが
前向きになれないときは、前向きになれないままでいいのだと思います。
がんばれないときは、がんばらなくてもいい。
人を許せないのなら、許さなくてもいい。
それを、そんな気持ちでは人として正しくないからと
無理にでも明るく前向きで、誠実な人間であろうとする。
でも、がんばれるときにがんばればいいのだと思うのです。
相手を許せる気持ちになったら、相手を許せばいいのです。
前向きになれるときに、前向きになればいいことです。
どうしても、そういう気持ちになれないときは
その気持ちのままで仕方ないと思うのです。
もう少し、ゆったりと自分のペースで歩んでゆけばいい。
それで、遅すぎることはないと思うのです。
今すぐに気持ちを切り換えて、がんばらなくても
がんばれるときまで待って、それからがんばっても遅くはないと思います。
そんなに、せっかちに生きなくても
人生は結構長いものです。
幾度でもやり直す機会はあるものです。
冬の寒さが身にしみる毎日ですが
それでもやがて春は来るのです。
野原を転げまわって遊ぶのは
春になってからそうすればいいこと。
それを吹雪舞う冬の日にどうしてもしたいと思って
無理して外で転げまわっても
風邪を引いてしまうだけ。
寒い冬の日は、部屋の中で凍えながら春を待つように
落ち込んだり、暗くなってしまったときは
しっかり、落ち込んでいればいい。
しっかり、苦しんでいればいいのだと思うのです。
そこから、逃げよう逃げようとするから
苦しみが深くなってくる。
そんな風に思います。
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前向きになれないときに前向きになり
がんばれないときにでもがんばって
できないことでもできるようにして
そんな一面があるからそこ成長できるともいえます
でも、あすなろさんのいうように
前向きになれないときに前向きになろうとするのは、やりすぎ
がんばれないときにでもがんばろうとするのは、やりすぎ
できないことでもできるようにするのは、やりすぎ
だったりすることもある
なんでも過ぎれば、しなかったこと以上にマイナスになる
いつもがんばるのでなく、息抜きも必要〜
できることばかりじゃない、できないことだってある
そういうことだと思いました
2011/2/1(火) 午前 6:46 [ - ]
「勝ち組」「負け組」って言葉が世に出て以来、
頑張り続けなければ、と思う自分がいます。
でも、正直疲れているんですよね。
一休みしたい、でも・・・といつも迷う自分がいて。
自分にも周りの人にも、こんな風な「ゆとり」を持つ、
そんな雰囲気の人間でありたいです^^
2011/2/1(火) 午後 3:49 [ labilabi ]
ピクシーさん、いつもありがとうございます。
すぐに投げ出さないこと、努力すること。
とても大切なことですね。
でも、がんばりすぎると却って自分を追い込みすぎて力が出なくなってしまうこともあります。
なにごとも、ほどよい加減、バランスが大事ですね。
2011/2/3(木) 午前 6:24
labilabiさん、ありがとうございます。
世の中の流れが、競争することを強制しているようです。
勝ち残れなければ、それは自己責任として切り捨てられる。
助け合って生きる、お互いに未熟なんだから持ちつ持たれつ。
そういう生きかたをしていると、足を引っ張られる。
弱みを見せると、蹴落とすチャンス、自分が得するチャンス。
そんな感じの風潮ですね。
嫌な社会になってきました。
2011/2/3(木) 午前 6:35
> 前向きになれないときは、前向きになれないままでいいのだと思います。
> がんばれないときは、がんばらなくてもいい。
> 人を許せないのなら、許さなくてもいい。
蒔いた種に水をやれない日だってある
蒔いた種は自分の目標
水をやりすぎれば、枯れてしまう
適度に水をやっていればいい
目には見えないけども、かならず、土の中で芽は育っている
水をやっていれば、いつか芽はでる
でも。。。
もちろんでない芽だってある
バカみたいに、1年も2年も待ってても意味はない
無理かなと思ったら、別の場所にもう一回蒔いてみるとか
肥料を変えてみるとか、時期をずらすとか
工夫が必要〜〜
そんな気がします。
2011/2/3(木) 午前 10:44 [ - ]
ピクシーさん、そうですね。
何かうまく行かないのは、自分でも気づいていない問題があるのでしょう。
そこに気づいてゆくことが、成長してゆくためには必要なのだと思います。
同じ事を繰り返してしまうのは、なにか自分がこだわっているものがあるからでしょう。
そのこだわりから、解放されたとき、あたらしい道が開けてゆくのかもしれません。
2011/2/3(木) 午後 7:16