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怒りの感情に支配されているとき
自分の頭の中を観察してみると
いかに自分を正当化しようと思考しているかに気づく。
悪いのは相手であって、自分ではない。
だから、この怒りは正当なもの。
なんとかして、相手に非があることを証明したくて
いろんな理屈を考え続ける。
誰に対して、自分の正当性を証明したいのかは分らないけれど
反論されないように理屈を組み立てている自分がいる。
でも、そんな時
「私は何を期待していたのだろう?」と自問してみる。
すると、感情の渦に溺れていた自分が
少し冷静になれる気がする。
感情は期待との関係から生まれるという説がある。
怒りは、期待通りに行かなかったときの感情。
喜びは、期待していることが手にはいったときの感情。
不安は、期待通りにいかないのではというときの感情。
悲しみは、期待していたことを完全に失ってしまったときの感情。
感情に流されてしまったとき
ふと、そんな考え方を思い出してみる。
そうすると、感情の渦の中でもがいていた自分が
ふと、その渦から抜け出して岸辺に立つ。
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自分を正当化しようと・・・
ちょっと振り返ってみたら、本当にそうですね^^;
何度も読みました^^
どうもありがとう^^
ポチ
2011/3/11(金) 午前 10:39
私は期待してないし 見返りも求めていない
そう思っていたけど ちがったんですね
自分を正当化してる
責めたり攻撃したり…
思い当たる事ばかりで
キツイ(;_;)
ありがとうございました。
2011/3/12(土) 午後 10:36 [ hnmy ]
そうですね、「期待」し続けて生きていることに
今、気がつきました。
若い時より経験が増えて、
いろいろな事に期待しなくなって、
少し生きやすくなったと感じていたのに、
そうでもなかったんだ、と。
やっぱり何かに期待しているのだなぁ、と。。。
そして、これからも期待し続けていくのだろう、と。
ありがとうございます^^
2011/3/13(日) 午後 1:09 [ labilabi ]
さくらさん、ありがとうございます。
自分を正当化しなくても、ありのままに受け入れてくれる人がいれば
きっと、みんな優しく生きられる。
自分を証明しようと飾らなくても、そのままでいいんだよと、そうやって受け入れてくれる人が多ければ、みんなつまらないことで意地を張ったり喧嘩しなくて済むのに。
そういう人になりたいな。
2011/3/14(月) 午後 7:20
hnmyさん、コメントありがとうございます。
人は誰でも、誰かに受容され承認されなければ生きられないのでしょうね。
怒りを表して自分を正当化することで、受け入れてもらおうとする。
でも、正しいから受け入れられるんじゃないと思う。
正しくなければ受け入れられないわけじゃないと思う。
そういう条件つきで受け入れるのではなくて、そのままで受け入れてもらいたい。
みんなきっと、そう思っていると思う。
でも、そうやってありのままの自分を、承認し見守ってくれる人が少ないんだろうね。
だから、人間不信になってしまう。
人を信じられないから、自分も信じられないんだよ。きっと。
2011/3/14(月) 午後 7:29
labilabiさん、コメントありがとうございます。
人は結局、誰かと依存し合わなければ生きていけないのかもしれません。
お互いがお互いを支えあって生きてゆかなければならないのだと思います。
でも、人との関係が安らぎではなくて、緊張を伴う関係になってしまっているように思います。
本当は、相手に対する期待が、相手を信じる期待であればいいのですが
ともすれば、相手を不信に思う期待が強くなってしまいます。
そして、現実に相手も自分の利益や損得で関係を作ろうとすることが多く、その結果信じていても裏切られ、期待した自分が馬鹿を見る。
競争社会の悪い面が表に出てきているように感じます。
人を信じられない社会。
人を信じられないから、自分も信じられない。
自分がそのままで受け入れられるのだと、人を信じることが出来れば自信も育つのです。
自分のすることが常に誰かに評価され非難されかねないとおびえるから、自信が育たないのです。
人との信頼関係が薄くなってから、自信がない人が増えているように感じます。
2011/3/14(月) 午後 7:47