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私の長男は自閉症です。
自閉症の子供は、悪い事をしたら「叱る」良いことをしたら「ほめる」ことで
社会性を身に付けさせるとか
目的に向って我慢させたり、困難をがんばって乗り越えさせることで
経験を積んで学ばせるとかいうようなやりかたは通用しないところがあります。
私は、子供に接するたびに、いかに自分は自分の物差しで相手を判断しているのかということに気づかされます。
私にとって有用な物差しであっても、相手には有用でない。
相手には相手なりの世界がある。
その当たり前のことに、いつも気づくのです。
自閉症というのは障害であって病気ではないので
治るとか治すものではありません。
心の病気や、考え方の違いであれば矯正できるかもしれませんが
それは、その子供の特性でありその子供と切り離すことが出来ないものだと
考えています。
そういう子供として、ありのままに受け入れるしかないのだと思います。
とはいえ、そのままではなにかと社会生活を送る上で不便なので
あれこれ、社会のルールを学ばせるのですが
それは、普通じゃないから普通になれるようにするということではないのです。
障害を持った子供は、学校でも特殊学級とか特別教室とかに所属して
普通の子供とは区別されるのですが
そもそも、普通って何を差すのでしょうか?
何が特別で、特殊なのか、よくわかりません。
普通といわれる子供だって、みんな少しづつ偏っていますし違っている。
みんな違っていて、特別の存在で、
それが普通じゃないだろうか。
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>みんな違っていて、特別の存在で、それが普通じゃないだろうか。
言葉にできないくらいに共感します。同感で賛成です。
健康の人からみれば、病人は普通じゃない
病気の人からみれば、健康の人は普通じゃない
ともいえるし
健常者が多くいる職場に一人の障害者がいれば、障害者は普通じゃないと呼ばれる
逆に障害者ばかりの場に健常者が一人だけいれば、その人を特別扱いすることになるので障害者が普通ということになる
多数派が少数派を差別的に使う言葉なのじゃないかと捉えることも出来ます。
健常者とか障害者って区別もそうだし、一般的に、常識的に、って言葉も似たような概念を持っているんじゃないかって気がします。
2011/4/28(木) 午前 4:04 [ - ]
誤解されることを怖れずに書かせてもらえば。
「自閉症」のお子さんを持つあすなろさんに
「大変ですね」「お辛いですね」と言ってしまえば、お子さんを差別してしまうことにもなるかと思うので、あえてこのような言葉は使いません。
医学の専門家でもない私が「自閉症は治すものではない」というあすなろさんのご意見に反対する気はまったくありません。
自分自身は自閉症ではありませんが、普通じゃ困難だと思われている「植えつけられた脳の問題」に対処しようとしている中で感じるのですが。
「治す」という観念でなく、「伸ばす」と捉えた方がいいように感じています。
脳の細胞はミトコンドリアが多いので、消化器官にくらべ分裂は殆どしないそうですが、神経細胞は使えばドンドン伸びていくそうです
それは、老人でも伸びるそうです。
2011/4/28(木) 午前 4:18 [ - ]
長くなってしまい申し分けありません。今までのあすなろさんの記事を長い間読ませて頂いてきて私には凄く勉強になり、あすなろさんは素晴らしい能力を持たれている方なのだろうと思いますので、もうちょっとコメさせてください。
最近「発達障害に気づかない大人たち」という本を読みました
この本だけの内容からだけじゃないのですが。
発達障害の症状を起こすのは、先天性の場合と後天性の場合があり
はじめから脳に物理的な障害がある場合と、生まれてからの環境の影響を受け、脳が発達しなかった場合があるような印象を持ちました。
(作者も少なかれそういう意図があるのではないかとも思えます。)
どちらの場合でも、障害を受けている部分の脳細胞を生かそうとするのでなく、脳にある使われていない部分の細胞でカバーできるような方法を見出していくのではないかって感じました。
免疫学面からガン、糖尿病、ウツまでの病気を統一的に捉えた話を書かれている安保徹さんや処々の方々のご意見を読ませてもらうと
どうも治療とは、治すことではなく、その人にあった生き方を見つけていくことなのではないかって感じるようになってきまし
2011/4/28(木) 午前 4:31 [ - ]
ピクシーさん、たくさんのコメントをありがとうございます。
発達障害について、よく勉強されていると感じました。
脳機能の障害について、治らないから仕方ないということではなくて
治せる部分は治せばいいのだと思います。
ただ、あまり治す事にとらわれすぎると、うまくいかないのは努力が足りないからだと自責することになりかねません。
治せることは治すにこしたことはないけれど、それよりも自分のできることをきちんとしていく。持ち味を活かしてゆく。そういうことも大切だと思います。
2011/4/28(木) 午後 7:14
お考えはごもっともで賛成ですが、この世の中、
自分と相手以外に社会という厄介なものがあります。
そしてそこには常識というのがあって、それを踏み外すと社会からは阻害されます。
自閉症のことはよく知らないのですが、他の人と同じではなくても違った方法でそれを補う工夫はできるようにも思いますがどうでしょうかね。
2011/4/28(木) 午後 7:27
凡人さん、ありがとうございます。
郷に入っては郷に従えと申します。
社会の中においては、その社会が自分の都合に合わなくても、また自分の理想とは違っていてもそのルールに従がうこと。
それは大事なことです。
うまく出来ないことは、それなりの工夫でルールからはみ出さないようにする。その通りだと思います。
このことは自閉症に限らず、私たちにも当てはまることなのですが
完璧に社会に合わせようとか、自分で何でも出来るようにするという
自立を目指すのではなくて、むしろ自分は何が出来て何が出来ないのかを理解した上で自律することを目指すのがよいのではないかと思います。
2011/4/29(金) 午後 8:19
私は依存症です。いろいろな・・・。
ふつうではありません。そしていつも健常者っているの?
そう思い、発言もしています。
家族を背中に抱え、仕事をし笑いたくもない人たちに笑い、
声をかけ、今は肉体的にも弊害がでて闘病中。
お金も無いですが、まっすぐ歩きたい為には仕方ないです。
私だけではなく、娘にも大きな問題が・・・。
数値では認定されない、発達障害と思っていますが・・・・。
方の力を抜き、空の青さと風の心地良さを胸にfightです。
2011/4/30(土) 午後 10:48