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生きている限り、自分のことを悪く言う人はいるものだし
自分のことを理由も無く気に食わないと思う人もいるものです。
だから、自分のことを悪く言われたからといって
そんなに気にすることもないのです。
たとえ、その内容が正しいとしても。
悪口も、非難も、相手のことがなんとなく気に食わないから
言っているのであって、
それだと子供じみているから、無理やりもっともらしい理由をつけているだけですから
まともに受け取って落ち込むことでもないのです。
だいたい、自分のことを本当に理解しようとか
助けてあげようとか思う人は
自分をとことん傷つけるような言い方はしないものです。
自分のことをきちんと理解しようとしてくれる人、
自分のことを大切に思ってくれる人、
そういう人の方を向いていればいいのです。
そういう人たちとの時間を大切にすることです。
自分のことをよく思わない人の言動を
いつまでも気にしているのは、時間の無駄、
エネルギーの無駄です。
そんなことに無駄な時間や労力を使うより
一緒にいて楽しい人たちと過ごすことに
その時間や力を使うべきではないでしょうか。
非難する相手は、立派なことを言いますが
別にあなたのことを真に心配して言ってくれているのではないのです。
ただ、あなたのことが気に食わないということだけのこと。
だから、言われたことをまともに考えたり悩んだりする必要もないこと。
もちろん、多くの人に好かれればそれに越したことはないけれど
それは、無理だし人生の時間も限られています。
自分の貴重な時間なのだから
自分のことを理解しようとしてくれる人、自分に行為を持ってくれる人
そういう人と過ごすことのほうに時間を使いたいものです。
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自信をつける
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人に評価されてもされなくても、私は私。
人に認められても認められなくても、私は私。
人に評価されたり、認められたいと思うのは
そうなることで、自分の存在を確認して安心したいからなのだろう。
でも、評価されなかったり認められなかったからといって
私の存在価値がなくなるわけではない。
評価されたからといって、私が何かに変わるわけでもない。
自分のことが好きになりたければ
誰かに評価されたり、認められることをしようとするのではなくて
「誰かの役に立つ」ことをしてみたらどうだろう。
自分の利益になる事を追いかけるのではなくて
誰かの利益になる事を、してみる。
それほど、大げさなことではなくていいから
たとえば、電車では座らない。
そうすることで、誰かひとり座ることができる。
あるいは、ゴミは自分で持ち帰ることでもいい。
靴を脱ぐ場所では、自分の靴だけでなくて
他の人の靴もそろえてあげるようにする。
いらなくなった服や靴を
アジアの子供たちに贈るのでもいい。
街頭募金に少し小銭を寄付するだけでもいい。
そういう小さなことからでいいから
「誰かのために自分を役立てる」
誰にほめられたり、感謝されるわけでもないけれど
誰かの役に立てる自分だという実感。
自分も誰かの役に立てるのだという思い。
それが、自分を心理的に救う。
こんな自分でも、少しは誰かの役に立つことができるのだ。
その実感が、自分の存在価値を自分で実感することにつながる。
必要とされる自分であることに目覚めたとき
もはや、誰かに評価されるとか認められるとか
そんなことはどうでもよくなる。
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人間関係の不適切な行動というものは、 |
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自分を肯定するということは |
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自分を肯定するということは |




