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「啼かなくていいホトトギス」 小林正観著という本を読んでいたら
その中に、「自分が投げかけたものが帰ってくるのだ」という言葉を見つけました。
穏かで、なごやかな空気を投げかけていれば
やがて自分も穏かでなごやかな空気に囲まれる。
不機嫌を投げかけていれば
不機嫌を自分が招くことになる。
本当にその通りだなと思います。
自分が不遇で心が穏かでないときは
どうしても周りの人を皮肉ってみたり
不機嫌な対応をしてみたりする。
それでいて
自分は相手から理解されたり優しくされることを望んでいる。
自分が不機嫌でひねくれた気持ちを相手に投げかけているのだから
相手から優しさとかぬくもりとかを投げかけてもらおうとすることは
矛盾している。
理解してくれない、分ってくれないと相手を恨んだり
怒りの気持ちを投げかけても
それで、自分が望むものが手に入ることはない。
愛されたければ、相手を愛さなければならない。
理解されたいのならば、まず相手を理解しようとしなければならない。
当たり前のことなんだけれど、
自分の心が病んでいるときは、ついこの反対の対応をしてしまう。
自分がうまく行っていないと感じるときは
自分は何を投げかけていたのかと
振り返って考えてみることも大切。
諏訪大社にて撮影。
癒しのパワーを感じてくださいね。
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言葉
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いつも何度でも
覚 和歌子
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心躍る 夢を見たい
かなしみは 数え切れないけれど
その向こうできっと あなたに会える
繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いているけれど
この両手は 光を抱ける
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう
いつでも、どんなときでも夢を持つこと。
希望を持つこと。
とても大切なことだと思います。
奥蓼科御射鹿池にて、10月24日
今日は、諏訪湖でマラソン大会が行われました。
私も、30代の頃出場したことがあるのですが
走り終えて酸欠で目が回りました。
もう二度と、マラソン大会には出ないと誓って
それ以来マラソン大会には出ていません。(情けない・・)
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足るを知る者は富める
老子の言葉です。
今あるもので満足できる者は、精神的に豊かに生きられる。
そういう意味です。
足りないものに囚われている限り
心は常に飢えて安らげない。
これは、何も物質的な欲望の抑制という意味ばかりではなくて
今在るがままの自分を全面的に肯定することをも意味しています。
足るを知って、自分を受け入れて生きるとき
そこに、心の平安が訪れるように思います。
今年の紅葉は、例年より一週間ほど見ごろが遅いようです。
写真は、長野県大町市高瀬渓谷大町ダム周辺で撮影したのですが
見ごろは来週末くらいかな。
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おもしろきこともなき
世の中をおもしろく
高杉晋作
幕末の長州藩士であり、尊皇攘夷の志士として活躍した高杉晋作の言葉です。
彼は、その生涯で「困った」という言葉をついにはかなかったといわれています。
高校を中退したり、転職を繰り返す若者に対して
世間は「根気が足りない」「がまんがたりない」と批判します。
それは、親のしつけが悪いからだ。
親が甘やかしすぎるからだ。
そういうことも言われます。
たしかに、ストレスに対する耐性が弱くなっている気もします。
「がまんする」機会も少なくなっています。
親も物分りのよい方が増えて、子供の気持ちを尊重するあまり
子供の「我慢する力」が弱くなっているのも確かだと思います。
しかし、石の上にも三年と言われるような
我慢を続ける根性のある人は、それほど多くはいません。
やはり、我慢したり無理することは長続きしないと思うのです。
とはいえ、
社会は自分のためにだけ存在しているのではないので
自分にとって楽しみだけを与えてくれる社会というものは
いくら捜してもないのも現実です。
だから、「働き甲斐のある仕事」とか、「楽しい職場、居場所」を探しても
面白そうに見えても、どこかに不満の種があるわけで
完璧に満足させてくれるところなんてないのです。
働き甲斐がある仕事とか、楽しい居場所というのは
自分で作ってゆくものなのです。
運命の出会いを求めている人もいますが
私は運命の出会いに遭遇したことはありません。
人と関わってゆく中で、その人が自分にとっての
運命の人になってゆくのです。
誰と会っても、どこに行っても
なにからなにまで自分の思い通りにすることはできないし
楽しいだけの状況は作り出せないけれど
でも、その中で少しでも楽しみを見つける。
楽しみを作り出してみる。
そういう姿勢がないと、どこに行っても満たされません。
我慢だけでは、長続きしない。
そこに、何か自分の楽しみを見つける。
見つからなければ、自分で作ってゆく。
そういう考え方も大切だなと思うのです。
楽しみを見つけ作り出すには
必要なのは、好奇心。
食わず嫌いをしないで、楽しそうという思いを大事に
いろんなことに首を突っ込んでみるのはどうでしょうか。
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心というものは、ころころ変わるから心というほかに、
もうひとつの意味があります。
それは、「ここる」ということです。
簡単に言うと、人間の心はちょっとしたことで、だんだん、だんだん心が狭くなり
凝り固まってしまうということです。
この心の「凝り」を取るには、二つの方法があります。
ひとつは、あなたを傷つけた人を許す。
すぐ傷ついてしまった自分を許す。
人を許せない自分を許す。
許すということは、心をゆるますことです。
それと、二つ目は、人と話しをする。
話すということは、いやなことや凝り固まった心を
「ときはなす」ということです。
人と話をするときは、正しいか間違っているかを判断するのではなく、
相手の心がときはなされて、明るく広くなるような話をするように
心がけたいものです。
斎藤一人
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