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必要以上に自分を責めるのは
そうすることで相手が愛してくれることを
期待しているからかもしれない。
いつまでも、くよくよ後悔するのは
そうしていれば自分が行動を起こさなくても
許されるであろうと期待しているからかもしれない。
「私はこんなにも自分を責めて苦しんでいる。
だからもうこれ以上私を傷つけないで欲しい」
「私はこんなにも後悔している。
だから私を許して愛して欲しい」
そういう気持ちなのだろうと思う。
でも、それは反省とは違うように思う。
反省は問題を分析することで次の行動への
ステップとなるけれど
自責することで物事を完結してしまえば
何も進歩はしない。
自分は十分に自分を苦しめた。
だから、私のすべきことは終わった。
後は、周囲の人が自分に好意的に行動してくれるのを
期待して待つだけ。
後は、運命が好転して行くのを待つだけ。
でも、その考え方はおかしいと思う。
何も進歩しないのは、自分が動こうとしないから。
何も変わらないのは、自分が変わろうとしないから。
「千里の道も一歩から」
試行錯誤を繰り返しながら諦めずに
少しづつでも前に進んでゆくこと。
大切なことは、一度でうまく行くとは思わないこと。
そして、継続して行動してゆくこと。
一度、思い切って行動しても
「やっぱり、うまくいかなかった。」
「自分には無理だった」と弁解する人がいる。
たぶん、
変われない理由、行動できない理由、
無理だと言うことを証明したくて行動しただけではないだろうか。
もともと、変わろうと思って行動していないのだから
うまく行かなくて当たり前。
何も用意もせず、自分の今の力量も考えず
いきなり高い山の頂上を目指すようなことをするから
うまく行かなくて当たり前。
結局、自分が行動できないことの言い訳が欲しいだけ。
自分を責めるのも、くよくよするのも
自分で自分に言い訳しているような部分もある。
いい訳ばかりして生きるのは
止めたいと思う。
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メッセージ
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自分を好きになるためには
自分に対して気を遣うこと。
自分にとって自分がいい人であろうとすること。
自分を好きになれない人はこの逆をしている。
相手に気を使い
相手にとっていい人であろうとする。
自分で自分を愛せない人は
誰かからの愛で自分を満たそうとする。
自分で自分を評価できない人は
誰かから評価してもらうことで
自分の価値を確認しようとする。
でも、どんなにがんばって相手の期待にあわせても
そして、その結果相手から愛され、評価されたとしても
決して気持ちが楽になることはないだろう。
なぜなら
自分のことが好きでない人は
基本的に相手のことを信頼していないから。
そして同時に、「ありのままの自分は愛されない」と信じているから。
愛されたい、認められたいと切望しつつ
実際に愛されたり認められると
「そんなはずはない」と感じてしまう。
愛されたいと願いながらも
自分が愛されるはずがないと思う。
愛されるはずがないと信じているのに
愛されようと相手の期待を読もうとする。
この矛盾・・・。
否定の中からは肯定は生まれない。
自己否定を動機として努力しても
決して自己肯定にいたることはない。
どんな自分であれ、自分で自分を引き受けて生きるしかないのだ。
その覚悟が出来るかどうかだと思う。
自分で自分を引き受けるしかないのなら
たとえ誰にも愛されなくても
自分で自分を愛して生きるしかない。
誰に分ってもらえなくても
自分は自分の味方でいる。
そう覚悟して生きる。
心の中で誰かの声がするかもしれない。
「そんなの自分勝手だ」と。
でも、その声に従がってはならない。
だって、誰かのために生きるのではなくて
自分のために生きようと決意したのだから。
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心が満たされていないと、
些細な事でいらいらしたり、落ち込んだりする。
心を満たすためには
自分が楽しいと感じることをする。
楽しいと感じることをするというのは
わがまま勝手にすることではなくて
自分の心を喜ばせること。
たとえば、いらいらした気持ちを相手にぶつければ
一時的には気が晴れるかもしれない。
でも、自分の心は喜んでいない。
自分が空っぽなのに
相手を満たすことは出来ない。
人は自分の持っているものしか
相手に与えることは出来ない。
だから、まず自分を満たすことだけを考える。
自分の心が喜びや楽しさで満たされていれば
相手に対して寛容になれる。
相手に対して優しくなれる。
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あけましておめでとうございます。
初詣に出かけた方もおられることでしょう。
どんな願いをかけたのでしょうか。
願いをかけるということは
神様や仏様にお任せすること。
だから、任せたことについて何も心配することはないのです。
たとえ、望みどおりにならなくても
それは神様や仏様が
「まだ、その時期には早い」と判断したことだと受け取りましょう。
自分は自分のベストをつくして
結果は天にお任せすれば
あとは何も心配することはないのです。
そういう境地で生きられるようになると
心配事も少なくなりますよ。
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