「人」の世

このブログは「心」を成長させていく人たちの話です

■『通じる道』の部屋

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娘が 小3年時 家庭訪問に来た先生から3年全体の授業時間に

韓国の文化を紹介してくれないか?の依頼を受けました。

しかし依頼をする先生はとても申し訳ないような 顔をしていたので

私は少し驚きました。

そんなにむずかしい頼みでもないのに…



“時間は一時間予定しているのだが大変だったら10分でもいいですよ。”だと、

私が負担になら無いぐらいでいいと言いました。

大変な事だと思わなかったので喜んで受け入れました。



それで決められた日まで特に韓国の伝統的文化と生活文化を紹介できるように

資料を集めて一時間できる内容を準備しました。


当日、3年生全員と先生たち、同じマンション友達も参加してくれた中で

私の韓国紹介が始まりました。


娘はとてもうれしそうな顔をしていました。


集中する力が短い3年生ですが

驚くほど最後まできらきらした眼で私の話を聞いてくれました。

終わってから皆の大きな拍手もらって私自身も楽しい時間でした。

子供たちと先生たちに楽しく聞いてくれた 御礼をいいました。


それから何ヶ月立ってから個人面談の時になって

何故先生が申し訳ないように頼んだのか理由を聞かれました。

それは 私が韓国人だという事で 娘が友達からいじめを受ける可能性を

心配したと言うことでした。

でも皆が書いた感想の手紙を見て安心したのだと。


一人一人が書いてくれた手紙の内容は

韓国に行ってみたいとか、韓国ののりはおいしいとか、キムチも食べられるとか、

韓国語を学びたいと 全部韓国に興味津々の内容ばかりでした。


先生もこれから色んな国の人達を招待したいと意欲を見せました。


もうすぐ退職が近いの先生ですから長い教職生活からの経験での心配だったと思いました。

でも、娘は 韓国語教えて!と言うともたちが増えて

しばらく人気者になりました。

自分の心が 全ての存在に対して非難と差別をしなければ、

先生が心配したような事は起きないと信じますが、

でも もしその様なことがおきたとしても

それを 通じて自分をしっかりと見る事が出来る力が

娘の心の中で成長している事を知っているため 私は全然心配なんかしてませんでした。

しばらくは3年生の子供たちと会ったりすると恥ずかしいそうに“アンニョンハセヨ”と

韓国語で挨拶してくれました。

“アンニョンハセヨ”と私もうれしく返事するとにっこりと笑ってくれます。

私はただ もう一つの幸せを手に入れただけの事でした。

そのまま見て、そのまま聞いて、そのままやるという事は

空(から)の心ではなければ 出来ないことでした。


“空(から)の心”これは人の基本的な心でした。

最近私はこの基本的な心を通じて感じているものがあります。

それは「自信感」でした。

感じることは出来ても、はっきりした形は見えない…

自信感、自信感、自信感、いったいそれは何なんだ?



この疑問に問い駆けていくと、

私の中に存在している沢山の自信感達が首を長く持ち上げて私を見つめています。

別に自信感だとは 思ってもいなかった 自信感という存在、

しばらくここで 一つ、一つ、噛み締めながら中身を覗いてみました。


相手から嘲笑う姿が見えるたびに、

私の中にうごめいている全ての嘲笑い

(目でする嘲笑い、言葉でする嘲笑い、考えでする嘲笑い、無視で表す嘲笑い)を

隅々まで消していくうちに、相手に向けて“関心”と言う心が生まれてきました。


相手から批判が飛び散るたびに 私の中でうごめいている全ての批判を

隅々まで消して行くうちに 相手に向けて“尊敬”と言う心が生まれてきました。


相手から差別の不当感を受けるたびに、

私の中でうごめいている全ての差別を隅々まで消して行くうちに

存在そのままの姿を見る事ができる自分と出会いました。


この様に私自身を色んな感情から自由を感じさせるものが「自信感」そのものでした。


私の中のマイナス的要素のお陰で、また 周りからのマイマス的出来事のお陰で

生み出してきた結果は、自信感という形となって私の中に存在している事に

改めて驚いています。

人が行くべき方向に向けて、人の姿勢を学びながら歩むその足跡は

しっかりした自信感という仲間が同行する事を信じています。

最近学校でバスケの大会を向けて練習をしていた娘が

自分は背も小さいし、あまり上手ではないとの事で悩んでいました。

自分は守りのポジションでボールもあんまり来ないんだとか…

皆はとても上手だとか…
 
そう言いながらでもあんまり落ち込む様子ではなかったので

娘の心の中にどうするべきか!答えも持っていると信じてあんまり言わない事にしていました。

それから書いた娘の日記です。

本人の許しで書いてみます。

『学校でバスケの練習が続いて、放課後の4:30まで、毎日やっていて ぐたぐた・・・。

私はスポーツが苦手。 もちろん、バスケも出来ない。 

なので、先生に、毎日「○○!」とか、「ボー。っとみてないでとりにいけ!」

など、いろいろ怒られる・・・。でも、私は、

一度も落ち込んだ事などない! 

「今度こそ、怒られないようにするぞ!!」

と、それをバネに、頑張っている!  うちってえらいなー(笑)』。



それから、金曜日 バスケ大会だったので親達は見に行きました。

試合を見たところ、弱音を吐く娘の姿はなく、

絶対自分のポジションを守ろうとするたくましい娘がいました。

パスも上手に出来ていたし、それで娘のチームは勝ちました。

仲間にも一生懸命に応援していました。

結果は準優勝!!娘は跳ねながら大喜び!

その100%の気持ちで頑張っていた姿に親の私が励まされました。

あい変らず 体が忙しい毎日でした。

横になるとすぐに寝てしまうほどです。



役員の仕事をする時の自分の立場が学ぶ姿勢にある事に気が付いてから

「学ぶ」って何だろう?をずっと自分に問いかけました。

眠りの中でもこの疑問の尻尾を追いかける日が続きました。

私に必要な 「学ぶ」ってそれは何だろう?



何日が立ってから自分に必要な「学ぶ」って事が分かりました。

それはそのまま見る事、そのまま聞く事、そのままやる事でした。

学ぶ時には自分の考えが必要ない事。


言葉の通りそのまま見て、そのまま聞いて、そのままやる事。

これが私に必要な「学び」でした。

学ぶ最中には「私の」というのはありません。

「私の」って言える事があるのなら それは

そのまま見る努力、そのまま聞く努力、そのままやる努力 それでしょう。



学ぶ時に必要な姿勢は『空(から)の心でした。』

空(から)の心じゃなければ

そのまま見て、そのまま聞いて、そのままやる事は有り得ないと思います。

そのまま見て、そのまま聞いて、そのままやった結果の中で

完全な自分の考えが生まれる事であって、

完璧な「自分の」と言えるものを自分の手に入れられると思います。

そのままの学びから生まれてきた考えこそ、

自分の成長に導いてくれる元になると思います。

役員決め(2)

役員決めが終わって学校が始まり、役員としての仕事がスタートしてから

3週間になります。

目が回るような日々でした。

引継ぎの後 実際の状況把握まで言葉通りちんぷんかんぷん。

地区役員の中でリーダの立場でやって行くしかないのなら、

やってみよう!!

しかもせっかくですから 最高に楽しく!!

そう思うといつの間にかマイナス的考えが消えていました。

ちんぷんかんぷんの中でもその時の自分の立場でやることは 何か?に心の中心を置くと

自然と今やるべきの自分の仕事が見えて来ました。


やっと初めて新役員会議を開く日を決めたり、

その会議で決めてもらいたい 今年の方向の内容がだいたい出来上がりました。

みんなと話し合ってよりいい方向に決めていけば良いかなと思います。

忙しいと思う中で自分の立場の中心が学ぶ姿勢にある事に気が付きました。

学ぶ事って何?を自分に投げ掛けながら

この機会をチャンスに自分をしっかりと成長させて行くつもりです。^ー^

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