|
以前、ある方からこのような話を聴いたことがあります。
“している、していると言うのだが いったい何をしているの? している事はなんだい?”
その時、私の心は、鍵を掛けたように口を閉じたまま絶対話すものか!という気持ちでした(^^)
今日はその中の一つをお話したいと思います。
たいしたことではないけど…
生活をしながら知るようになったことの中で一つお話ししますと、
「人という立場を持っている所では全てがあります。人はすべての事を持っている存在です。」
ここですべてと言うことは一人の人が願う全てのことです。(今現在までは)
願う全てのことをなせる方法は
願うそのもの(目的)に 自分の心を置かないで 自分の心を成長させて いくことに心を置き、
自分が「人になること」を目的に置いていたならば 願ったことは自然的になしていけるのです。
早くなすべきことは早くなすようになり、時間が必要なことはまたその時が来るたびに少しずつ段階的 になしていけるのです。
経済の変動があるたび、心が動かされる生活をして来たのだが、
同じ状況でも、全然不便を感じない環境の中で暮らしている今の自分を見て、
また、高いところから落ちて、その現場を見た人たちは脊椎が骨折したので半身不随になって寝たきり
のまま生きていくしかない噂までなった人が、今は家族の中で一番健康な人だというイメージの持ち主 として生きています。
夫は健康診断を毎年受けていますが3,4年間は再検査が必要だと診断されましたが2年前から49歳 の年で健康診断の結果は全部OKでした。
子供たちもやはり波乱万障(?)でした。
3人ともアトピーの判定を受けたこともありました。
1番目(中3)の子は小さいころ2回も階段から転げ落ちたことがあります。
そのうちの1回は(幼稚園の時)顔の骨が見えるほどの大怪我でした。
今は痕跡もありません。
2番目(中1)の子も2歳になる前に親戚のうちに泊まるときに階段から転げ落ちたり2階の窓から落
ちて救急車に乗って行った事もあります。
その子が幼稚園のころには何の理由もなく鼻血がタオル2枚をびっしょり濡らすほど出たこともありま す。
また小1の時は自転車事故で顎の骨が骨折したこともあります。
生まれてから6年という時間の中でレントゲンを何回とったか分かりません。
今、明るく活発な息子の姿を見るたびにそのようなことは夢だったのでは…と思うほどです。
3番目(小5)の子は生まれる時、羊水を飲んでしまって保育器に入れられ、
1ヵ月後に退院する時にとても深刻だったとお医者さんが言いました。
ある日友達の家でガラステーブルから落ち、目のすぐ上が切れたこともあります。
2歳の子供の唇が真っ青になりあまりのことで泣くことも出来ませんでした。
今は眉毛のとこに少し傷跡が残るくらいです。
子供たち3人とも言葉通りに波乱万障でした。
その波乱万障も、私が自分を人として成長していくうちに順風に変わり、その順風は春の日差しのよう
に変わっていきました。
経済の不便さから抜け出そうと一生懸命お金を稼ごうとすることもなく、
半身不随になった自分の体をどうにかしようとすることもなく、
毎日のように胃が痛たく、下痢も頻繁で、手足の爪の色も紫色になっている夫の健康をどうにかしよう とすることもなかった。
生まれてから幼稚園の3年間が終わるまで2,3日が長いと思うほど病院の出入りが多かった時も、
その子供たちをどうにかしようとすることもなく、
家庭から起きる全てのアクシデントにどうにかしようとした覚えがありません。
ただ、そうなんだ。の気持ちでただただ私自身は自分を「人」にしていくことだけに心を合わせました。
このような時間を過ごしながらある日洗濯機を持ち上げる力強い健康な母としてのイメージを得て、い
つ買って置いたか忘れるくらい夫の薬はそのまま薬箱に眠っています。
何日か前、長女が“ママ、最近パパが表情も明るいし面白くなったね”と言うほどパパの健康も変わっ てきました。
子供たちの友達のお母さんから“お宅の子供たちは本当に健康ですよね”と言われるほど今は風邪も知 らない生活をしています。
このような歳月を経験しながら、知る者になったのです。
願うことを中心にしたり目標にすることより、私自身だけが人らしい人として成長していくならば環境 は自然的に人となった私に合わせて作られるしかありません。
私を知る人々はたまに そのように良くなる秘訣は何か?
どのようにすると そのようになるか聞いてきます。
その疑問の私の答えはいつも同じです。
自分の心を成長させていくことだと…
すでに生活の中で、環境の中で起きている、また現れていることは結果です。
現れた悪い結果一つを少なくさせたとしてもほかの方面から、
また違う形で現れる結果に引きずられ、また表れる結果にまた引きずられる…
現れる結果だけに心が動かされると、開いた穴を埋めるようなことだけに引きずられる人生となるでし ょう。
それで自分の人生の幕を閉じるころには、何もしたことのない自分の空虚感と寂しさ、むなしさの最後 が訪れるしかありません。
全ての結果の原因的な自分自身だけが、良い結果を作らせるように変わっていけば良いことです。
それが「人」と言うものです。
自分だけが全てを持っている人になれば、
現れる結果も、人として持つべき結果を持つようになります。
私がブログに書き込むときにも、根本的に「人になること」この部分だけを書いています。
良くなる結果の話、その過程的の話はただ穴を埋めるような内容になるためあまり書かなかったので す。
全ての中心となる自分だけが人になれば、
生活と環境は自然的に人が持つべき生活と環境になるしかないからです。
目的を人において生きていくならば、私が生きていく全ての一生はそのもの自体が人の一生となりま す。
|