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宮城県内あちこち回り、そろそろ食品・物資情報は必要ないかなと判断しました。
現在の宮城県は、だんだん購入出来る食品や物資が増え、
お店も開店しているところが、少しずつですが増えてきました。
陳列棚はガラガラで、数時間しか営業できなかったコンビニも
少しずつ営業時間が長くなってきました。
ガソリンスタンドも並ばずに満タンに出来るところが多く、
街中は、ちょっとだけ活気が戻ってきました。
でもそれは、津波被害がない場所。。
津波被害があった場所は、未だにライフラインが調わず、
少しずつ復旧には向かっていますが、依然 先が見えない状態です。
大切なものを失った大きな傷が、未だにたくさんの方を苦しめています。
まだ行方不明の方も多く、友人と友人のご家族、
ブログ友達のお父さんもみつかっておりません。
それでも世界は、速度を緩めることなく進み続けている。
何回も書くけど、自粛自粛ではなく、世の中は回って欲しい。
お買物もイベントもお花見も、夜は節電自粛するにしても
どんどんやって欲しい。
だけど…
まだ一ヶ月も経っていないのに、かなりの速度で
震災が風化していくように感じる。。
どうか
置いていかないで。
心があの日から止まってしまった人々が、
ほんとうに ほんとうにたくさんいる。
被災者の心をわかろうなんて、絶対に無理だと思う。
肉親や子供や祖父母、親戚や友人や仲間や恋人や恩師もすべて…
もう逢えない
もうこの世にいない
突然みんな消えてしまった
突然すべてを失ってしまった。
家も家族も全て流され、ひとりだけ生き残った17歳の少女
手を繋いでいた奥さんと子供を、津波にのまれた男性
目の前で両親が流された子供達…
その苦しみが、ほんとうにわかる?
自分に置き換えて考えると、
苦しくて苦しくて胸が張り裂けそうになる。。
でも家族も家も無事だった。
歩み寄れたとしても、大切なものを失ってしまった
その苦しみ、痛み、そして身体と心に残った傷は、
絶対に本人以外にはわからない。
心があの日に立ち止まったまま、動けなくなっている。
…私達に出来るのは、
無理やり連れて行くのではなく
早く来いとせかすのではなく
その時が動き出すのを、じっと待つだけ。。
あたたかいご飯を作ろう
あたたかい毛布で包もう
家の中のヘドロや瓦礫を撤去して
どこかに残った想い出を見つけ出し、
みんなに少しでもわたしてあげよう。
きっといつか、歩き出せる日が来るから。
どうかその日まで、ちょっと歩幅を狭くして
ゆっくりゆっくり歩んでいてください。
そして、
胸がえぐれそうなほど苦しみ、傷つき、
それでもこれから
ながいながい間、戦わなくてはいけない人々のことを
どうかどうか
覚えていてください。
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■ひだまりキッチン■からの転載
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