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先日、「外国人はやはり差別・区別されちゃう?!」
とのタイトルのブログをアップしてから、
知ってる方や知らない方から様々の意見のコメントを
書いて頂いた。
本当にありがたい^!^
日本人の一部は確かに偏見を持ってるが、
沢山の方々は優しく、心が広い人だなと感じた。
今回、今まで助けって下さった、
知らない日本人の方への感謝の気持ちで,
私の経験や友達の経験よりブログを書こうと思ってるんだ。
私の友達Aさんの経験より:
彼は日本に来た時、所属されてた日本語学校は
寮が満員の理由で、寮に入居する約束を破った。
しかも、宿泊先を提供されてなかった。
日本に来た一日目から、
彼は中国から持ってきた大きいケースと同伴に、
電車の駅に泊まってた。
日本語全然分からなかった彼は直ぐにバイトを見つけず、
昼は全ての荷物を持って学校に行き、
夜はまた全ての荷物を持って帰って、
駅に露天泊まってた。
お金をあんまり持って来てなかった
彼の毎日の食事はインスタントラーメン一食だけだった。
幸い、その後、友達の紹介で日払いのバイトが始まった。
その日の給料で食べて、生きていくとの状況だった。
もし当日の給料が支給されなかったら、
駅の“家”に帰るお金さえなかった。
元気な体が日々弱まって、細い棒のように痩せた。
ある日、彼は駅であるお婆さんに話をかけられた。
普通のホームレースが見えない彼は、
なぜ毎日大きいケースを持って、駅に泊まってるのか、
そのお婆さんは何回も通って、不思議に思った。
日本語はまだうまくなかった彼は事情を説明してから、
お婆さんは保証人となって、
彼を連れて、一緒に家を探しに行った。
その後、またアルバイトを紹介してくれて、
いろいろ面倒を見てくれた。
今、彼の日本語はすっごく上達になった。
大学に通いながら、
ある有名なホテルのレストランでアルバイトをしてる。
しかも、自分の努力した結果、
社員たちに信用され、頼られてる。
生活忙しいから、体は相変わらず細いけど、目が輝いてる。
そのお婆さんのことを大変感謝し、いつも会いに行ってるらしい。
私の友達Bさんの経験より:
彼女は日本に来たばかりなので、
友達らと外出した帰りに、帰り道が分からなくなっちゃった。
通りかかったある日本人の女性に道を尋ねたら、
言葉はうまく通じなくて、住んでる場所の地図を見せた。
そして、その方は電話で夫を呼び出して、
夫は車で来て、彼女たちを寮まで送ってくれた。
言葉の問題で、当時うまく感謝できなかったことは、
ずっと彼女の心にかけて忘れられてない。
私の経験より:
その日、バイトの面接だった。
御茶ノ水で乗り換えしたかったが、
間違って、違う切符を買ってから、ホームを出れなかった。
迷い込んで私は汗ビショビショ。
面接の時間は迫ってきたのに、
駅構内を迷路のように出れなかった。
思い切って、あるお婆さんに尋ねた。
でもそのお婆さんは私の持ってた地図を見ても、
左右を見ても、なかなか説明できなかった。
お婆さんもよく分からなかったみたい。
丁度自分が乗りたい電車が来たから、
お婆さんは通りかかったある女子高生を呼ぶ止めた。
私の事情を説明してから、安心できて電車に乗った。
女子高生は私の地図を持って、駅員に道を聞いた。
私の乗りたい線はちょっと離れてる。
彼女は事情を説明して、切符代を駅員に返してもらって、
私の乗りたい線の改札口まで送ってくれた。
すごく感謝して、もっと話をしたかったけど、
当時私の日本語のレベルは。。。
彼女の顔もう覚えてないけど、このことはこの一生ずっと覚える。
政治家や一部偏見を持ってる人もいるが、
この身で経験したから、
私は友達を助けたお婆さんや夫婦、それから女子高生、
彼女たち以外に友好しかも善良な日本人は
沢山いることを信じてる。
本当に日中友好になる日は早く来るように祈ります☆
ちなみに、もしよかったら、
http://hualiu.jp をクリックしてみてね。
“華流”という名前の私のサイトです。
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その心の温かい人達、本来なら当たり前の事なのに、 けれどそんな当たり前の事が当たり前として出来る。 それがとても難しい事なんですよね。 だからそれが出来る人達、本当に素晴らしい人達と思います。
2006/9/18(月) 午前 10:16 [ 水蘭 ]
苗苗さん、いつもコメントありがとう♪ けど中国に来るの実は今回でまだ2回目なんですよ。 もし俺が義理堅いとすれば、それはきっと三国志の英雄達に憧れて育ってきたからですよ♪
2006/9/18(月) 午前 10:18 [ 水蘭 ]
例えばブログでの出会いも不思議な縁を思います。病気のことを書いたので誹謗中傷も受けたけど、多くの方の応援で元気を頂いています。
2006/9/18(月) 午後 0:27