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前回の任侠ヘルパーと、24時間テレビのドラマで出てきた「延命処置」や「リビング・ウィル(Living will=生前の意志)」。
両方ともそれがメインのテーマではありませんが、重い題材ですよね…
あやの老人ホーム勤務時代にも、最期のケアについては慎重に対応してきました。
ご本人の意思がしっかりと確認できれば、それに従うことは出来ます。
だけど、認知症や事故で本人の意思が確認できなければ、どうすべきなのでしょう???
あやは今も「答え」は見つかりません。…答えなんてないのかもしれませんが…。
でも、方向は決めなければなりませんよね。
あやは、本人の意思が確認できないときには家族の意向に従いました。
任侠ヘルパーでもあったように、ヘルパーは「家族」ではありませんから…
でも、だからこそプロとしての意見や選択肢は全て説明し、その上で家族が出した結論に従っていました。
ベストな対応ではないかもしれませんが、あやにはそれしか出来なかった。
延命処置を行っていても、家族にとっては「生きてる」んですよね。
「意識が戻る『かもしれない』」その「可能性」は、きっと医師にも完全に否定することはできないでしょう。
だから、延命を望む家族の気持ちも推察できます。
一方、自分の意思でなく、機械で「生かされている」状況は「生きているとはいえない」という気持ちも推し量ることはできます。
あやの主人は「俺が死んだら延命はしないで」と言っています。
でも実際そんな状況になったら、僅かな可能性にすがりたくなるんじゃないかな…
あやは本人の意志に反して、延命を望んでしまうかもしれません。
だから、私は主人にリビング・ウィルを勧めています。
意志が書面で残っていたら、あやも諦めがつくと思うから。
主人の意志を尊重することができると思うから。
リビング・ウィルは、自分自身の意志はもちろんのこと、もしかすると残された人が気持ちの上で救われることもあるのかもしれませんね。
そんなことを考えされらるドラマでした。
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