威風堂々

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      今回は、18世紀のイギリスを支えた国王ジョージ3世についてです。
  
   
    ジョージ3世といえば「ジョージ時代」とかを思い出すかもしれませんが
   国民の評判がすごく悪いあのハノーヴァー朝の国王です。
   時代でいえば18世紀前半から19世紀初頭まで!!(正確には1738〜1820)
   英国王室史上2番目い長い在位を誇りました(1番目はヴィクトリア王女です)
   

    ちょっとここで、ジョージ3世の時代の背景を思い浮かべてみましょう(*^_^*)
   フランスではルイ15世やルイ16世の治世で国王への評判がガタガタ落ちてきたころ。
   ドイツ地方では、マリア=テレジア率いるオーストリアとフリードリヒ2世率いるプロシアが
   領土をめぐって火花を散らしていたころ。
   ロシアでは領土を広げようと女帝エカテリーナ2世がトルコやポーランドに
   ちょっかいを出していたころ。
   視点を変えてみると、アメリカではまだイギリスの植民地で、無理難題な課税をされ
   独立を狙おうとしていたころです。
   ・・・これだけでもすごいのに、さらにフランス革命、ナポレオン独裁、アメリカ独立戦争
   など聞いたことのある大事件が目白押しな時代でした。



    イギリスでは産業革命がおこり、負担の少ない生産が可能になった一方、
   機械に仕事をとられると言って機械打ちこわし運動がおこったころですね。
   今までの王ジョージ1世と2世は英語がうまく話せず、政治には関心を
   全く持たなかったので(ジョージ2世は戦争好きなので軍事には関与していましたが)
   国民からは愛されませんでした。ジョージ2世が動脈瘤破裂で突然死すると
   孫のジョージが3世として即位しました。


    彼は、最初の議会で
    
    『私はこの国で生まれ、この国で教育を受けた。イギリス人であることを誇りに思う』
    
    と演説し、喝采を浴びました。血筋としてはガチガチのドイツ人なんですが(-_-;)
    勤勉でまじめ、政治にも熱心に取り組み議会の立て直しを進めました。その一方で
    超倹約化と知られ、「腐った水やサラダなどの粗食をとっていた」などの
    風刺画などが出回りました。草花や植物に興味を抱き、3つの農場を持ち、畑を耕し、
    「お百姓ジョージ」と親しみをこめて呼ばれたそうです。   

    
     政治だけではなかったようです。外国との戦争を考えていて、特にフランスやスペイン
    との戦争に乗り出していました。インドではフランスを何度もボコボコにし、
    その勢いでスペイン領バハマやフィリピンを撃破。「大英帝国」の始まりを
    告げたかのような勢いでした。





      しかし、彼には恐ろしい病魔が迫っていました。1788年6月、突然
     胃腸に激しい痙攣が起こりました。国王の侍医の薬の処方で体調が一時恢復しましたが、
     10月にまた再発してしまいます。胆汁病と診断された国王はさらに緩下剤を施されました。
    
     その3日後、国王は立っていられなくなり手の震えが止まらなくなってしまいました。
     非常に怒り狂い周りの者に悪口雑言を投げつける始末。
     この様子を見て政権交代のチャンスと考えたのか、息子のジョージ(のちのジョージ4世)
     が父に会おうと一緒に食事に誘います。しかしこれは逆効果。

    
     『国王は食事中、終始王太子に悪口雑言を浴びせかけ、ついには皇太子の襟元をつかみ
      壁めがけて投げ飛ばした。王妃はヒステリックに騒ぎ出すわ、
      皇太子は泣き出してしまうわで、最悪の晩餐会になった。』


      ・・・すごいことになっています、イギリス王室。(ToT)/~~~
     その後、侍医としてウォレン医師をつけ観察させられました。
     発作が起きたら拘束したり拘束着を着させたりしてして
     国王の恢復の手助けをしました。一方議会では秘密だった国王の狂乱を堂々と宣伝。
     息子の折衝を支持する動きが進められてきてしまいました。

 
      まさにジョージ3世大ピンチですね。まあ、恢復はするのですが長い治世の間に
     アメリカの独立やナポレオンの台頭が起こり彼の発作を促してしまいました。
     晩年まで来ると目は見えないわ耳は聞こえないわで政治を行える様態ではなかったようです。




      この病気、実は遺伝型の精神病でした。この病気はスコットランド王女メアリから
     スチュアート朝を通じてジョージ3世に伝わってしまったとされています。
     愛国王、お百姓、そしてご乱心。さまざまな困難の中で発作を起こし
     平和な治世ではなかったですが、後の「大英帝国」を作る基礎を作った偉大な王なのでした。

                       

                            ※参考資料※
                                石井 美樹子著
                               「図説  イギリスの王室」
 
                                君塚 直隆著
                               「ジョージ4世の夢のあと
                           ヴィクトリア朝を準備した「芸術の庇護者」

      ※なお、ジョージ3世治下について知りたい方はビデオ「英国万歳!」(1994年製作・       英)を観賞することをお勧めします(^O^)/

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