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世界はアメリカ発の金融恐慌の中で喘いでいる。 文明は人間が物を創ることにより発展してゆく、単に物を創るだけでは文明社会での経済活動が成り立たないので、貨幣を媒体とした金融の役割は文明社会では潤滑油的な意義はある。しかしながら、金融が文明の発展を阻害する程の役割までは与えられるべきではないのに、行き過ぎた市場原理主義の中で、金融が本来の目的を逸脱し、必要以上に大きな存在に化けてしまったことに今回は大きなスポットライトが当てられた。 資金が石油市場に集まれば、ガソリン価格は跳ね上がり、金融恐慌の到来と共に、その資金は石油市場から逃避し、ガソリン代は見る間に下がる。そんな中に我々は今現在生きている。 金融資本が投機目的で、その資金を投下し、経済社会を大きく混乱させる様を我々は近年多く見てきた。金融資本の動きは、利潤の追求のみに専念し、社会的・経済的混乱を起こすことなどお構い無しである。市場原理主義という大義名分の下で、自らを肥やすことしか考えていない。お金が儲かりさえすれば、文明の発展など2の次であるというような事がまかり通り続けてきた。 20世紀に世界の軍事・経済大国として台頭したアメリカという国はいつの間にか、最近は楽をして金儲けをしようという文化が根づいてしまった様である。アメリカン・ビジネスの世界を永年に見てきた私にとっては、最近とくにそのことを感じるようになった。 ハーバートやMIT等の米国の一流大学を卒業した連中のかなりの部分が、本来ならメーカーや開発会社等の研究・技術職につくような理科系の連中までもが、金融の世界に入り込み、最も効率よくお金を運用し稼ぐ為の学問である金融工学なるものを編み出し、それを駆使して、野放しとなっていた市場原理主義の中で、いかに楽をして金儲けをするのかだけを考えてきた結果が、今回のアメリカ金融資本の破綻の大きな一側面になっている。そこには、倫理感などというもののカケラもなく、ただ、お金が儲かれば良いという極端な拝金主義がある。 アメリカの証券会社の日本支社の連中は、24時間世界の株式市場を追いかけて、株や金融商品の取引の儲けで、年収7,000〜8,000万円は当たり前、億の年収を得る人もザラにいたという。彼等は一般人とは違う異質な世界に住んでいた。そのような泡銭を稼げる甘い仕組みが長続きするはずがないし、長続きさせてもいけないのである。何か物の発明を行ったり、物を製造したりして、汗をかいて、文明の発展に貢献した人々が、そのような収入を得るなら理解できるが、株や金融商品の売買という人のフンドシで相撲をとる人々が、そのような高額の収入を得ること自体がおかしな社会現象であると私は思う。 サブ・プライム・ローン問題でもしかり、日本流に言えば、銀行からはお金を借りられないような人が、サラ金から借金をして、株を買い、株の値上がりを目当てにして、サラ金への借金を返そうとしたという類のことに近い、極めて危ない借金の仕方が、アメリカのサブ・プライムローン問題の本質である。 借金した人々が、まともに返す意志の無いローンが破綻してゆくのは必然であり、そのような危ないローンを組み込んだ証券を作り出し、世界の金融市場にバラまいた金融機関もまともな神経を持っていないし、歯車が狂っている。そのような証券を格付けする格付機関の査定基準も極めていい加減なのである。その根元では、かなりのいい加減さと狂った歯車の下で回っていたアメリカの金融システムが崩壊してゆくのは、ある意味では自然現象なのかもしれない。 米大手証券のリーマンブラザースの破綻等に至り、アメリカの金融システムのいい加減な部分が白日の下に曝されてきた。人はその真っ只中にいると、その流れの中に埋没してしまい気づかないでいるが、一旦大きな出来事が起ると、始めて冷静に物事を見つめられるようになる。ただ、そんな時は、大抵の場合は、既に時遅しということが多い。現在は100年に一度と言われるくらいの金融恐慌にアメリカのウォール街は入り込み、それが欧州各国にも飛び火し、世界を巻き込みつつある。そしてその火の粉が我々にも迫りつつある。 人の節度の無いお金への欲という人間の性のようなものがつくり出した極めて人為的な誤りが今回の金融恐慌の根元部分にあるのである。 楽をしてお金を儲けようなどと考えた多くの人々が大変なしっぺ返しを今受けているのである。お金は汗をかいて働いた分しか入って来ない。楽をして金を儲けようなどとは考えるべきではないことを今回の出来事は世界に語りかけているのではないかと思う。 金融は、必要以上に文明社会に影響を与えてはならないし、それ自体が金儲けの手段として必要以上に利用されてはならないのである。金融は文明社会において、物や物事を円滑に動かしてゆく潤滑油としての本来の脇役に戻るべきである。世界は今度の教訓を生かす必要がある。金融資本は一定の節度を持った範囲でしか活動できないという枠組みを文明社会は今後つくり出して行かなければならないということを今回の出来事は我々に教えている。 曲はベートーベンのピアノソナタ悲愴第2楽章、アメリカに出張に行った時にショッピングセンターにあるミュージック・ショップで、もっと早いテンポでアレンジされ演奏されていたのが何故か強い印象で耳に残っている曲である。アメリカのウォール街はまさにこの悲愴な状態になっているのではないかと思う。 |
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インディージョーンズの最新作・インディージョーンズ・クリスタルスカルの王国を見た。アメリカ人は日本人とは違う次元で物事を考えたり創ったりすることの好例の一つである。 アメリカ人というのは砂漠の真っ只中にラスベガスという賭博都市を創ったり、ジョージア州オーガスタには、天国でゴルフをしているような気分にもなる年1回のマスターズトーナメントだけの為に、夢のゴルフコース・オーガスタナショナルゴルフクラブを創ったりする。発想自体が日本人の持つ地平とは違うものを持っている。娯楽でも徹底的にアメリカ的なものをつくる。日本人の常識の範囲とは違うところにアメリカ人の独特の創作力がある。ディズニーランドもそのアメリカの創作力の象徴の一つである。 インディージョーンズ・シリーズもそのアメリカらしさの一貫であると私は捉えている。第1作の『インディージョーンズ・失われたアークを求めて』は私がアメリカのアトランタに住んでいた頃にアメリカで見た。ばかばかしいと思う人もいるかも知れないが、ばかばかしさもあれだけ徹底すると第1級のエンターテイメントとなってしまう。 最新作・インディージョーンズ・クリスタルスカルの王国はインディージョーンズシリーズの第4作目であるが、第1作が上映されたのは27〜28年前であると思う。 今回の映画の出だしは、Elvis PresleyのHound Dogの歌声が響くスクリーンから始る。Presleyの若い頃の歌なので、声がPresleyのもののように聞こえないが、Youtubeでビデオ検索した以下のビデオを見ると、映画の中あの声はやはりPresleyのものであったと思う。音楽史上では、Hound DogとElvis Presleyが今日あるロックンロールミュージックの実質上の始まりとなった歌と歌手であることを知っている人は少ないのではないか?Presleyがかなり若い頃の歌である。恐らくデビュー曲だったのではないか? PresleyのHound Dogにより、1950年代のストーリーであることを監督のSteven Spilbergは言わんとしているのがイントロである。米ソ冷戦時代の頃の話である。ロシアの冷徹な美人がインディージョーンズの今回の敵の首領格である。相変わらずスピード感があり、ハラハラドキドキはSpilbergとGeorge Lucasの得意とするところであろう。 今回の目新しさは、前作ではインディージョーンズの父親(=ション・コネリー)が出てきたが、今回はインディー・ジョーンズの子供が出てくる。ハンサム・ボーイであるが、親に似て喧嘩も強い。インディー・ジョーンズが子供を認知して結婚するのも面白いがこれ以上言うのはやめておこう。でもこれだけは言っておこう。インディージョーンズの子供が登場したということは、インディー・ジョーンズは子供が引継ぎ、続編があるということを示唆しているのではないかと思う。ハリウッドの商魂は当然そう考えているはずである。 エンターテイメントとしては素晴らしくかつ面白い映画であることには変わりはない。私がストーリーを記事にして伝えるよりも、この映画こそ劇場で見るべき映画である。大きなスクリーンで見るコンピュターグラフックスの編集とその迫力が見事である。 既にアメリカで5月に公開され人気ナンバーワンであるという。私は日本封切り前のプレビューのような形でショッピングモールにある映画館で見たが、その時点で既に世界で650億円の売上を上げていたという記事をどこかで見た。時間があれば、劇場にゆき、ポップコーンを食べ、コーラを飲みながら、アメリカ人スタイルで、アメリカ映画を見るのもよいのではないか!? |

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日本と中国の間で最大の懸案事項の一つである東シナ海ガス田問題で以下の合意が形成されたことが昨日の日本経済新聞等で報道されている。 |
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2005年の中国での反日デモ以来であると思うが、中国のナショナリズムがデモという形で噴出しようとしている。19日に中国・湖北省武漢市とパリ・ロンドン・ベルリンで、5月4日にはニューヨークで、今回は聖火ランナーを妨害した反欧米という形で計画されている。 |
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1日の国会運営費は約3億円であると言われている。そんなに費用をかけながら,立法府としての機能を果していないような成果しか出せないような状況が続くなら、国会議員の報酬を減らすべきである。一般企業であれば、売上減・利益減であれば、その会社の社長も従業員も年収減となるのは当たり前のことである。 |

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