イラン、「産業レベルのウラン濃縮開始」を宣言 2007.04.09Web posted at: 22:38 JST- CNN/AP/REUTERS テヘラン――イランのアガザデ原子力庁長官は9日、中部ナタンツの核関連施設で演説し、同国が「産業レベルのウラン濃縮」を開始したと述べた。国連安全保障理事会は、ウラン濃縮活動を続けるイランに対し、核兵器製造につながるとして停止を強く求めている。 ナタンツではこの日、ウラン濃縮の成功から1周年を記念する式典が開かれ、アフマディネジャド大統領に先立ってアガザデ長官が演説。ウラン濃縮に使われる遠心分離機が量産体制に入ったとも語り、「核開発計画が新たな段階に入った」と宣言した。 一方、イランの核問題で交渉責任者を務めるラリジャニ最高安全保障委員会事務局長は同日、欧米諸国との間で「懸念の排除」に向けて交渉し、合意を目指したいとの意向を表明した。ロイター通信が、イラン・メフル通信の報道として伝えた。 報道によると、ラリジャニ事務局長は東部マシャドでの演説で、「核燃料サイクルが完成した今、われわれには(欧米との)相互理解を目的とした真の交渉を始める用意がある」と述べた。同事務局長は一方で、「わが国の科学の進歩を止めることなく」核交渉を進めたいと強調。さらに、国連安保理が先月、イランにウラン濃縮停止を求める2度目の制裁決議を採択したことに対し、「この方法でわが国との間で合意に達することはできないと、欧米は知るべきだ」と批判した。 イランの核開発をめぐっては、ウラン濃縮活動の停止を求める欧米諸国に対し、同国政府が「民生目的の開発を続ける権利がある」と主張。昨年9月に欧州連合(EU)との交渉が決裂し、同12月には、国連安保理がウラン濃縮停止要求決議を採択した。イランは、米・中・日・露・韓の5カ国の対北朝鮮に対する態度を見て、自国も原則的には強硬路線を取ってゆくことを決断していると思われる。 但し、一方で、15名の英水兵を英国に帰すなどして、国際社会とは徹底的には対立しないことを考えているようにも思える。 北朝鮮が核実験までしても、結果として、米・中・日・露・韓の5カ国が強硬姿勢よりも、むしろ柔軟姿勢を取ったのを見て、北朝鮮のように核保有をするほうが得策と考えたフシがある。 但し、米国が果たして、イランを北朝鮮と同様に扱うことは考えにくく、イランの“交渉をする”という表面上は柔軟姿勢を取っているが、本質的には“核開発への”強硬姿勢に対して、アメリカは国連中心に制裁を加速させていゆくであろうが、その先には、イランの核施設の空爆等の選択肢も視野に入れているように思える。
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中東情勢
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イランの拘束英兵は「人質」と米大統領 2007.04.01Web posted at: 14:27 JST- CNN 米メリーランド州キャンプデービッド(CNN) ブッシュ米大統領は3月31日、大統領山荘キャンプデービッドで、訪米したルラ・ブラジル大統領との合同記者会見に臨み、イランによる英海軍兵士15人の拘束を非難し、英兵らが「人質」であるとして釈放を呼びかけた。 ブッシュ大統領は、イランが英兵らをイラク水域から連れ去ったことは「許し難い行為」であると述べた。米政府はしばらくこの事件について沈黙を保ってきたものの、ブッシュ大統領は「イランは無実の人質を釈放するべきだ。彼らは何も悪事をはたらいていないものの、(イラク水域から)即座に引きずり出された」と厳しい見方を示した。ルラ大統領は、ブラジルとイランの間に政治的問題はないうえ、イランがブラジルの重要な貿易相手国だとして、事件への言及を避けた。 一方、イラン国営通信(IRNA)によると、同国のアンサリ駐ロシア大使はロシアのテレビ局ベスティ24に対し、拘束英兵らが有罪か無罪かを判断する法的手続きが開始されたことを明らかにした。イランは英兵らが無罪と判断された場合は釈放し、有罪と判断された場合は処罰する方針。ただ、アンサリ大使は、「英政府が英兵らのイラン水域侵入を過ちと認めて謝罪した場合、問題は容易に解決するだろう」と述べ、外交による調停の可能性を示唆した。 IRNAはまた、イランのアフマディネジャド大統領が、同国に謝罪しない英政府を「ごう慢」と批判したと伝えた。アフマディネジャド大統領は3月31日のラジオ演説で、「英兵らががわれわれの水域に侵入したため、国境警備隊が勇気と俊敏さで拘束した」と述べた。そのうえで、英国が遺憾の意を表明したり恥を認める代わりに「あたかも貸しがあるように振舞っている」と指摘。さらに、英国をはじめとする西側諸国への非難を展開した。 こうしたなかベケット英外相は、欧州連合(EU)非公式外相協議のため訪問したドイツで記者団に対し、英国がイランに対して平和的解決を希望する内容の書簡を送ったことを明らかにした。書簡の内容は公表されていない。ベケット外相は、英国がイランとの交渉に乗り出したとしたうえで、「こうした事態になったことを誰もが遺憾に思っていると伝えたい。われわれは一刻も早く平和的に事態を打開し、わが国の兵士らの居場所を知り、面会したい」と語った。 イランは3月30日、拘束した英女性兵士フェイ・ターニーさんの3通目の書簡を公開した。ターニーさんが米英の政策の「犠牲」になったとしたうえで、両国にイラク撤退を呼びかける内容で、信ぴょう性は確認されていない。 米軍、4月前半にもイラン攻撃 露報道 03/31 22:52 IZAベータ版ニュース 【モスクワ=遠藤良介】国営ロシア通信は31日、ロシア軍事筋の情報として、ペルシャ湾に展開中の米軍が4月前半にもイランへの攻撃を開始する可能性があると報じた。また、複数の露メディアは、イスラエル特殊機関に近い電子メディアが露軍事筋から得た情報として、攻撃開始が「4月6日未明」の予定だと伝えた。 ロシア通信によれば、米軍はミサイルと空爆によって核関連施設を攻撃し、その後の状況分析次第では地上作戦を行う可能性もある。露軍事筋は、米軍が27日に開始したペルシャ湾での大規模な軍事演習によって「イラン攻撃に向けた準備は事実上、完了した」と分析、英海軍兵士15人がイランに拘束された事件が「攻撃開始の十分な根拠になり得る」と指摘している。 イスラエルの電子メディアによると、「Bite」(かむ)と名付けられた作戦は12時間にわたって遂行される。露メディアは「イラン攻撃に関するイスラエルと米国の合意がある」などとする専門家の見方も伝えている。ロシア国防省は「架空の情報源に基づく憶測にはコメントしない」としている。ブッシュ大統領は、捕らえられている英兵15名を『人質』として強調することにより、1979年にテヘランで起きた米大使館員人質事件においてもイラン側が行った『人質』作戦を想起させるようなアメリカなりの情報戦に出たものと思われる。イランに対しての米国人の反イラン感情には根強いものがあることを意識したものとも思われる。 イラン対英米を中心とする西側諸国の対立が、15名の英兵のイラン側の拘束により、緊張度がたかまりつつあるが、ブッシュ政権が現在のイラク情勢のままで、このままイラン攻撃までも仕掛けるということは考えにくい。 一方で、イスラエルは1981年に、イラクの核開発を阻止する目的で、フランスの援助を受けて建設したイラクの原子力発電所を空爆・破壊した事件もあり、中東における核施設に対しては、イスラエルが敏感に反応する可能性も充分にある。 英兵15名の拘束が長期化し事態が悪化してゆけば、15名の人質の解放及びイランの核開発の阻止という大義名分で、今回は、アメリカ、イスラエル、イギリスの3国間で何らかの対イラン共同軍事作戦も話し合われ、実行される可能性は無いとは言えないと思う。
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英兵が領海侵入を「自白」とイラン当局 2007.03.25Web posted at: 19:29 JST- CNN テヘラン──イラン・イラク国境を流れるシャトルアラブ川のイラク側の河口付近で23日、英海軍と海兵隊の兵士15人がイラン当局に身柄を拘束された問題で、イランの通信社FARSは24日、英兵らがイラン領海に侵入したことを自白したと伝えた。 英国防省は、報道内容を認めない意向にある。英政府は、拘束された兵士との連絡を希望しているが、イラン当局の許可は得られていない。 FARSによると、イラン当局は、少なくとも女性1人を含む英兵らを首都テヘランに身柄を移し、「攻撃的態度」について説明を要求した。ただ、英国防省の23日発表によると、兵士らはイラク側の河口付近で船舶の積み荷検査に従事していたところ、イラン革命防衛隊の海上部隊に包囲され、イラン領海に誘導されたという。 国営イラン通信(IRNA)によると、イラン外務省のスポークスマンは24日、英政府が「失態」を隠ぺいしようとしていると非難し、「他者への責任転嫁」を止めるべきだと述べた。 英兵拘束が伝えられてから数時間後、英国とイランは外交駆け引きを活発に展開した。英当局はイランの駐英大使を呼び、英兵らの即時解放を要求。一方のイラン当局は国営テレビを通じて、首都テヘラン駐在の英当局者に対し、英兵らがイラン領海に入った理由について説明を求めたと発表した。 イラン当局の発表は23日夜まで待ったうえで行われ、イラン外務省当局者にも情報が伝達された。英兵らを拘束した場所や今後の動きなどへの言及はなかった。 ベケット英外相は英兵らの即時解放と、何が起きたかについて十分な説明を求めた。欧州連合(EU)も即時解放を要求している。 英兵らがイラクとイランのいずれの領海内にいたかについて、ランバート英海軍准将はBBCに対し、英兵らが当時イラク領海内にいたと明言した。戦闘や武器の使用は一切なく、状況は「全く平和的」だったとしている。『自白』などというのは、この件に関するイラン側の情報戦が始まったと見るべきであり、恐らく事実ではないと思われる。 国連安全保障理事会は24日(日本時間の今日)に、イランに追加制裁を科す昨年12月に採択した制裁決議を一段強め、イランによるすべての武器の輸出禁止などの新たな制裁を盛り込んだ。ウラン濃縮活動の停止に応じないイランに対する制裁の強化である。 国連安全保障理事会で24日に採択された対イラン追加制裁決議を拒否し、ウラン濃縮活動を継続する意思を表明するイランのモッタキ外相が既に表明している。 こういう状況の中での英兵15名の拘束であるが、この15名の扱いを巡り、イラン情勢は緊迫化する可能性がある。
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イラン軍、英兵15人を拘束・英、即時解放を要求 【ロンドン=岐部秀光】英国防省は23日、ペルシャ湾内でパトロール活動をしていた英海軍などの兵士15人が同日午前、イラン軍に拘束されたと発表した。イラン側が拘束した理由は明らかになっていないが、イラク内で多発するテロの背後関係を巡って同国南部に駐留する英軍はイランへの警戒を強めていた。英政府は兵士の即時解放を要求、両国間の緊張がさらに高まる可能性もある。 現場は、イラン・イラク国境を流れるシャトルアラブ川の河口近くのラス・アルビーシャと呼ばれるイラク領海。拘束されたのは巡洋艦「コーンウオール」の乗員兵士という。 2隻のボートに乗った英海軍と海兵隊の兵士らが航行中の船に立ち入って積み荷を検査している最中に、イラン軍とみられる船舶に包囲され、銃口を向けられたまま連行されたようだ。英国放送協会(BBC)テレビによると、積み荷検査を受けた船は自動車の密輸にかかわった疑いがあったという。AP通信は、拘束したのはイラン革命防衛隊の海上部隊だと伝えた。 3月24日(01:42) 日本経済新聞米軍・英軍がイラクに流入するイランからの武装勢力を堰きとめようとしり、イラク国内にいるイラン武装勢力を排除しようとしているようであるが、この記事に書かれたような事件から緊張が高まり、米・英軍とイラン軍の衝突に発展してゆく可能性もあるので、その意味では、イラクーイラン国境はかなり危うい状況になりつつあり、当分は眼が離せないような状態が続く。 一方で産経新聞はこの事件の影響で
国際石油市場では23日、イランと国際社会との関係悪化を懸念して原油が値上がりした。1バレル当たりロンドン市場で4カ月ぶりの63.18ドルとなり、ニューヨーク市場では一時、62.65ドルに上昇し、最終的に昨年12月以来の高値となる62.28ドルで取引を終えた。と報じている。 |
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ブッシュ政権は2000年の成立当初より好戦的であると言われていた。 イラク軍のクウェート侵攻により勃発した1991年の湾岸戦争において、現大統領の父親ブッシュ大統領に率いられたアメリカ軍は610億ドルという戦費を使ったとされている。しかし、アメリカの自己負担は70億ドルだけで、サウジアラビアとクウェートが160億ドル、アラブ首長国連邦が40億ドル、日本が90億ドル、ドイツが70億ドルなど、大部分が他国の援助によりまかなわれたと言われており、とりわけ日本の90億ドルの内、日本円にして1兆790億円がアメリカの手に渡り、クウェートの手に渡ったのは6億3千万円に留まったと言われている。それ故にクウエートは日本に対して感謝の意など表しなかったのである。 言い方を換えれば、アメリカは湾岸戦争では、自国の軍事産業が貯蔵していた巡航ミサイル等の軍事物資の在庫を使い果たすことができ、新たな軍事物資をつくるための資金を他国の援助により集めることにより、新たな兵器開発も可能になり、アメリカの軍事関連産業を活性化させることができるという“アメリカの利益になる戦争”であったのだ。 また、石油のある地域での紛争は、石油のメージャー資本の多くを握るアメリカにとっては、紛争による不安から石油価格が上がり、石油ビジネスにおいても利益を上げられる構図ができる。アメリカにとっては石油資源のある国々での戦争は、石油ビジネスからの利益を生む戦争でもある。 湾岸戦争当時の国防長官であった現副大統領のチェニー氏や、湾岸戦争当時は、いわゆる制服組のトップである統合参謀本部議長であったパウエル前国務長官、父親が大統領であったジョージブッシュ氏にとっては、“石油のある地域での戦争はアメリカの利益になる”という基本的な感覚があったのである。 つまりブッシュ政権は設立当初よりその本質において、石油埋蔵量のある中東地域に関しては、極めて好戦的だったのである。 一方で、イスラム世界ではビンラディンは湾岸戦争の際、イスラム教の聖地メッカのあるサウジに異教徒の軍隊である米軍が駐留したことに激しい衝撃を受け、米軍のサウジアラビアからの撤退という要求を掲げて反米テロ闘争を開始し、ついには2001年9月11日の同時多発テロへと至った。 911同時多発テロにおいて、首謀者ビン・ラディンの目論んだことは、9.11のテロ行為によって米国政府と米国世論を挑発し、より好戦的にして、アメリカ対イスラム戦争に持ち込むこと。そうすることで、イスラム圏の反米感情を盛り上げて、イスラム世界の親米政権を倒すことを考えていたという見方がある。 もともと好戦的であったブッシュ政権は、2001年9月11日の同時多発テロから1ヶ月も経たないうちにアルカイダを匿うアフガニスタンのタリバン政権を空爆して、アフガニスタンにおける親米政権の設立に方向付けし、911同時多発テロの翌年の2002年初頭には年頭教書において、ブッシュ大統領はイラク・イラン・北朝鮮を『悪の枢軸』と呼び、テロ支援国家と位置付けて、名指しで3国を非難し、後のイラク戦争への伏線を描き始めるという意図があったものと思われる。 2003年3月に米国はイラクを先制攻撃したが、ブッシュ政権の目指したものは12年前の湾岸戦争におけるような短期決着であり、それと同時に“石油のある地域での戦争は、アメリカの利益になる”ということがブッシュ政権首脳の脳裏にはあったに違いない。 しかしながら、当初は短期間での決着を目指したものの、各国からのイスラム過激勢力はイラクに侵入し続けて、執拗なテロ活動を行い続け、ブッシュ政権の目論見とは大きく違い、イラク情勢は泥沼化し混沌としており、イラク戦争におけるアメリカ軍の戦費は今年度中にはベトナム戦争の戦費を上回るほどになり、戦争の大義の一つであった大量破壊兵器がイラクにおいて見つからないという事実も重なり、爆弾テロが頻発するイラクの事態はあらゆる意味において悪化の一方である。 中東における混乱はパレスチナ地域のみではなくなり、イラクもパレスチナと同等かそれ以上の混乱地帯にしてしまったのである。 ブッシュ政権はアメリカ議会の反対にも関わらず、今年は20,000名の兵力をイラクに追加投入してゆくが、イラクにおける混乱がそれにより沈静化してゆくという見通しは全く立っていない。 アフガニスタンにおいても、タリバン勢力の復活なども取り沙汰される状況となっており、中東や中央アジアにおいての米国のプレゼンスは危ういものになりつつあるという厳しい現実がある。 こういう状況下では、アメリカは北朝鮮のことなど考える余裕がなくなり、6カ国協議においても北朝鮮側に大幅な譲歩を行ったが、イラク・イラン問題にアメリカが全精力を注ぎ込まざるを得ないという状況があったからであるというのが大方の見方である。 2001年9.11以降、ブッシュ政権は『テロとの戦い』を打ち出してきたが、その後に起ったことを省みれば、バリ島での爆破事件、スペインでの列車爆破事件、ロンドンでの同時爆破テロ、相変わらずのイスラエル・パレスチナ地域での自爆テロ、イラクでの爆弾テロやその他のインドやロシア等の世界各地において爆弾テロが散発するようになり、『テロとの戦い』においては、テロは収束の方向に向かうどころか、むしろ拡散の方向に向かっているようにさえ見える。 世界のテロ活動の実行者はイスラム原理主義の過激派がほとんどであると言われているが、サウジアラビアを含めて、多くのイスラム国家は、テロを行うイスラム原理主義の過激派を明確には支持はしていないものの、米国のやり方にも賛同は決してしていない。むしろ中間的な立場をとって、自国内のイスラム原理主義の過激派勢力を刺激しないように努めているようにも見える。その意味では、先に述べたビン・ラディンの目指したと思われるイスラム世界での反米感情の育成は一定程度奏効しつつあるのかもしれない。 ブッシュ政権の最大の誤りは、世界に10億人以上いるといわれるイスラム教徒の反感を買い、結果として反米感情をイスラム世界で煽ってしまったことにある。ブッシュ大統領自らが『イスラム教徒はファシストだ』などという発言をして、穏健なイスラム教徒までも敵に回しつつあることである。 これはイスラム過激派やかつてのサダムフセインがアメリカとの戦いを『ジーハード(=聖戦)』と呼び、キリスト教との宗教戦争のように位置付け、イスラム教徒が一致団結すべきであるという煽り方をするイスラム過激派の戦略に、アメリカもいつの間にか乗せられたという側面を持つ。 テロを起こしているイスラム過激分子はほんの一部にも関わらず、イスラム教自体が悪いというような印象を残しながら、宗教的な部分に踏み込んでしまったブッシュ政権は、一部のイスラム過激分子とだけ闘うはずの『テロとの戦い』において、感情的にはイスラム教徒全体を敵に回しつつあるという大きな誤算を生じさせてしまったのである。 千年単位の歴史を持つキリスト教とイスラム教という宗教的側面を持つ戦争は、簡単に片付くはずがない。そういう宗教も含めた泥沼に世界を放り込んだブッシュ政権は、米国史上で最も誤った中東政策を取った政権の一つとして歴史に残るのではないかと思う。 20世紀はアメリカが超大国として台頭した世紀であったが、21世紀においては、アメリカのスーパーパワーは、特にイスラム世界では大きな反発を受けるようになり、BRICS(Brazil、Russia, India, China)の世界経済の成長エンジンが次第に台頭するようになり、アメリカの世界への影響力は相対的には序々に陰りが見えるようになると思われる。 そういう中で、アメリカ一辺倒であった日本においては、国益を考えながら、世界のパワーバランスの変化に沿った柔軟な対応をしてゆく必要性が生じてゆくことを我々日本人は銘記しておかなければならない。
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