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インディージョーンズの最新作・インディージョーンズ・クリスタルスカルの王国を見た。アメリカ人は日本人とは違う次元で物事を考えたり創ったりすることの好例の一つである。

アメリカ人というのは砂漠の真っ只中にラスベガスという賭博都市を創ったり、ジョージア州オーガスタには、天国でゴルフをしているような気分にもなる年1回のマスターズトーナメントだけの為に、夢のゴルフコース・オーガスタナショナルゴルフクラブを創ったりする。発想自体が日本人の持つ地平とは違うものを持っている。娯楽でも徹底的にアメリカ的なものをつくる。日本人の常識の範囲とは違うところにアメリカ人の独特の創作力がある。ディズニーランドもそのアメリカの創作力の象徴の一つである。

インディージョーンズ・シリーズもそのアメリカらしさの一貫であると私は捉えている。第1作の『インディージョーンズ・失われたアークを求めて』は私がアメリカのアトランタに住んでいた頃にアメリカで見た。ばかばかしいと思う人もいるかも知れないが、ばかばかしさもあれだけ徹底すると第1級のエンターテイメントとなってしまう。

最新作・インディージョーンズ・クリスタルスカルの王国はインディージョーンズシリーズの第4作目であるが、第1作が上映されたのは27〜28年前であると思う。

今回の映画の出だしは、Elvis PresleyのHound Dogの歌声が響くスクリーンから始る。Presleyの若い頃の歌なので、声がPresleyのもののように聞こえないが、Youtubeでビデオ検索した以下のビデオを見ると、映画の中あの声はやはりPresleyのものであったと思う。音楽史上では、Hound DogとElvis Presleyが今日あるロックンロールミュージックの実質上の始まりとなった歌と歌手であることを知っている人は少ないのではないか?Presleyがかなり若い頃の歌である。恐らくデビュー曲だったのではないか?

PresleyのHound Dogにより、1950年代のストーリーであることを監督のSteven Spilbergは言わんとしているのがイントロである。米ソ冷戦時代の頃の話である。ロシアの冷徹な美人がインディージョーンズの今回の敵の首領格である。相変わらずスピード感があり、ハラハラドキドキはSpilbergとGeorge Lucasの得意とするところであろう。

今回の目新しさは、前作ではインディージョーンズの父親(=ション・コネリー)が出てきたが、今回はインディー・ジョーンズの子供が出てくる。ハンサム・ボーイであるが、親に似て喧嘩も強い。インディー・ジョーンズが子供を認知して結婚するのも面白いがこれ以上言うのはやめておこう。でもこれだけは言っておこう。インディージョーンズの子供が登場したということは、インディー・ジョーンズは子供が引継ぎ、続編があるということを示唆しているのではないかと思う。ハリウッドの商魂は当然そう考えているはずである。

エンターテイメントとしては素晴らしくかつ面白い映画であることには変わりはない。私がストーリーを記事にして伝えるよりも、この映画こそ劇場で見るべき映画である。大きなスクリーンで見るコンピュターグラフックスの編集とその迫力が見事である。

既にアメリカで5月に公開され人気ナンバーワンであるという。私は日本封切り前のプレビューのような形でショッピングモールにある映画館で見たが、その時点で既に世界で650億円の売上を上げていたという記事をどこかで見た。時間があれば、劇場にゆき、ポップコーンを食べ、コーラを飲みながら、アメリカ人スタイルで、アメリカ映画を見るのもよいのではないか!?


           
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七人の侍 黒澤明

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『用心棒』も『椿三十郎』も三船敏郎のスパースター振りが目立つ作品であったが、七人の侍は違う。

志村喬、加東大介、宮口精二、稲葉義男、千秋実、木村功、三船敏郎の7名がそれぞれの特徴を充分に黒澤明が表現させた名画である。

アメリカ西部劇の巨匠ジョンスタージェス監督が『荒野の七人(=Magnificent Seven:素晴らしき七人)』としてリメークして大ヒット作ともなった。

『荒野の七人』ではユル・ブリンナー、スティーブ・マックィーン、ホルフト・ブッフホルツ、チャールズ・ブロンソン、ロバート・ボーン、ブラッド・デクスター、ジェームズ・コバーン、イーライ・ウォラックが出演した。

ユル・ブリンナーは既に大スターの地位を確立しており、スティーブ・マックイーンはテレビの『拳銃無宿』で既に有名スターであったが、その他の人々はこの『荒野の七人』を踏み台にして大スターの道を歩んだという映画である。

ビデオは『七人の侍』と『荒野の七人』の両方を用意した。
                                    映画 七人の侍 あらすじ

麦の刈入れが終る頃、野伏せりがやって来る。去年襲われた村人は恐怖におののいた。闘っても勝目はないし、負ければ村中皆殺しだ。

村を守るには侍を傭うことだ、長老儀作の決断によって茂助、利吉等は侍探しに出発した。智勇を備えた歴戦の古豪勘兵衛の協力で五郎兵衛、久蔵、平八、七郎次、勝四郎が選ばれた。

菊千代は家族を野武士に皆殺しにされた百姓の孤児で野性そのままの男である。村人は特に不安を感じていたが、菊千代の行動によってだんだん理解が生れていった。

村の防衛体勢は整えられ戦闘訓練が始った。刈入れが終ると野武士の襲撃が始り、物見の三人を久蔵、菊千代が倒した。利吉の案内で久蔵、菊千代、平八が夜討を決行し火をかけた。山塞には野武士に奪われた利吉の恋女房が居た。彼女は利吉の顔を見ると泣声をあげて燃える火の中に身を投じた。

この夜敵十人を斬ったが、平八は種カ島に倒れた。夜が明けると野武士は村を襲って来た。侍を中心に百姓も鍬や丸太を持って村を死守した。美しい村の娘志乃は男装をさせられていたが、勝四郎にその秘密を知られ二人の間には恋が芽生えた。決戦の前夜、志乃は勝四郎を納屋に誘い二人の体はもつれ合って藁の中へ倒れた。

翌朝、十三騎に減った野武士の一団が雨の中を村になだれこんだ。斬り込んだ侍達と百姓達は死物狂いで闘い、久蔵、五郎兵衛が倒れた。怒りに燃えた菊千代は最後の一人を屋根に追いつめたが、敵の弾をうけ、差しちがえて討死した。

野武士は全滅した。しかし百姓も数人倒れ、七人の侍の中四人が死んだ。新しい土鰻頭の前に立った勘兵衛、七郎次、勝四郎は、六月の爽やかな風の中で働いている百姓達を静かに眺めた。

志乃も何かを振り捨てるように大声で田植唄をうたっていた。「勝ったのはあの百姓達だ。俺達ではない。百姓は土と共に何時までも生きる。」田の面をみながら勘兵衛がつぶやいた。
以上の記載は下記のサイトよりhttp://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD23967/story.html



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数年前ですが、ブッシュ大統領が小泉首相に、日米首脳会談の際に、この『真昼の決闘』の映画のポスターをプレゼントしたことがあります。

この映画は西部劇の古典的映画であり、テレビでは何度もやり、日本ではゲーリークーパーは西部劇の代名詞のように言われた時代もありました。

             アカデミー主演男優賞と音楽賞等も受賞した名画です。

                  テーマ音楽もなかなか良いです。
                           真昼の決闘 / ハイ・ヌーン High Noon


保安官の任期を終えて、敬虔なクェカー教徒のと結婚した初老の男ケーン。彼は新妻と旅立とうとした矢先、かつて刑務所に送りこんだ無法者が復讐に来るとの知らせを受ける。彼は町の人々に助けを乞うものの彼等の反応は冷たく、誰も彼を助けようとはしない。やがて対決の時が来て、彼は1人孤独に4人の無法者たちに立ち向かってゆく。フレッド・ジンネマン監督が赤狩りを傍観した人々や、決定的な瞬間に臆病風に吹かれる人々への嫌悪の情を表明した社会派ウェスタンの傑作。 

製作者のスタンリー・クレイマーはジョン・W・カニンガムの小説『ブリキの星章』の映画化を企画。赤狩りの際に非米活動委員会に共産主義者の烙印を押されたカール・フォアマンに脚本化を依頼する。ならず者と保安官の戦いというウェスタンの基本を踏襲しながらも、ならず者に恐れをなし保安官を助けようとしない町の人々、臆病風に吹かれる保安官助手、自分の妻に助けられる保安官など、フォアマンはヒロイズムよりリアリズムを追求。

映画は制作費50万ドルの低予算映画として企画されるが、クレイマーは主演の保安官役には大スターのグレゴリー・ペックを希望。しかし、この役は2年前に彼が『拳銃王』で演じた役に酷似していたためにペックは申し出を断る。

続いてベテラン俳優のゲーリー・クーパーが候補に挙がるが、当時のクーパーの人気は落ち目だったものの、彼の高額な出演料を少ない制作費から捻出するのは難しかった。しかし、クーパーは脚本にほれ込んで、通常の出演料よりも少ない額で出演を承諾。彼は潰瘍の痛みと戦いながら31日間の撮影をこなして素晴らしい演技を披露する。

クレイマーは、ケーン若妻役にはこれが映画初出演作となる新人のグレース・ケリーを抜擢。ケリーは若妻役の若くて美しく、清純で上品というイメージにぴったりだったが、やがてクレイマーは23歳のケリーと51歳のクーパーとの間の28歳の年齢差を気にするようになる。クーパーもこの年齢差を気にしていたが、既に契約を済ませた後で、代役を探す時間もなかったために、若妻役は予定通りケリーが演じることになる。ケリーの美しさに魅了されたジンネマンは、彼女のクローズ・アップを必要以上に多く撮影し、その多さは共演者のケティ・フラドから非難されたほどだった。

また、ジンネマンはケリーに特別な演技指導をせず、自由に演技させることによって自然な演技を引き出させるが、批評家からは単調で無表情と評されてしまい、ケリー自身も今作での演技には失望していた。また、クーパーとケリーは映画の撮影中に恋に落ち、二人の関係は新聞のゴシップ欄を大いに賑わした。

ジンネマンは、決闘が始まるまでの80分と劇中の経過時間をシンクロさせることによってリアルさを高め、所々に挿入された時計のカットによって、観客に主人公と同じ緊張感を持たせるリアリズム溢れる斬新な演出を披露。

最初のスニーク・プレビューでの観客の反応が芳しくなかったために、クレイマーは対決のシーン直前の、時計が対決の時を刻一刻と刻むシーンで、クーパーの苦悩にさいなまれた表情のクローズ・アップを挿入し、作曲家のディミトリ・ティオムキンにスローな場面を盛り立てる歌の作曲を依頼。

ティオムキンは主題歌の挿入には反対するものの、最終的に劇中に挿入されたテックス・リッターが歌う主題歌「ハイ・ヌーン」は大ヒットしてアカデミー歌曲賞を獲得。日本ではリバイバル公開時に『ハーイ・ヌーン』のタイトルで公開された事もある。

今作は最初の「大人向けの西部劇」と評価され、観る者を魅了する繊細なキャラクター描写とリアルタイムに進行する力強いアクションとドラマは批評家の絶賛を浴びる。観客からも好評を持って迎えられて、73万ドルの制作費で作られた今作は1,800万ドルの興収をあげる大ヒット作となる。

アカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされ、主演男優賞、編集賞、劇映画音楽賞、歌曲賞の4部門を獲得。クーパーの人気は、映画のヒットと『ヨーク軍曹』(41)に続く2度目のアカデミー主演男優賞の獲得によって完全に回復し、ケリーは今作での好演によってメジャースタジオM-G-M社との専属契約を勝ち取る。 

監督のハワード・ホークスとジョン・ウェインは、クーパーが演じた市民に助けを求めて女性に助けられる保安官を腰抜け呼ばわりした上に、この作品をウェスタンと認めず、後にホークス監督、ウェイン主演で『真昼の決闘』のヒロイズム版ウェスタンともいえる『リオ・ブラボー』(59)を製作する。
以上は下記のサイトよりhttp://www.geocities.co.jp/Hollywood/5710/high-noon.html

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テレビで箱根駅伝を見ながら、アカデミー賞作品賞をかつて獲得した映画『炎のランナー』を思い出した。

何年か前の東京新聞の記事に以下の内容が出ていた。

映画『炎のランナー』の主人公のモデルとなった1924年のパリ五輪400メートル走で優勝し金メダルを獲得した英国人エリック・リデルさんは、国民的英雄だったが、その後宣教師として中国へ。太平洋戦争開戦で日本軍の民間収容所に入れられ1945年2月に病死した。

そのリデルさんと同じ収容所に入れられた宣教師の子供として中国に生まれ育ったスティーブン・メティカフさんは終戦までの四年間を一緒に過ごした。当時、メティカフさんにとっては日本は憎しみの対象である『敵国』。しかし、信仰深いリデルさんから聖書について学び、その意識が変えられていったという。

聖書の『汝(なんじ)の敵を愛せよ』という言葉をめぐって論争。メティカフさんが『日本の憲兵を愛するなんてできるのか。この言葉は単に理想だ』と問いかけてみたが、戦争に駆り立てられる日本人のために、熱心に祈りをささげるリデルさんの姿に次第に自らも祈るように変わった。収容所で死亡したリデルさんから贈られた運動靴をはき、その棺をかついだメティカフさんは『生きてここを出られたら、日本のために宣教師として働こう』と決意。

終戦後、日本を憎む周囲の反対を振り切って来日し、1990年まで日本で伝道活動を続けた。メティカフさんは出版する本を通じて『日本は豊かになり、国際的な視点も持つようになったが、あの戦争についてあまりにも教えてこなかった。リデルさんの遺志を伝え、断絶を埋めたい』と日本の若者に語りかけんとしている。

というのが記事の内容であった。

このようなストリーに日本人が接することは少ない。日本人の心にこのような寛容さがあるのであろうか?と私は時たま思うことがある。日本人の論理構造や精神構造の中には、リデルさんやメティカフが心の中に持つ『幅の広さ』や『奥の深さ』が感じらず、極めて限られた幅しか持っていないのではないか?と時たま感じているのは私だけであろうか?私はクリスチャンでは無いが、時たま西洋人と接し、日本人とは違う何らかの『幅』を感ずることがある。

曲は映画『炎のランナー』のテーマ曲であるが、一番上のビデオはオリジナル映画からでなくリメーク版だが、他の2つはオリジナル映画からのシーンである。イギリスの国民的英雄のオリンピック金メダリスト・エリック・リデル氏の400mの伝説的な走りが描かれている。因みに映画のあらすじは http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD11396/story.html

このテーマ曲についてであるが、私が川口湖マラソンに初出場した時に、私の前をかなり早い女性ランナーが走っていたが10km過ぎに彼女を抜き、ずっと後に置いてきたつもりであったが、40km過ぎに突如彼女が私の目の前に飛び出し、ロングスパートをかけてきた。あと1kmの地点では彼女に約100m離された。

私は彼女には勝てないと思い始めた矢先だった。道端でこの『炎のランナー』のテーマ音楽が流れている地点があり、そこを通り過ぎた瞬間より、急にこの曲に勇気付けられ、私は最後の力を振り絞り、猛然とそして懸命に走り、彼女の後を追撃した。彼女もスパートが早すぎたのか、あとゴールまで100mの地点で彼女に追いつき追い越し、わずかの差で彼女に勝った。最後の100mはあの瀬古利彦選手のような気分にさせるラストスパートでゴールに飛び込んだ!

私のその時の初マラソンの記録が3時間36分29秒であった。

日刊スポーツ紙上によると彼女の記録は私の2秒遅れだった。カメラマン(=市民マラソンでは写真を撮り、それをランナーに売るという商売をやる人がいる)が私が彼女に迫るシーンを撮影しており、初出場記念ということで、私の記録の入った彼女と私が映った写真を買った。その写真の記録を見ながら、上記の私の記録を書いたわけである。

写真を見るに彼女なかなかの美人で、その後、かなり早くなり、3時間10分程度の記録を出し、女子の中ではかなりの上位に食い込んでいた。女子の3時間10分というと、東京国際女子マラソンの出場資格のある記録となるはずである。彼女が東京国際女子マラソンにその後出場したか否かはわからないが・・・



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