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最近思うことは、人間ってたった5分間だけでも気持ちが180度変わったりすることってよくあると思うんです。たとえば、今まではこう思ってたのに、だれそれがこういったからこっちの意見側になってしまった・・・とかです。
しかしそれは他人によって変わることだけではないようにおもうのです。つまり、自分が自分自身で変わることもできるのではないか、ということです。
そこで18時間前の自分は何をやっているだろうと考えてみたわけです。
―――電車に乗ってますね。
カラオケに行った帰りだったでしょうか。あのときの自分の思いといえば、受験生なのにこんなことしてて馬鹿だなぁと思っていたのですが、今の心境というのは、あぁ、楽しかったなぁ、またいけるようにがんばろう!と思っているわけです。
何を言いたいのかといいますと、今日不思議とそういうことを考えてしまいまして。
今日は学校で部活動だのなんだのの引継ぎが、儀式的な形で行われたのですが、自分の今の部活に対する感情は、ほんの1年とか2年とかの心境とは少し違うことに気がつきまして。
人生とはこんなことの繰り返しなのだと思いますが、よい意味でも、悪い意味でも、今の自分と過去の自分を見つめなおせることができるのは幸せなことだと思います。それだけ余裕があるからなのでしょう。
―――受験。
こんなことは人生の通過点に過ぎません。ほんの2週間前は、高校をブランドで選んでいる自分がいましたが、今は、自分の栄養になる、そんな高校を目指しています。
ある意味皮肉な話でもあります。
人はそれを逃げだの何打の非難するかもしれませんが、今の自分が求めているというものは果たしてレベルの高い勉強をすることなのかといわれれば、それに尽きるというようなものではないと思います。
自分の本当の求めているものといえば、3年間楽しく通え、自分の志すもののある大学で自分を極め、そして仕事をして、小説家もいつかはなって・・・という生活を遅れれば本当に十分です。いや、十二分です。
さて、そう思うなら、5年後・・・20歳の自分はいったいどんな心境で生きているのでしょうか。そう思うと、明日が楽しみになってきますね。
それでは今日も一言。
「上り坂のあとの下り坂は、次上りを登るための下りで、下りの為の上りだ」
私の解釈では、人生にたとえているのだと思います。人生がマジで成功しまくっている人はほとんどいません。普通ならば、上がり下がりは激しくなります。それが人生なんですから。だからこそ、どんだけつらいことがあっても、それは次自分が笑うためのつらさであり、喜んでいるときは・・・次辛くなったときに耐えられるようにするためにあるのかもしれません。
まぁ、考えすぎですかね。
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すばらしいです。共感します。人生は成功するには不断の努力と忍耐が、ものをいいますよね。夢を持って、自分らしく進め人生が、本当にすばらしいのではないかと思います。
2008/3/9(日) 午後 4:59 [ 小幡信一 ]
私もそのとおりだと思います。
「自分らしい生き方」ができる人は、本当にすごいと感じます。
2008/3/10(月) 午後 4:53