|
中学の頃、イケている周りがハイスタやブラフマンなどを聴いて興奮する中、僕はどうもそれらに強く惹かれることはなかった。確かにその音にはテレビで流れる通俗的歌謡曲にはない荒々しい衝撃を受けたが、それ以上に染み込んで来るもの、というのが希薄であった。代わりに僕が惹かれたのは、ラジオでかかった「陽はまた昇りくりかえす」を歌うDragon Ashだった。あの衝撃は忘れられない。サビのメロディで魂が包み込まれるように惹きこまれ、僕はたちまち彼らの虜になった。そのあと彼らには所謂ブームが起こり、それに乗じて反比例的に、所謂コアリスナーからは「こんなのヒップホップじゃねえ」だとか「こんなのミクスチャーじゃねえ」だとかいう意見で批判された。が、そんなことは僕にとってはどうでもいいことだった。どれだけ鋼鉄のよろいを身にまとっているように見えても、DAには、いや、降谷建志には、隠しきれないナイーヴな側面、すなわち抒情性に満ちた旋律と歌詞が秘められており、僕はその現代におけるキリストとでも形容しきれるほどの彼の才能のカリスマ性に魅了され、彼の創る音楽は高校時代の僕のライフ・ミュージックとなった。もしかすると、Dragon Ash以上に、kjの才能が赤裸々に発揮されているのは、そのセカンド・ワークスではないだろうか。Mihoに提供した作品、初期はDrop by DropにおけるEsperanzaという曲のトラックの切なさはいつでも僕の心に溶けているし、その後のMurmurというアルバムはエレクトロニカとして生と死の幻想を表現した素晴らしい作品である。そしてSteady and co.のOnly Holy Storyはいつまでも変わらず僕のクリスマスソングであるし、洗練されたトラックと素晴らしい歌詞で響くStay Goldは勿論永遠に色褪せることない僕の青春である。僕は知性的に無知な人間であるし、キリスト教についてもあまり知らない。だけれど、kjのようなキリスト教を霊魂として感得し、たとい無意識的たろうとも、音楽で、言葉で、表現している人の作品には、心が洗われ救済されるような幻覚を抱く。毎日の日々は風みたく速い勢いで進んでゆく。それでも、吹き荒れている風に揉まれながら、野に咲く百合のようにただ、気高く生きてゆきたい。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



私も中学の時、初めてラジオ(確かNHKのミュージックスクウェアだったか)で聴いた「陽はまた昇りくりかえす」が強烈に耳に残っています。(ということは同世代ですね笑)
それ以来未だに私にとってDragon Ashのベストは「陽はまた昇りくりかえす」です。
2008/12/17(水) 午前 1:34
こんばんは。僕にとってもやはり「陽はまた昇りくりかえす」がベストです。ああいう意志のある曲を19歳で創り戦った降谷氏は最高に恰好良い生き様です。大三元さんはかなり年上の方かと思っていましたが、同世代ですね!
2008/12/17(水) 午前 2:44