写真家「権徹」のブログ

2月6日 写真集「歌舞伎町」発行

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わき道をゆく。

週刊現代、わき道をゆく、魚住昭
『歌舞伎町』(扶桑社刊)という公刊されたばかりの写真ルポが自宅に郵送されてきた。オビを見ると「歌舞伎町スナイパーが見た16年」とある。
 わざわざ送ってくれた出版社には申し訳ないが、私は風俗に関心がない。年のせいか、赤い灯青い灯の巷に繰り出す気力もない。
 と思いながらもページをパラパラめくっていたら、写真の世界に吸い込まれた。初めに目についたのはヤクザと黒人たちの激突シーンである。黒人はパイプ椅子を頭上に振りかざしている。ヤクザはそばにあった自転車を横抱えにし、それを振り回して応戦する。
「東アジア一の歓楽街」歌舞伎町では07年ごろからアフリカ系黒人の客引きが目立ち始め、ヤクザとの対立が激化した。客引きの場所やみかじめ料をめぐるトラブルが原因らしい。体の大きな黒人たちは生活習慣や文化の違いもあってヤクザを怖がらないという。
 吉野家で無銭飲食したホームレス風の男が逮捕される場面にも目を奪われた。
警官たちは男を歩道に倒し、関節技をきめてねじ伏せる。やがて応援の警官が駆けつけ、にやにや笑いながら男の顔を靴で踏みにじり、髪を引っ張り、容赦のない制裁を加えつづけた。
 ただ食いをしただけでここまで痛い目にあわねばならぬのか。周囲の通行人からは「警察ひどいよ」「腕折れちゃうよ」などと男に同情的な声が漏れたという。
 別のページには警察から逃げる麻薬の売人が写っていた。地面に頭をこすりつけてヤクザに土下座するホストたちの惨めな姿もあった。かと思うと、胸元の開いた浴衣姿で出勤するキャバクラ嬢たちの花魁道中を撮った艶っぽいショットもある。
 どれもこれも人間の本能や欲望があらわになった刹那を捉えている。いったい誰がこんな写真を撮ったのか。著者はフォトジャーナリストの権徹(ゴン・チョル。45歳)と記されていた。
 経歴を見ると、88年に韓国海兵隊に入り、狙撃兵の訓練を約2年間にわたって受けた。94年に来日して日本写真芸術専門学校に入学し、写真家の樋口健二氏に師事しながら16年も歌舞伎町を取材してきた。著書に『歌舞伎町のこころちゃん』(08年・講談社刊)があるという。
 あのこころちゃんの話なら私も覚えている。旧コマ劇前広場で父親と路上生活を送る4歳の少女の物語だった。彼女の愛らしい笑顔に格差社会の不条理を感じられた読者も多いはずだ。よし、一度ゴンさんに会ってみよう。私は歌舞伎町に彼を訪ねた。
 175センチ前後の引き締まった体つきだった。ピンと伸びた背筋。細くて鋭い目。第一印象を言わせてもらうなら、やはり修羅場をくぐってきた元狙撃兵だ。
「歌舞伎町でバイオレンスを撮るのは、戦場を撮るのと同じことなんです。ナイフやピストルでいつやられてもおかしくない。これまで不良やヤクザの喧嘩を撮ろうと接近しすぎてカメラを3台壊された。ヤクザにビルの地下に4時間監禁されたこともあるんです」とゴンさんが言う。
 それはそうだろう。私もヤクザの取材はしてきたが、彼らに断りもなしにファインダーを向けるなんて考えたことは一度もない。なぜ、あえてそんな怖いことを?
「日本に来て2年後の1996年の春でした。当時通っていた写真学校のゼミの撮影テーマが『新宿』だったこともあって、通学途中に新宿の街をいつも観察していた。そうしたら歌舞伎街交番の前で鉄パイプを持ったヤクザ20〜30人がケンカする場面に出くわしたんです」
 韓国ではありえない交番前の乱闘だった。怖さに膝が震え、カバンからカメラを取り出すこともできなかった。このエキサイティングな街は、いったい何なんだ!
 そう思ったとき、彼は歌舞伎町を自分の『主戦場』の一つにすることに決めた。以来、週6日、歌舞伎町に通った。人出の多い金曜と土曜は徹夜で歌舞伎町と大久保のコリアンタウンを回る。万歩計で約3万歩。距離にして20キロは歩くという。
 私はゴンさんの夜の取材に同行させてもらうことにした。街頭にに出るなり彼はこう言った。
「ほら見て!歌舞伎町はないものが何もないパーフェクトな街なんです。女もいれば外国人もいる。喧嘩で飯を食う人もいれば、薬の売人、客引き、不良、もちろん警官もいる。のぞき部屋もあればストリップ小屋もヘルスも裏カジノもある。
たくさんの顔を持っていて、それらが完璧なバランスを保っている。その中から本能がはみ出した瞬間を僕は撮るんです」
 その瞬間に出会ったとき、海兵隊で狙撃兵の訓練をした経験が活きるという。
「被写体までの距離と明るさを読み、カバンの中でレンズの絞りとシャッタースピードを調整しながら走り寄り、ベストポジションとベストタイミングを決める。
狙撃兵も同じ。標的までの距離と風向きを瞬時につかみ、ライフルに使う銃弾の種類を決めて照準を定めます」とゴンさん。
 通りかかった雑居ビルの前で男が女性の写真を何枚か出し、客に何やら話していた。ゴンさんはすぐさま雑居ビルに入り、エレベーターで9階の屋上に上った。
そして屋上のフェンスから身を乗り出し、200ミリの望遠レンズを真下の客引きに向けてシャッターを切った。
「ほら、客引きが差し出す写真の女性の顔までバッチリ写ってるでしょ。あれは買春の斡旋をしてるんです。もちろん違法。歌舞伎町がどういう所だかこれでもよくわかるでしょ」とゴンさん。
 ゴンさんは歌舞伎町のあらゆる建物の構造を調べている。その結果、撮影のベストポジションをすべて確認している。これは標的を狙う狙撃兵の行動とまったく同じだといっていいだろう。
 セントラルロードの入り口で客引きと男性客との喧嘩が始まった。警察官が駆け付けると、客引きは逃げた。追う警官。そのスピードを上回る速さでゴンさんが走り出した。早い。ひとてつもなく早い。私も追いかけたが、すぐに息が切れて見失った。
 しばらくして戻ってきたゴンさんに失礼なことを聞いた。「そんなに苦労して撮っても買い取ってくれる雑誌社は滅多にないでしょう?」。
「はい、ありません。特に最近は仕事が減って、年収も150万円前後にしかなりません。でも、ここは日本の最先端。そこでいま花開きかけてる部分もあれば腐りかけている部分もある。違法行為を都合の良いときに取り締まり、後は見て見ぬふりをする権力の正体もわかる。だから歌舞伎町を見ると日本の未来が見えるんです」
そう言い残してゴンさんは雑踏の中に消えていった。その凛とした後ろ姿にフォトジャーナリストしての矜持を見た。魚住昭

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