『牡牛座 レーニンの肖像』、アレクサンドル・ソクーロフ監督、ロシア、2011 昨日からの陰雨が、なかなか躰になじめずにいた。
記憶は、雨と結びつき、昨夜の味の素スタジアムでさんざん濡れたことをぼんやりと想い出し、また別の場所へと浮遊する。先日の、大学での講義のときも雨が降り続いていた。時折雨に濡れた窓外の講義棟を美しく感じながら、また僕は黒板へと向かった。僕のもつチョークは、濃緑の地に、なめらかな白い線をつくった。相変わらず学生たちはなにを考えているのだかわからなかったが、僕は熱心に、ボリシェビキが権力を握ったときのことを語っていた。
1922年、レーニンは脳梗塞で倒れ、右半身麻痺となり、モスクワ郊外で過ごした。その館はモロゾフ家から接収したもので、実際にこの映画で使用したという。老いたレーニンの言葉は支離滅裂だが、革命家としての威勢が消えたときの方が、なぜか人間味を感じる。なぜかな。僕は英雄レーニンよりも、死にかけて権威の消えた姿に共感する。
クルプスカヤと森に「狩り」をしに行くとき、スターリンとの会話がまったく咬み合わないとき、その底に彼の何ともいえぬもどかしさを感じるのだ。車いすの彼はゆっくりと木立のまえにすすみ、鳥のさえずりに耳をかたむける。そして、森の上空、澄んだ青色の空を見つめ、うす笑いを浮かべるレーニン。彼はなにを思ってこの世を去ったのだろうか? ソクーロフの特殊な撮影技法は、ロシアの大地を幻想的に演出し、観る者を夢心地にさせる。
革命とは、はかない夢だったのだろうか。
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初めまして。
蔵書の整理をしていたらマルクス主義関係の本が次々と出てきました。僕は全共闘世代ですが、時の流れを感じます。
2013/11/5(火) 午後 7:33 [ 天 后空 ]