吉川節子『印象派の誕生 マネとモネ』、中公新書、2010 まだ陽光に力なく肌寒い今年四月、三菱一号館美術館で『マネとモダン・パリ』展があった。エドゥアール・マネが、のちの印象派に影響を与えたことや、パリ・コミューンに参加するなど意外な面があったことなどを知ることができた。けれども、《エミール・ゾラの肖像》に感銘をうけ、ゾラの背後に日本画があることに気づいてはいたものの、そこにどのような意味があるのか分かっていなかった。そんな、僕のような素人に絵画を見る楽しみを教えてくれるのが本書である。
印象派というと、モネの《印象、日の出》からはじまったというイメージが強い。本書はその起源を、マネの作品、製作態度、人間関係(親子関係を含む)から解きおこしていく。ラトゥール《バティニョル街のアトリエ》(1870)では、マネを中心にしてモネやルノワールらが描かれる。そこから、マネ自身はいわゆる印象派展に出展していないものの、その影響力の大きさがうかがえる。とくに、普仏戦争で戦死したバジールのことや、「ブヴィエの壺」からはじまる「静物トリロジー」の謎解きは目からうろこものである。《バティニョル〜》では、マネの傍らの机上にミネルヴァと日本の皿と壺が置かれている。それは、西洋の伝統と日本の影響と「新しい芸術」(印象派の起源)を意味するという。さらに、マネが描いた《ゾラの肖像》のゾラの奥にかけられるベラスケス、日本画、《オランピア》(新しい芸術!)が同様の構成をとっており、ルノワールにもそのようなトリロジーが見られるのだ。
では、本書の副題にもなっている、マネとモネの共通性と差異はどこにあるだろう。マネは、《バルコニー》や《鉄道》で、近代社会における人間の疎外を描いたという。その作品に出てくる人間たちのどこかぎこちない配置は、まさに「近代」に対するマネの「印象」が表現されているのである。モネはもちろんそのような観点から描いているわけではない。モネはドービニーから継承した「アトリエ船」なるものにのって、川の水面のきらきらした輝きや木々の影をその「印象」のままにうつしていった。「うつす」ことは、古典主義的な「写実」ということではない。モネの心にうつったものが画布に現れるのである。
モネには《日の出》の太陽がオレンジ色に輝いて見えた。現代の我々は、この蒸し暑い夏空になにを見るだろうか?
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よくまとめられていて参考になると同時にトリロジーの発見に
感動と興奮を感じた者としては嬉しい書評です。
{美の巨人}でオランピアの女性の背景は屏風の裏側である事がわかったと聞きこれも新しい視点だと驚きました。五條
2013/12/27(金) 午前 7:15 [ 山猿 ]