空の話をしないか

本・映画・絵画についてのエッセイです。

美術

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

ミメーシス

ギリシャ、空海、印象派

 
 風に吹かれ、喬木の梢が揺れると、路面に黒いものが落ちた。よく見ると、蝉が腹を上にして喘いでいる。もうすぐ死ぬんだな、君も、と僕は独りごち、終わらない夏の小径を歩くともなく歩く。この夏は、玉川上水の緑道をよく歩いた。木漏れ日のなかに身を溶け込ませ、世界への不安をやわらげる。そんなことは、所詮無理なことだと知りながら―。
 
 歩きながら、記憶の海の底を泳ぐ。大切なのは知識ではなく、記憶の底に眠る小さな印象の光を探ることだ。
 
 プラトンは現実の世界をイデアのミメーシス(模倣)ととらえ、芸術作品をふたつ目のミメーシスとして蔑んだ。というよりも、真理から遠のいていくものとして考えていた。ところが、新プラトン主義の影響を受けた中世以降の芸術家たちは、その作品のなかにこそイデアへといたる道を見出そうとした。
 
 『大英博物館 古代ギリシャ展』(国立西洋美術館)では、人間の身体美の原型がどこにあるかを考えさせてくれる。僕らの抱く美の感覚は、近代以降、西洋的なものとなり、その源流がギリシャ芸術ということになる。たとえば、展示されていたのはローマ時代の複製であるが、ミュロンの「円盤投げ(ディスコボロス)」(約前450〜前450)は、神(ゼウス)への捧げものとして作られているという。円盤を投げる瞬間を切り取り、人間の肉体美を限りなく追及したその作品は、たんにミメーシスとしてのみの機能ではなく、真なるものへと送り返すという役割を担っている。
 
 アレクサンドロス大王の遠征以降、アジアにもヘレニズム文化が伝えられ、仏教芸術にもミメーシスが見られる。『空海と密教美術展』(東京国立博物館)では、空海が唐より真言密教美術を伝え、彼が持ち帰った絵画、書、仏像、工芸などが展示されている。「聾瞽指帰」(ろうこしいき)などの空海筆の書や、「飛行三鈷杵」(ひぎょうさんこしょ)などの逸話にも目がひかれるが、やはり仏像や曼荼羅などの密教美術の作品がミメーシスを考えるうえで重要だろう。その教えは恵果や空海自身がいうように、絵画などを用いなければ理解できないという。ここでもやはり、「真理」のミメーシスとしての芸術作品が大きな意味をもつ。
 
 芸術作品はたんなる現実の模倣ではない。それは個々の作家の無意識の美的感覚とも結びついている。『ワシントン ナショナル・ギャラリー』(国立新美術館)の、印象派、ポスト印象派の作品は、マネの「鉄道」をはじめ、ゴッホ、モネ、メアリー・カサットなど有名な作品でひしめき合っていた。木々の木漏れ日のような鮮やかな色彩は、近代以降の日本人にも好まれた。それは真理のミメーシスというよりも、もはや作家の個人的な記憶のなかの夢のようだ。その後、前衛芸術においては、ミメーシスそのものの解体が試みられることになるのは周知のことだろう。
 
 現代の複製技術が発達した時代にあっては、もはやすべてが模倣の模倣で成り立っているようでもある。しかし、それが成り立たないような一回性や出来事を表現できるとすれば、それはどのような媒体においてなのか?そんなことを考えながら、出口のない問いの前で、独り佇んでいる。
 
 
 
 

写楽という一瞬の華

 

『写楽[特別展]』東京国立博物館、2011

 
 NHKスペシャルで、東洲斎写楽とは誰かがほぼ確定された、という話を耳にして改めてこの絵師に興味をもった。写楽とは、ずばり、阿波の能役者斎藤十郎兵衛という。ギリシャの国立コルフ・アジア美術館が収蔵する浮世絵コレクションに対して、日本の研究者が学術調査を行った(2008)。その際、写楽の署名のある肉筆の扇面画がヒントになったという。番組では写楽の独特な筆遣いが紹介されていて、いわゆる「有名絵師説」が否定されたのだ。
 
 寛政6年(1794)年5月、江戸三座(中村座・市村座・守(森)田座)の役者を「個性豊かに描いた」大判雲母摺り(きらずり)の作品28図を一気に出版した東洲斎写楽。しかし彼は、翌年の正月には忽然と姿を消してしまう。今回の展覧会では、約146図約170枚が展示されており、彼の作品の全体像が見渡せるようになっている。
 
 写楽の作品を第Ⅰ期から第Ⅳ期まで分けると、やはり、第Ⅰ期がもっとも鮮烈であり、たとえば《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》の大首絵は印象的だ。眉はつり上がり、えらが張り、口は大きく真一文字に結んでいる。両の掌は力強く開かれている。写実ではなく、デフォルメ、抽象に近い。パブロ・ピカソは若い頃に写実的な絵を描き、徐々に表現を抽象化していったが、写楽はいきなり「それ」を世にぶつけた。しかし、大衆は格好のよい構図や「美しい」ものへと惹きつけられる。
 
 確かに彼の描く女性(たとえば「おしづ」)はお世辞にも美しいとはいえず、同時代の喜多川歌麿 (1753-1806)が描く、艶やかな《ポッピンを吹く女》などとは対照的だ。大衆の平均化された欲望と、写楽の芸術家としての知的欲望が、次第に齟齬をきたすのもうなずける。おそらく版元の蔦谷重三郎からも要求されたのだろう、第Ⅱ期以降は構図を変え、最後には力のない表現へと萎んでゆく。
 
 生まれてくる時期が早すぎたのかもしれない、と考える人もいるだろう。けれども、斎藤にとって写楽という一瞬の華を咲かせたこと自体、かけがえのない体験だったのかもしれない。
 

言葉は光、闇は沈黙

『レンブラント 光の探求/闇の誘惑』国立西洋美術館

 
 精神の内奥への沈下のなかで、いつしか失語の状態に陥り、言葉を書き留めることすらままならなかった。人は、その根底に不安を抱え込むことで、言葉を失う。饒舌に語り、書き、表現する人々は、つまり、不安の呪縛から脱しているのだと思う。真の不安とメランコリーとは、人からいとも簡単に言葉を奪う。いまこうして僕が書けているのは、それが過去のものになろうとしているからにすぎない。
 
 さて、レンブラントについて書く。先日書いたフェルメールと同じように、レンブラント・ファン・レイン(1606〜1699)は、17世紀を代表するオランダの画家である。今回の展示のテーマが「光と、闇と、レンブラント」とあるように、彼は光を表現するために闇の存在意義を充分にみとめていることがわかる。《東洋風の衣装をまとう自画像》もそうだが、《ヘンドリッキェ・ストッフェルス》は人物がほとんど闇に溶けていくようである。《アトリエの画家》は、イーゼルと画板の背を中心にして、左奥に画家の素朴な顔が配置される。タブローの裏側にはなにもない。あるのはただ、画家のまなざしだけである。
 
 今回の展示で興味深いのは、レンブラントが版画も多くものしていたということである。《3本の木》という風景画や《貝殻》という静物画は、版画とは思えないほど精緻であり、やはり光と影のシンメトリーがはっきりしている。それから、意外にも和紙に刷られた作品が多く、レンブラントがさまざまな実験を行っていたことがよくわかる。そして、刷りながら作品を変化させていくのも彼の特徴で、間違い探しをしているようで、観る者を楽しませる。
 
 《書斎のミネルヴァ》では「戦い」と「知」の象徴を取り上げる一方、《病人たちを癒すキリスト》では信仰の在りかを示す。知を規定する倫理から何を学ぶべきか? かつて、ハイデガーは、死の不安に対する「先駆的決意性」ということを唱えた(『存在と時間』)。しかしそれは、ファシズムへの民族的決意に満ちたものだった。いま、僕ならば、不安の克服は、「時と言葉」にあると考えたい。レンブラントが描いた光は、存在(神のようなもの)から射し込む「時と言葉」であり、闇は「死と沈黙」である。僕らは「死と沈黙」を内に抱えながら、それでも光の方へ歩まなければならない。
 
 存在、そして光の王国へ。
 
 

『フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展』、シュテーデル美術館蔵、Bunkamuraザ・ミュージアム

 
 大地が揺れた。いまもまだ、船の上で波に揺られているような、妙な錯覚に陥るときがある。
 
 被災地の人々は物理的・肉体的な被害のみならず、精神的な負荷も相当なものだろうと想像する。原発の問題も含め、戦後総資本が作り上げた幻想の体系が露呈するなかで、学問に携わる者になにができるだろうかと、ずっと考えている。ふと思い浮かぶのが、浦澤直樹・勝鹿北星の『MASTER KEATON』という作品。主人公キートンの恩師ユーリー・スコット教授の逸話である。1941年のロンドン大空襲のとき、教授は学生たちをたすけたあと、授業を再開させた。動揺する学生たちの面前、教授は毅然とした態度で、学問の継続を呼びかける。
 
 そんなことを考えながら、僕はフェルメールの《地理学者》(1669年)からなにかを得たいと思い、渋谷の雑踏を歩いた。それは、やはり他のフランドル派の絵とは一線を画しているものだった。机には直角定規、背後の壁には東インド会社のW.J.ブラウによる世界地図、棚の上にはホンディウス家により製作された地球儀、そして地理学者の右手にはコンパス。それらは大航海時代にあって、地理学者には欠かせない必須アイテムだった。聡明な彼の眼差しは、インド洋にむけられているのだろうか。ゴブラン織りの豪華な椅子も据えられ、彼が富裕な階層に属することが想像できる。学者のモデルは微生物を発見したレーウェンフックではないかとの説がある。いずれにしても、窓からの光により部屋全体が明るく、学問・研究にたいするフェルメールなりの強い敬意が感じられる。
 
 ほかに、ヘラルト・テル・ボルヒ《ワイングラスを持つ夫人》の肌の柔らかさ、ヤン・ブリューゲル(父)の工房《ガラスの花瓶に生けた花》の小さな画面ながら凝縮された多彩さが印象深い。どちらも背景が黒(暗)く、対象が浮き上がっている。レンブラント《サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ》も名作なのだろうが、タイトルの割にダヴィデの存在感が薄いのが残念なところか。
 
 17世紀のオランダは江戸時代の日本とも深いかかわりがある。オランダ風説書などを通して、幕府はオランダの情報をつかんでいたわけだが、実際このような絵画を観る機会はほとんどなかっただろう。地球儀などは平戸藩主松浦家などに伝わっていたが、絵画はどの程度伝わっているのだろうか。江戸時代の絵画にオランダの影響を指摘する研究者もいるようなので、調べてみると面白いかもしれない。
 
 さて、先刻のユーリー・スコット教授は、「可能な限りの人を助けた時、〜すすで真っ黒に汚れた顔のままテキストを出し、そして言った……」
 
 「さあ諸君、授業を始めよう。あと15分はある!」
 
 

『シュルレアリスム展 −パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による−』、国立新美術館、2011

 
 
 誰にでもある無意識を絵で表現すると、それは「美」というよりも、「醜」が圧倒的に剥き出しにされる。それは、欲望ともいえるし、夢、偶然の邂逅、非現実という、合理のもとにおかれぬものである。それにしても、見る者がときに理解不能におちいり、嫌悪しもするものを、彼らは描いたのか、ということが重要だと思う。
 
 1924年に詩人アンドレ・ブルトンが『シュルレアリスム宣言』を発表してから、パリを拠点に、この運動は広がった。彼は詩のなかにそれを見いだすが、芸術全般、あるいは政治にまで影響を与えたことは、前にも述べた。この展覧会では、ブルトンのフランス語の原書が展示され、彼に影響をうけた画家たち、キリコ、ダリ、マグリット、マッソン、マックス・エルンストなどの作品が多く展示されている。
 
 ジョアン・ミロ《シエスタ》やマックス・エルンスト《ユビュ皇帝》など、幼い子どもにもわかりやすくておもしろいものもある一方、アンドレ・マッソン《迷宮》のようなグロテスクなものからマグリット《凌辱》のようなエロティックなものまで幅がある。ルネ・マグリットの作品のように、《秘密の分身》(下図)や靴と生足が合成される《赤いモデル》などが秀逸だと思えるのは、たぶん、非理性的なものを理性の文法でぎりぎりとらえられるからだろう。これがグロテスクに抽象化されると不快になる。絵画のみでなく、デュシャンの《瓶掛け》は工業製品=既製品(レディメイド)をそのまま作品化したもので現代的だし、ジャコメッティの《テーブル》のような彫刻も部屋に飾りたいほどいい作品だ。
 
 しかし考えてみると、運動に参加していたのは男ばかりである。男の欲望を表現したものだから、必然、女性の裸体が多くなる。女性の鑑賞者が苦笑するような作品もあり、やはり、ジェンダーの観点からシュルレアリスム運動を総括することも必要なのではないかと思えた。視る、という特権は、男=権力だけのものではないということは、もうずっと以前にミシェル・フーコーによって断罪されている。
 
 そして、忘れてはならないのが、子どもが見たら、どう思うだろうかという想像力である。おそらく、子どもは、衒学な批評家よりもより厳格な批評をすることができる。「これが、夢? わたしはこんな夢なんてみたことがないわ」と少女が呟く。シュルレアリストはこんな感想にどうこたえるだろうか?
 

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
水縞リョウ
水縞リョウ
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

登録されていません

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事