不如帰

ファミリーを大事にしない奴は男じゃない ビトー・コルレオーネ

開業準備

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ついに4月

ついに4月がやってきた!明日から、正式に実家医院の院長としての一歩を踏み出すことになる。

やる事は山積みでまだまだ落ち着きそうにない。

ゴールデンウィークに改装するので、4月はその準備に忙殺されそうだ。

4月27日の午後は休診とし、搬出作業を開始する。現医院を建ててから27年たち、いらないものもたくさんあるので、それまでに、どんどん整理しておかねばならない。

基本的にはマイナーチェンジで、壁紙や床を張替え、照明を変え、レイアウトを少し変更する。見積もりは700万円前後になりそうだ。壁紙や床などは、私が見ても全部同じように見えるので、そのへんは妻に丸投げした!!

手術場は、先日業者さんに来てもらい、清浄度を測定したところ。クラス70000くらいとの事。先日の学会で眼科手術ではクラス100000あれば十分とのことだったので、まずまず(意外に!?)合格点。手洗い水を単なる水道水にするか、オゾン水にするか、ただいま考え中だ。

オペは4月9日月曜日からはじめる。その日は、ロトミートリプルと白内障の2件のみだが、16日・23日と白内障5件ずつ入った。一応、一日5件を基準にして考えている。勿論、システムが完成され、患者さんが増えてくればもっともっと手術件数を増やしたい、が、最初はいちびらずにボチボチいきます。

IOLは、角膜2.75mmの切開創から楽々入るという噂のHOYA YA65BBRを採用することにした。値段も満足のいく価格で交渉できた。

明日何人患者さんくるかなぁ。

新レセコン導入

早いもので、もう2月も終わり。いよいよ4月が迫ってきた。

その前に3月1日からレセコンが変わる。これも、勤務病院での忙しさにかまけてほっといたら、あっという間に目前に迫ってしまっている!

今回のレセコン変更に伴い、カルテ番号のつけ方を変える事にした。

今までは昔ながらのやり方で、社保と国保でアルファベットの頭文字を分けてつけ、そのつど番号がつくというやり方だ。かなり複雑怪奇魑魅魍魎としたやり方なのだ・・・。

即ち、1月4日に新患が来て、その年は社保をA、国保をBとすると、その人が社保だったらA1となる。次の人が国保だったらB1となる。次の人が、再診でも国保だったらB2となるのだ。

このアルファベットは5年毎に変更。つまり5年毎にカルテを総とっかえするという考えらしい。

ちなみに、5年の間に社保から国保に変更された場合は例えば、A223というカルテ番号だったら、まずB223になり、もし既にB223の番号の人がいれば、B223Cとかいうカルテ番号になっちゃうのだ!!

昔は社保と国保をきっちり分けるというのが、レセプトのやりやすさに直結していたらしく、実家医院では、カルテや診察券なども、全て色で区別されている。

今は全然そんなことする必要はないのだが・・・。

今回からは、カルテ番号のアルファベットをなくし、全部数字にすることにした。つまり、今、社保が4000番まで、国保が3000番までの番号があり、社保のアルファベットがC、国保のアルファベットがDとするならば、

例えば社保の
C3200→3200

国保の3200の方は
D3200→3200+4000→7200

という番号を与えることにした。

んで、C3200Eとかの人は、最後にまわし、とりあえず番号を与えるのだ!

旧レセコンから新レセコンへのデーター移動していた業者さんは泣いたはりましたわ・・。

マジで・・・。(TOT)

それに伴い、カルテ管理形式はカルテ番号の下二桁が同じやつを集めるターミナルデジット方式に変える。この方が絶対にカルテを出すのも戻すのも早くなる。ちなみに今までは、社保と国保に別々の棚があり、「1〜100」「101〜200」とかの棚に分類されている。それが、当月棚と1ヶ月前棚と2ヶ月前棚、それ以前棚が用意され、診察券に、前回何年の何月に来たかを○するところがあり、そこをみてカルテを引くわけですな。

こういう風に変える!というのは、年明けくらいから、頭の中に出来上がっていたものの、気がつけば、変更の日まで一週間きってるやんけっ!!!(>_<)

その事に気づいたのが、金曜日の晩。

○カルテ番号を書き換えて、シールを貼る
○新しい棚を準備して、収納していく
○従業員への説明
○一ヶ月ほど前に新しいレセコンへ業者さんにデーター移行してもらったのは良いが、その日以降に来た新患とかのデーターは新レセコンに誰がいれるの?

などなど、いっぱいやらなければならない事や疑問が頭に沸いてきた!!

ぶっちゃけた話、医療事務やカルテ管理など、今まで勤務医として、手術がどーだの、学会がどーだのばかりして来た、私にとって畑違いの世界。そういう世界に生きていなかったので、ない頭をいくら振り絞ってもわからんもんはわからん!!

昨日のオペ後、従業員の方々とミーティングを行い、現場の声を取り入れて、とりあえずなんとかなりそうだが、いやぁ色々大変です。

新しいレセコンも指導員が来て2月まる一ヶ月間やったとはいえ、週一回で4回のみ。みんなちゃんとマスターしたか〜っ!?

そして何よりの問題は、新レセコン導入やカルテ保存形式の変更を推し進めている、若先生(オイラのこと)が、まだ常勤していないということだ!!!

いやぁ、本当に大丈夫かいな?(--;)

まあしかし、昨日色々相談して、これでいこかという合意が出来た後、従業員の一人がとても嬉しい事を言ってくれた。

「とりあえず、私たちの考えた方法でやってみます!それで壁にぶち当たるかも知れないけど、それはその時に考えて乗り越えていきますので!今から、あれこれ悩んでも仕方ないので、やってみましょう!」

との頼もしい言葉!

この従業員さんは、オトン及びオカンは既にボロカスにけなしている方だ。確かに言葉の使い方で若干損してるなぁと思うときはあるが、仕事はテキパキしているし、私の評価は低くない。

今回のこの難局は、常勤の彼女らの肩にかかっている。妻も幼稚園行事が一段落し、医院の手伝いに参加できるようになったので、皆で力を合わせて、この難局を乗り切ってほしい。

若先生は遠い勤務病院から、手を合わせて祈っております。(-人-)

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M眼科見学記

2月9日、10日と広島県福山市にある日本有数のvolume cataract surgeonであるM先生の医院を見学に行った。

約2年前に始めて訪れた時は、本当に軽い気持ちで、物見遊山のつもりで行き、衝撃を受けた。

前回訪問時、オペで衝撃を受けたのは言うまでもあらずだが、オペ後M先生が

「先生はサウナは好きですか?」

と私に聞いてきた。私は銭湯&サウナ大好き人間なので、

「ありがとうございます。僕、サウナが大好きです!」

と答え、必然の流れでサウナ風呂に行った。

私はサウナが好きだが、M先生のサウナ道は想像を超えたものだった!

超高温のサウナの最も高いところで寝そべって、微動だにせず。若い私が先に出るのもなんなので、汗をだらだら流しながら耐えていた。

サウナから出ると、今度は水風呂。私もこのセットが好きなので嬉々として水風呂につかったが、M先生は足からドボンっと飛び込み、一気に頭まで「気をつけ」の体勢のままで水没。その後、しばらく経っても水底で気をつけの姿勢をとられたまま、微動だにせず・・。

私は、さすがに寒さを感じるようになったので、水風呂から上がったが、M先生は息継ぎをしに頭を出した後も悠然とつかっておられる・・。

長時間水風呂につかったあと、再びサウナへ。この繰り返しを延々2時間行った・・・。水風呂は、足先の感覚がなくなるくらいまで入るそうだ。

2時間、ぎゅうぎゅうになるまで汗をしぼり取った後、飲みに行った。いやはや、あのときのお酒のまわったことと言ったら・・・。

ちょっと前座の話が長くなりすぎました。(^^;)

2年前はAMOソブリンを使っておられ、IOLはセンサーを全例に挿入しておられたので、さながらAMO王国といった印象だったのだが、今回はAlconインフィニティを使い、IOLはナチュラルを全例に挿入しておられ、Alcon王国に様変わりしていた。

手術手技はインフィニティのウルトラスリーブを用いた2.2mm coaxial極小切開。アプローチは耳側角膜切開だ。

手術を見て一番印象に残ったことは、「2年前より、最後のhydrationを凄くしっかりされているなぁ」ということ。

私も角膜切開でやっているが、最後のIA終了時、少し漏れていても前房が十分に深ければ、手術を終了している事が多い。それで今まで不都合はなく、しっかり翌日はsealしているのだが、M先生にその事を聞くと、

「それでは年間1000例くらいまでなら、大丈夫だが、2000例やると、1例くらいは眼内炎が出てくる!」

との事。なるほど、M先生と同じく尊敬する大阪No1のvolume surgeon、T先生がブログで
「問題なく終えた白内障術後翌日に睫毛が眼内に入っていた!」
との報告をされていたが、やっぱりhydrationはしっかりするに限る。以後、改めます。

あと、最後に、hydrationおよび、圧調整のため前房内に水を入れるが、その時に細かな皮質片みたいな物質が前房内で舞うことがある。M先生は、それが出ると何度何度も再吸引をされておられた。

モチの論吉、私は細かな皮質片は「どうせ吸収される」ということで、全く放置していたが、確かに術翌日角膜後面にそれらがへばりついていることがある。翌日のclearな術後を追求するなら、しっかりとるに如かず・・。以後、改めます。

M先生は現在、仏像にはまっておられるそうで、手術室には立派な観音様の像が置かれてあった。

翌日は尼崎の仏像を奥さんと見に行かれる予定だったようで、術中突如、

「先生は仏像は好きですか?」と聞かれ、

「い、いや、嫌いじゃないです・・。」としどろもどろになって答えると、

とんとん拍子に私も尼崎のお寺に仏像を見に行くことになりました。(^^;)


さらに術中、M先生に
「先生、チョッパーは何使ってるの?」と聞かれ、

私「そのご質問を待っておりました。Mチョッパーでございます。」
と答えると、M先生はなんと、新型Mチョッパーを私に下さった!!!

殿様から刀を与えられた侍の感激が少しわかった気がする!家宝にします!

その日はM先生はご多忙でご一緒できなかったが、福山市内の居酒屋で参天の広島担当の方と夕飯をとった。牡蠣やのどぐろなど、海の幸を堪能いたしました。

翌日、朝7時半からM眼科に行き、M先生の外来を見学。午前8時から10時までに70人以上の患者さんを診察しておられた!その後、オペ後患者さんのビデオ説明会を見学した。

以前、お伺いしたときにも、感じたが、この術後ビデオ説明会は素晴らしい!
「白内障手術は簡単じゃないんですよ。」
「安全に手術を行うための設備投資にお金がかかるんですよ。」
「現代の日本の人々はレベルの高い白内障手術の恩恵を蒙っているが、ここにいたるまでに、さまざまな試行錯誤があり、色んな人の血のにじむような努力、犠牲の結果なんですよ。感謝をしなければダメですよ」

といった事がちりばめられており、最初は「もう見えるようになって早く帰りたいのに・・」というオーラを発していた患者さん達も見終わると拍手喝采だった。

素晴らしい!

その後、M先生ご夫妻、M先生のお兄様とともに、尼崎で仏像見学!ありがたや〜。まだ若輩者ゆえ、仏像の美を完全に理解するまでには至りませんでしたが、素晴らしいものだということはわかった!有難うございました。合掌。

今回も大変勉強になりました!!M先生、およびスタッフの方々、本当に有難うございました!!
m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

面接

まずは、実家医院の面接について。

現在のメンバーは、

・Aさん 事務 非常に良い人だが、70歳近くで、加齢のためにミス多し。母の唯一のお気に入り。3月で退職。

・Bさん 事務/検査  昨秋募集組の一人。30台半ば。近所の中規模病院での医療事務勤務後、当院に就職。やや気は強め。現医院のダメっぷりに嫌気がさしていて、既にA・母軍団と決裂。ぼちぼち辞めるのでは?と考えていたが、最近自分で白い長ズボンを購入し仕事中にはいているので、少なくとも4月までは様子見で残るよう。ちゃきちゃきしていて仕事は出来る方だとみてます。ただ、おべんちゃらを使うタイプではないので、父・母ともに評価は低い。私は嫌いではありませんが、若干言葉の使い方に難があり、非常につっけんどんに感じる事もあり。

・Cさん 事務/検査  昨秋募集組の一人。30台半ば。なかなか良いキャラの人だが、おっとりタイプのため、母の攻撃を受け、あえなく轟沈。2月一杯で退職。まあ想定の範囲内ですが・・・。
(^^;)一応、旦那さんが、中国に転勤するという話になってますが、僕は怪しいとみている。この人も良い人です。

・Dさん 検査主任 勤務して8年くらい。40台半ば。年の割りに色っぽく、おとんのお気に入り(=おかんはボロカス言ってます)。良い人だが、若干チャランポランな所あり。検査もちゃんとした教育を受けてないので私はあんまり信用してません。CLの管理もこの人がやっている。4月以降も勤務。

・Eさん 非常勤看護婦 30台半ば。若干雑な所はあるが、なかなか出来る看護婦。3年前から一緒に若先生オペを立ち上げたので、信頼関係あり。改革の意思強し。こびへつらわないので、おとんの評価は低し。4月以降も勤務。

そして、A・Cさんの退職に伴い、2人雇った。一人は30台半ば。出産後子育ても落ち着いたので実家医院に復帰。おとんとおかんの評価は高いです。正直、かなり迷ったが、4月以降も、親父は週3回外来をするため、親父が気分良く働けるように雇用した。母には、他の従業員と態度に差が出ぬように口を酸っぱくしてお願いをした。

もう一人は22歳で医療事務専門学校の新卒。非常にやる気にあふれており、期待してます!現在、メンバー的に同年代がいないので、最初はつらいと思うが、どうなるかな?

とにかく、4月以降はスタッフ教育を十分に行いたい。はっきり言って、現在のレベルはまだまだ低い。最近は非常に従業員の出入りが激しかったので、新入団のお二人は長いこと居てほしい!共に頑張りましょう!

手術学会については次のブログで。

税理士

先週金曜日に当医院の顧問税理士の先生と会った。

2時間くらい話していたが、さすが、長年当家と関わっておられるだけあって、夫婦間の不和を含む実情を良く知っておられた。

2人で話していて、やはり母の従業員に対する傲然とした態度は絶対にやめさせなあかん!という所で激しく一致した。

「現在事務長をしている母を会計の方からも遠ざけて行きたいが、どうすれば良いか?」との質問に対しては、

税「奥さん(私の妻)がどれだけ医院に出てこれるかに依ります。」とのこと。

妻は現在3人の(5歳、3歳、0歳)子育てで超多忙である。実家医院には週1回か2回午前中のみ行くのが精一杯だ。

税「ならば、やはり、会計面はお母さんに引き続きやって頂いた方が良いと思います。いきなり、仕事を取ってしまうと、余計抵抗が出てくる可能性がありますので。その代わり、医院のことには一切口を出さないという約束は取り付けてください。」

そんなこと、言われなくてもわかっている。最近は顔を合わせるたびにその事を口を酸っぱくして言い、母も「わかってるって。」と言っているが・・・。

母自身、決して悪い人ではなく、むしろファミリーを守るためには命を平気で投げ出せる人だ。夫婦喧嘩続きの実家が、なんやかんや言いながら、子供3人(姉、私、妹)ともグレずに明るく元気に育って来たのは、母が守り抜いてきたからと言える。が、どうも、家族や医院を守ろうとしすぎて、他者を攻撃し、結果的にそれが身内に災いを及ぼす局面が多々あるのだ。

学生時代に、本来自分の身体を守るべき免疫機構が、外部からの刺激に過剰に反応し結果的に自らを傷害してしまう「自己免疫疾患」の講義を受けたとき、

「なんや、うちのオカンみたいやなぁ・・。」と感じた事を思い出す。(^^;)

大坂冬の陣、夏の陣で豊臣家が滅亡する話で、淀君の立ち居振る舞いは、まさにうちの母と同タイプだと言わざるをえない。

税理士さんは、僕が知らなかった秘話を色々僕に教えてくれた。

僕が公立医大に合格した時、父は「本当にあいつには感謝してる。ずーっと家庭内がゴタゴタしていたのに、グレずに医者になってくれた。」と本当にうれしそうに話していたらしい。

最近、税理士さんの目の前で、父と母が、取っ組み合いの喧嘩をした後、興奮した母を鎮めるべく、税理士さんが2人でしばらく話したそうな。

税「奥さん(母)、これから息子さんに医院を継承していかなあかん時期に、いつまで夫婦いがみ合っているんですか?もっと冷静に落ち着いて話あっていかなあきませんよ。」

母「わかってます。息子が継いだら、絶対に息子の邪魔になるようなことはしません。あの子は私が手塩にかけて育てた作品です。息子の好きなようにやってもらえるようにサポートします。ただ、あの男(父)の顔を見るとキキーーッ!!!」

と言ったそうだ。まあ、息子を思う母の気持ちは、この秘話を聞くまでもなく、こちらに十二分伝わって来ている。頼むから4月からは心静かに過ごして欲しい。

実際、現在の経営状況で、幾らぐらいの投資が許されるかどうかを聞いてみた。すると、3000万円くらいなら、全然借金しても良いとの事。なんか気が楽になりました。顕微鏡も買っちゃおうかな〜。勿論、数年後に新築or移転を目論んでいるので、投資を抑えるに越したことはないが。

あとは、4月からの給与面についても相談した。少なくとも、ここで親と喧嘩をしたくはないので、私は、市民病院からの給料も足して、現在の収入から下がらない程度であれば、全然良い旨を伝えた。しかし、このあたりは社会労務士の範囲らしい。いや〜、色々ややこしいです。

話は変わるが、色々な禍根の震源地であった、事務のおばあちゃんが2月15日付けで退職するのに伴い、事務・検査員の募集をかけた。

職安ではなく、広告代理店にしたのだが、なんと10人以上の方が応募してきた!

現在の従業員は、非常勤も含めると7人。うち、60歳代2人、40歳代2人、30歳代後半が3人という布陣。なんとも華のない布陣だ・・・。

というわけで、私はアホでも何でも良いから、とりあえず美人で若いピチピチギャルを1人雇いたいと思っている。すぐ辞めるかもしれないが、それも結構。医院に入って、60台女性二人が受付をやってたら、帰りたくなる人もいるだろう・・。1人ぐらいピチピチがいなければならない!!

昨日は、5人の面接予定。1人にはすっぽかされたので、4人。

しかし、いざ面接する立場になると、スッポカシは非常に腹が立つ!!こっちは忙しいのにわざわざ時間をあけているのに!

そして4人のなかに、1人ピチピチがいたのだ!!

19歳女性で、医療の世界にあこがれがあるらしい。現在飲食店勤務ということになっているが、キャバクラの可能性もある。しかし、そんなことはどうでも良い。ピチピチ指数はかなり高かったのだ!

話してみると、他に面接に来た、20台後半から30台の方々にくらべ、むしろ礼儀や話しかたがしっかりしている。キャバクラではなく、クラブか・・・?

親父は今回からノータッチやと言って自分から辞退し、妻と母と3人で面接していた。妻は私の考えを熟知してるので、あのピチピチでええんちゃう?といった感じだが、ここで、母が猛反対なり。

母「あんたのため思って、言ったげてるんや。あんな子雇ったら、すぐに院内の雰囲気が悪くなるで。何年前の○○が居た時がそうやった。絶対止めとき!!あれ?履歴書良く見たら、この高校はどこもはいれへんかった人が行く所やないの!!!こんな人は計算もできひんし、やっていけへんって。やめときーーっ!!!お母さんは、長年医院経営をしてるからどういう人がええか、わかるんや。ここは素直に親の言うことを聞きなさい。」

との事。

オカンが自分が面接して入れた人は、今まで散々ボロカスに言って、ことごとく辞めて行ったのに・・・。

まあ、来週もまた10人近くの面接をするし、ここまで母が嫌がるなら無理押しして入れても、その娘は幸せには働けないだろう。グッバイ、ピチピチ・・・・(ToT)

昨日は面接後、スーパースター、フェイコチョップの永原先生の講演を聞きに行った。次のブログで、その話は披露したい。

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