不如帰

ファミリーを大事にしない奴は男じゃない ビトー・コルレオーネ

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ザ・ブセナテラス

11月23日から25日まで、休暇を取って沖縄に行ってきた。今年も残すところあと1カ月ちょっと。まだ、夏休みもとっていなかったので、ここらで一休みしたかった。

一泊目は沖縄サミットの会場になったということで有名なリゾートホテル「ザ・ブセナテラス」に宿泊し、二泊目は那覇に出来たduty free shopをじっくり見てみたかったので、那覇に宿泊した。当初はブセナテラス系列のナハテラスに宿泊する予定だったが、生憎満室にて日航系の那覇グランドキャッスルホテルに宿泊した。

家族で旅行すること自体、一年以上ぶり。沖縄は二年前に、ルネッサンスリゾート沖縄にステイして以来だ。

ブセナテラスは本当に最高だった。

なんと言うか、雰囲気が良い。建物の雰囲気も勿論良いのだが、スタッフ各自に「おもてなしの心」が満ち溢れており、なんでも頼みごとを聞いてもらえそうな気がする。

温度は25度くらい、幸い好天に恵まれ、照りつける太陽とさわやかな風が心地よい。到着日はのんびり海辺を散歩し、二日目はスイミングに行き、泳ぐことが大好きな長男の気を鎮めるべく、室内プールに行った。その後、辺りを散策。ヤドカリが砂浜にたくさんおり、子供達は大喜びで狩りをしていた。
勿論、最後はリリースしましたよ〜。

難点を挙げれば、料理。これは、ホテルに責任はないのだが、ちびっこ連れゆえに、食事は高級エリアでは不可能。よってバイキング形式になるのだが、バイキングは、お腹は死ぬほど一杯になるものの、心は全く満たされない!最終的に親達は、子供の食い散らかした残飯を処理する羽目になってしまう・・・。まあ仕方ないか。早く、子供を預けて大人のみでバカンスに行けるような身分になりたいものだ。

とはいえ、ブセナテラスでの一日半は、本当にリフレッシュできた!妻も大満足で、是非もう一度行きたい!(出来れば近いうちに)

あの接遇は素晴らしい。将来、実家の医院が軌道にのったら、慰安旅行というかたちで、スタッフにはこういう施設に積極的にいかせたいと思う。医療も最早サービス業の一種というのは、皆承知しているが、実際に上質のサービスを自らが体験していなければ、他人に振舞うことも出来まい。

二日目は、夕方に那覇のホテルについた。このホテルはまあ最悪とは言わないが、イマイチ。建物自体は20階建てだが、昭和60年代くらいの古臭さが随所に見受けられる。スタッフの接遇態度も、昭和風。古い、昔ながらのエレベーターに乗りながら、実家の医院を思い出した・・。

例えば、車にしても、ホテル前につければ、接遇のしっかりしたホテルなら、ボーイの方が運転して駐車場に入れてくれ、出るときは、その旨をボーイの伝えれば、「しばらくお待ち下さい」と言って、ホテルの前に着けてくれる。

日航に乗り付けた際、「車は・・・?」と聞けば、「あっ、空いている所に止めて下さい」と言うのみ。荷物を客が持っていても、全く構うそぶりもない。ここのスタッフの方々も根は良い人に違いないし、「おもてなしの心」も持っているだろう。しかし、ブセナテラスに行ったあとに行けば、まあ全然違う。

おそらく、この差は教育にあるのだろう。「おもてなしの心」は双方有していても、日航の方はどこかリミッターがかかっているのだ。つまり、

「こうすれば、より喜ぶであろうことはわかっているが、私の権限を超えているから出来ない。」

とか、

「こうすれば、より喜ぶであろうことはわかっているが、一度これをすると皆がこれを希望したら収拾がつかなくなる。だから出来ません」

といったリミッターだ。

こういうリミッターは医療機関には、それこそ腐るほどある!たとえば、勤務病院は予約制だが、予約の変更は、2日前までしか受け付けないことになっている。その理由は、前日のうちに、翌日受診分のカルテを用意しておくのだが、前日だと既にカルテがあがってしまっており、またおろしたりしないといけないからだそうだ。とは言え、前日に予約の変更を希望をされる方はたくさんいる。その際、うちの事務の女の子(とはいえ20台後半だが・・)は、「予約の変更は、2日前までになっております。仕方がないですね、次回は予約なしになりますので、長時間待つかも知れませんが、午前中にまた来てください」と言って、あっさり電話をきっている。患者さんにしてみれば、「なんでやねん。予約を取り直してくれや!」と思う人が普通だろう。これら諸々のことに関して、私は個人的に、いろいろ勤務病院と戦ってきたが、来年度継承を控えた今の時期、ここだけの話、もう熱意は失せた・・。実家の医院では、このようなリミッター付きの接遇は厳に戒めていきたい。

自分の都合を他人に押し付ける接遇は、最早、時代遅れになっている。今回の旅行で、一泊ずつ宿泊するホテルを分けたお蔭で、見事なコントラストを持って体感できた。

さて、那覇だが、着いた日に「あしびーな」というアウトレットモールに行った。私の好きなブランドである「HUGO BOSS」の店も入っており、かなり格安の値段でシャツを購入した!約三万円で3着購入。大満足でごわす。

私は、このアウトレットモールを「HUGO BOSS」が入っているという一点で非常に気に入り、次回も訪れたいと思っているが、閑散とした店内をみわたすと、近いうちに潰れる予感がする・・。ちょっと、市街から離れてしまっているのが難点だ。

翌日は最終日。DFSのギャラリアに行ってきた。いやはや、想像以上のduty free shoppなり。3万円でラルフローレンのジャケットを購入。PRADAでみた、当直や学会出張用の大きなカバンも欲しかったが、年に何回も出張するわけではないと思いとどまった。ギャラリアの横にあしびーなが移転すれば、相乗効果でお互いがもっと生きると思う。

そろそろ、まとめに入るが、沖縄は最高だ!!青い空に、青い海、沖縄そばもおいしい。DFSも装備された今、何も海外に行く必要は全くない。旅に行くと色々発見もある。忙しい忙しいと言って、ぼやいているばかりではなく、また何とか時間を作って行きたいと思う。

安倍総理誕生

今週は月曜日が祝日の為、オペなし。まあ気楽と言えば気楽だ。


今日、安倍新総理が誕生した。安倍総理の政治信条は、かなり私に近いものがある。若い総理の誕生を素直に喜び、期待したい。


やはり、まず一番にしてもらいたいのは公教育の改革だ。現在のゆとり教育は論外だが、今後は日本人の文化をしっかりと教え、誇り高き日本人をつくらねばならない。


私は、教師の資格更新制も悪くないが、学校の先生の価値をもっと高めるべきだと思う。教師の年収を2000万円とかにすれば、優秀な人材が集まるだろうし、別に大学教授が退官後に小学生を教えても良いと思う。


昨日の産経新聞のコラムに
「安倍・麻生・谷垣は、いずれもボンボンだし、苦労知らずで育ってるから、困難に直面すると逃げ出すだろう。そういえば小泉もボンボン育ちだ」みたいな事が書いてあったが、日本人独特のこの切り口は納得が行かない。


ボンボン道はつらいんですよ。実は。


まず、周りから予め、目標が高く設定されているので、逃げるわけには行かない。逃げ出す事も可能だが、それは親に対しての敗北である。そこを精神力で克服せねばならないのだ。


親の敷いたレールを走るのは、他人が見れば楽そうだが、実際は自己との葛藤の連続だ。安倍さんも麻生さんも、ボンボンゆえの巨大な苦労があったと思うし、現在も闘いを続けておられる。


ボンボン(二世)ゆえに、その職業に対し、真摯に真っ直ぐ勤めあげられるという側面もあると思う。


医者の世界で言えば、「医者=金儲け」という発想の輩は少数ながらも存在するが、彼らは概して、医者の家庭に育っていない。


家が魚屋だと、魚屋の商売をずーっと見て育ってきているから、魚屋の辛さも知ってるし、「俺の代になればこうしよう!」という哲学も醸成されやすい。


なんで、日本の人はこのようなひがんだたモノの見方をするんだろう。


他にもよくあるヒガミは、
●高学歴=勉強ばっかりしてるから世間知らず
●野球エリートのプロ野球人=野球ばっかりしてるから世間知らず

とかいうのがある。なんか、学校に行かず、街で遊びまくっている輩が世間を知ってるとでも言いたげだ。


皆が遊んでいる時に、一生懸命努力して高学歴を獲得したり、プロの選手になった人の方が、平々凡々と遊んでたくせに現状を嘆いている輩より、困難に直面した時に頼りになるに決まっている。まあ何事にも例外はありますが。

安楽死事件について ケータイ投稿記事

射水市民病院での安楽死事件が話題になっている。

マスコミの報道は概ね外科部長を非難する方向だ。そして、例の如く、今後に関しては、「難しい問題だ。より一層の議論が必要だ…」とか言って、お茶を濁している。

本当にマスコミ業界というのは無責任な業界だ。(-_-#)

第一の論点は、患者自身の同意、もしくは家族の同意があったかと言う所だろうが、今回に関しては、家族の同意はあったようだ。

それを調べるのは、それこそマスコミの独壇場で、家族に取材すればすぐにわかる事だろう。

万一、一人でも、家族の同意なく人工呼吸器を外されたケースがあれば、それこそ鬼の首を取ったかの如く、報道されまくるであろう。それがないのが、一番の証拠だ。(マスコミにはでっち上げという荒技もあるので、今後、朝日あたりがやるかも知れないが。)

マスコミ報道の根底にあるのは、
●人間の命は地球より重い→即死以外は医師による殺人
という論法だ。

しかし、命って、そんなに重いものだろうか?

人間は必ず死ぬ。永遠に生き続けたいというのは、幼稚な煩悩に過ぎない。

そして、皆、理想の死を思い描いているだろうが、死に方は基本的には選べない。天のみぞ知るだ。

人工呼吸器をつけて、生き長らえているだけ。家族は意思表示も出来ない病人を心臓が止まるまで介護し続けねばならない。

介護は過酷だ。介護を経験したことがない人が思っているよりも過酷だ。

こういう状況で赤の他人が、「まだ心臓が動いているのに、人工呼吸器を外すのは殺人だ!!」と叫ぶのは偽善に過ぎない。

人工呼吸器をつけねば生きていけない状況に普通の人が陥った場合、その人に意識があったとしたら、「心臓が止まるまで生き続けたい!」と思うだろうか?

少なくとも、私は思わない。社会に貢献出来なくなった時点で死んでもよいと考えているし、そのような状態で生き長らえても、むしろ家族に迷惑をかけるのではないかと気になって、「早よ人工呼吸器を外してくれ」と懇願するだろう。

マスコミは偽善者ばかりだ。

生に執着し、死を厭う。他人の為、公の為に死ぬ事を危険思想と決めつける。

一番、理想的な死に方というのは、自らを犠牲にして、他人・公の為に死ぬ事ではないだろうか?

そう思うからこそ、タイタニックやアルマゲドン、神風特攻隊に涙するのではないのか?

ひょっとして、マスコミ関係者は「自分の為ではなく、他人の為に死ぬのはかわいそ〜」と思って泣いているのか!?

私は眼科医だから、直接死に関わる事はほとんどない。で、あるからこそ、生きている間のquality of lifeに神経を使っている。

つまり、よく逆算をしている。

緑内障で75歳の方がいたとしたら、「あと10年視野を保つにはどうすべきか?」という発想をする。

そして、患者さんに10年計画について話をすると、ほぼ全員の人が、笑いながら、「いやいや、そんなに生きるつもりはありませんよ。あと2、3年も生きれたら充分です。」と言われる。

現在、老人世代の方々は、日本の古き良き死生観→「生に執着せず」を濃厚に持っておられる。

現在、マスコミの主流となってる世代は戦後、偽善教育による【偽善人権主義】に毒され過ぎだ。

人間は必ず死ぬ。死ぬのは医師のせいではなく、自然の摂理だ。

そもそも、生きるという事は、他の生命を奪うという事だ。牛の肉を喰らい、植物を食べ、米や麦から作った酒を飲んでいる。

生きるという事は殺すと同義なのだ。

だからこそ、「いただきます・ごちそうさま」と言って、他の生命に対して、感謝の意を表明し続けねばならないのだ。

死は誰でも訪れる。医療器機により、生き長らえている状態は、生きている意味はない。

医師は生命を救うのも仕事だが、生命に終止符を打つのも仕事だ。

プロが考えぬいて、出した結論に、医療や介護の現場も知らぬ、偽善マスコミ共が、「生命の尊重」という錦の御旗を掲げて、医師を攻撃するのは、傲慢だと言わざるを得ない。

日曜日の午後、靖国神社に参拝に行った。恥ずかしながら、生まれて初めての参拝である。私は日本を愛している。現在の靖国問題に関してだが、首相の靖国参拝に反対する方々は、やはりおかしいと思う。

現在日本があり、我々が豊かな暮らしを享受しているのも、まずは父母のお陰、祖父母のお陰、そして先人達のお陰である。

日本の為に命を捧げ、亡くなられた英霊に感謝と哀悼の意を捧げるのが何故悪いのか?「総理という立場をわきまえろ!」とかいう理論が大手を振ってまかりとおっているが、総理だからこそ参拝せねばならないのではなかろうか?麻生大臣が天皇陛下の参拝希望を発言し、「韓国や中国が怒っている」と古館がのたまっていたが、笑止としか言いようがない。そんなに向こうの顔色が怖いなら韓国や中国の国民になれば如何?現在の日本で生まれ育ち、繁栄を享受しながら、先人への感謝の気持ちがない輩には反吐がでる。

古館が「皆が天皇陛下万歳ではなく、お父さんお母さんと言って死んでいった方々もいるのではないでしょうか?」と言っていた。それはそうだろうが、だからなんだと言うのだ。日本という国があり、父母が存在し、郷土がある。日本という国があるからこそ、それらが存在するのだ。古館は言外に「天皇のせいで自分の意に反して殺された」とでも言いたいのであろうが、だったら自分がその時代に生きていたらどうしたかったのだろう?「私は自分自身の快楽を追求したいので、他人の為に犠牲になりたくありません。」という人間のほうが尊敬に値するのか?

日本は欧米の侵略に対して歯を食いしばって闘い抜き、根性を見せた。韓国や中国は、その努力をせずに心ならずも虐げられる立場となった。日本もあの時代、欧米に屈して虐げられれば良かったとでも言うのだろうか?そして、日本が欧米に対抗しようとして行った行為に対して、永遠に謝り続けろというのか?

私の母方の祖父は悪名高い石井部隊に所属していた。凍傷のメカニズム解明の為の研究をしていた。森村誠一の著書などでは、極悪非道の人間であるかのように描かれている。

勿論、私の祖父はそのような極悪非道な人間ではない。戦後は生理学者として、国民の栄養状態についての提言をGHQに乗り込み、改善を訴えた。

喧嘩の言い分は双方から聞けば、お互いに言い分がある。勝った側の論理を負けた側に押し付け、洗脳教育するのは、確かに勝ったものの特権だろう。しかし、それに盲従するのか、真に客観的に歴史を検証しようとするのかは個人個人に委ねられている。

しかし、負けた側の論理を知ろうともせずに、良い子ブリをして自虐史観に甘んじている輩は、実際に戦争になったとき、愛する家族や故郷を省みず真っ先に逃亡する輩に違いない。

あっ、ちなみに1月30日は眼瞼下垂1件、白内障9件の計10件のオペ。問題なくいきました。白内障は7分台まで短縮できました。

「使える弁証法」

「使える弁証法」田坂広志 東洋経済新聞社

を読んだ。

弁証法はドイツの哲学者ヘーゲルの思想であり、私自身は高校時代の倫理の授業
で習った記憶がある。この本では、ヘーゲルの哲学を分かりやすく、実践的に使
えるよう書いてくれている。

●「物事は螺旋的に発展する」=「進歩・発展」と「復活・復古」が同時におこ
る。

螺旋階段は上から見ていると、ぐるっと回って、元の所に戻ってくるように見え
るが、横から見ると、必ず一段登っている。もう少し書くと、「未来進化」が起
こるとき、必ず「原点回帰」も起こり「懐かしいもの」が進化をして復活してく
るということ。この思想がこの本の支柱である。

つまり、何が復活してくるかを見極めると時代をリード出来るという事ですな。
また、
●現在の動きは必ず「反転」する

社会は常に振り子のように動いており、ある方向に変化していくと、その極点に
おいて反対に向かい始めるとのこと。この思想はヘーゲルの専売特許ではなく、
我らが東洋思想(道教)にも
「陽、極まれば、陰。陰、極まれば、陽。」
と古くから存在している思想。

●物事は、矛盾の止揚により発展する。

全ての物事には、その内部に「矛盾」が含まれているが、その「矛盾」こそが物
事の発展の「原動力」となっていく。この「矛盾」を機械的に解消するのではな
く、弁証法的に「止揚」したとき、物事は発展を遂げる。

そういえば、止揚(アウフヘーベン)って、哲学の授業で習ったなぁ。

これらの法則を、現在のインターネットやメールの進化などの話になぞらえつつ
説明してくれてます。

眼科の世界で消えていって、発展した形で再登場したものは沢山ある。LASI
Kなどもかつての屈折矯正手術の進化型だし、姿を消していた前房レンズの進化
型がphakic IOLだ。

巨視的に見ると、今の若者は近視矯正にコンタクトは当たり前。LASIKも徐
々に認知されている。そしたら振り子の原理で、また一億総メガネ時代が来るの
か…。(-_-)

矛盾もたくさんある。勤務医という観点から見れば、仕事をやってもやらなくて
も基本的に給料は変わらない。中には、ややこしいのはすぐ手放してしまい、手
術もロクにせず、のんびりライフを楽しんでおられる先生もいる。また、コンタ
クトレンズ診療など矛盾の塊だ。これが眼科医療費の多くを占めているのはおか
しい。それを削って、もっと手術や他の診療行為に回すべきだ。

しかし、どうやってこの矛盾をアウフヘーベンするんだ?

ふーむ。弁証法は使えそうだが、使い手によるようですな…。(-_-)

また、昨日実家で最後のopeをした。翼状片一例。普段はマイトマイシンを使って
やっているのだが、マイトマイシンの保険請求のことがわからなかったので、有茎
結膜弁移植で行った。たくさん縫合せねばならないので、マイトマイシン併用切除
の方が、楽だ・・。

明日、勤務する病院で、5例手術。これで、今年の手術は終了だ!!気合をいれて
頑張ります。

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