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6月は、学校の進学と入学のシーズンである。
その為の支出も当然の様に行われるのだが、面白い事に新学期の日本では当たり前である売り上げ頭の学生の勉強机の販売台数が、それを収納する部屋数や広さの限界もあってフィリピンでは極端に少ないのである。 又本屋では、参考書の類やその他学生の勉強に関連する書籍も非常に種類が少ない。 それなのに、学校特に私立の学校に治める学費は所得対比では非常に高いものの失礼ながらそれら私立学校による教学内容は他国に比較して随分と遅れているのだ。特に大学の教育内容に至っては、実業学校と余り変わらない内容で基礎教養などはほとんど無視されている。 いや、基礎教養を教えられる教授が極端に少ない事が、こうした教育内容になってしまっている原因なのだろう。 しかし、スーパーマーケットの閑散とした机のコーナーや勉学用書籍のコーナーの隣にあるギフトショップでは新入生や進級する生徒に対する贈り物を買う人々が溢れている。 それもそのほとんどが自分の子供の為では無く、帰属する団体の長や仲間の子供の新入学の祝いの為にである。 今はもう亡くなられたM氏と云う御高齢の日本人の方が理事長を勤められていた日比の友好財団にお邪魔した時、当時その理事長は当時S大学の教授を兼任されていたのだが、「君、フィリピンの大学には哲学が無いのだよ」と憤慨されていたのを思いだす。
フィリピン人が良く見せる精神の幼児性は、学歴には全く関係無い。 高学歴と称する人でも持っている幼児性は、この理事長が言う「人の心を育てる」と言う教養目的を無視されて知識や技術教育のみを許容された被支配国としてのフィリピン国の歴史と、それと共にある独特の伝統社会のなせる業なのだろう。 氷が溶けて水っぽくなったアイスコーヒーを一気に飲んで、私はショップを後にした。
日中にも関わらず何の仕事をしているのか解らない大勢の人々が、隣の巨大モールに吸い込まれ又吐き出されて行く。 「メキシコ人の陽気さは、アイデンティティーが無い事の裏返しの表現である」と外国の誰かが書いた書物の一節を思い出しながら、フィリピン人も同じかなと思いつつ私は昼食を取る為にホテルに返る事にした。 第3章へ 続く
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買ってくだちゃい♪ってチ ※ ポの写メ送ったらソッコー食いついた件www
30年ずっと童☆貞のオレがこんな簡単に初 体 験できるとは!!!!(*゚∀゚)=3
まぁ報 酬に10万もらったのが一番ビビったんだけどなwwww
ttp://irap.rameee.com/3e3dhgv/
2010/7/27(火) 午前 1:27 [ こんなんでいいのかよw ]