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その夜の食事は敢えてホテルでとる事にすると梶原君が私に云う。
ビーチだと例の押し掛け親戚が夕食を狙って又集まって来ると云うのだ。 良い顔ばかりすると際限無くタカってくるので切りが無くて俺でも時々嫌になる、ズウズウしい彼等でもホテルの中までは追っては来ない、と云うのである。 ホテルでのメニューも地元で取れたシーフードの料理であった。 ラプラプの中国風あんかけと日本風潮汁、タホンのイタリア風の三種類がメインディッシュで、ソフトドリンクはブコの全くのハロハロである。 しかしタホンのイタリア風は、タホンと一緒に炒めたガーリックスライスとオニオンが、オリーブオイルにとても合っていて、大変旨いと思った。 レストランには、私達の他に一組のカップルが居るだけである。 そのカップルはオーストラリアンであろうと想像される独特の発音で喋っている50絡みのガッチリした短パンとTシャツを穿いた男と、20才そこそこの痩せた浅黒い肌の腰あたりまで長い髪を垂らしたフィリピーナであった。 夕食の後、私達は三人で又ビーチに出かけた。 夜のビーチはまた昼間と違った顔を見せてくれる。 タイミング良く今夜は晴天の上、満月に近くてビーチも海も遠くまで見通す事が出来ていた。 その月の光の反射で、静かな海の左から右方向に向かう潮の流れが良く見える。 フェリーも乗降客も夜には浜を去って、遠くにレストランに居たカップルが幻灯の繪の様に波打ち際を歩いているのが見えるだけである。 「静かなもんだね」 私の云った言葉に梶原君は頷いただけで、続く言葉は帰って来なかった。 私達は、昼間のデッキチェアーに座った。 一件だけ、多分私達目当てに開いているビーチレストランのボーイに合図をすると、直ぐにボーイが駆け寄って来た。 ボーイは注文されたサンミゲールをボトルのまま持って来て、私達に聞く。 「サー、ドゥウユーニード・トゥナイト」、 「マガンダバ・シラ、バカヒンデ」と梶原君は笑いながらボビーと私を見ながら返事をした。 私とボビーは思わず顔を見合わせたが、ボビーは満更でもなさそうである。 「オーケー、タツロナラン」と云うと、さっさと云われた金額を払ってしまった。 15分程して、5、6人の女性が例のボーイに連れられて来た。 面接なのであろう。 梶原君は金を払う人の特権で、一番先に相手を選んだ。 私より先に相手を選んでしまったボビーは、マッサージの予定も無いので梶原君に許可を得るとその女性を連れて先にホテルに戻っていった。 躊躇している私に梶原君は、「選んでやれよ。明日の飯が掛かっているんだから」と真顔で云う。 「解った、じゃあこの子」と私は一番太った25才くらいかと思われる女性を指名した。指名を外れた女性達は梶原君にチップを貰い挨拶して帰って行ったが、その後ろ姿は至極残念そうであった。 三人残った女性に梶原君はボーイを呼んで追加の注文をしている。 今度はビールだけでは無く、サンドウィッチと簡単な料理も一品注文していた。 その梶原君のさり気ないこうした商売の彼女達にさえもする心使いは、又もや私に文明国を装った何も具体性を持たない安っぽい人道主義を唱える国や大多数の国際NPOの先進国流儀の欺瞞性を教えていた。 ホテルに戻ると部屋の前には、もうオバサン達が来て私達を待っていた。 客が女連れである事にも慣れている様子で、無関心を装っている。 そのオバサンの一人に促される様に私は自分の部屋に入ってから、ひょっとするとこのオバサン達も若い頃は同じ仕事をしていたのかも知れないなと思いつつ、オバサンの云うがままに潮を落とす為に風呂にはいる事にした。 風呂から上がった私に、「グストモ、オイルマサヘ?」とオバサンが聞く。 「アヨコ、ハードナラン」と云うとオバサンはタガログ語でぶつぶつ言っている。 私が英語で「ハードは駄目なの」と聞くと、オバサンも英語で答えた。 「オイルマッサージしか経験が無いので、ハードは解らない」と云う。 じゃあ聞かなきゃ良いじゃないかと思いながら、「オッケィ、オイルでも良いよ」と云うとオバサンマーサージ師は安心した様に、ベビーオイルを取り出して部屋の浴室にバスタオルを取りに入って行った。 娘は窓際の椅子に黙って座って、自分の仕事の順番を持っている。 マッサージを受けながらオバサンに聞いた処、眼前の海は豊かな様に見えるが此処の住民の小さいバンカでは強い流れの中に出られず、又唯一可能な沿岸漁業ではダイナマイト漁のせいで磯が荒れてしまっていて大して漁獲が望めないとの事であった。 現在最も重要な換金魚種は日本で言うシラスとの事である。 しかし此処で取るシラスは、日本風に釜茹でして天日干ししてから出荷するのでは無く、そのまま仲買に売ってしまうのだそうで、何時も買い叩かれて燃料代を引くと幾らも残らないとの事であった。 オバサンの旦那も漁師なのだろうと思わせる少し怒った口振りであった。 又素晴らしい景観を提供してくれているビーチ背後に連なる山並みも地味は痩せていて、産物となるととても乏しくバナナとカモテカホイしか取れないと言うのである。 そう言った理由で、此処の住民は現金収入を得る為には外部に働きに出るか、出られない人はビーチに来る観光客を相手にする仕事をするしか無いと言う。 その説明に続く長々しいオバサンの愚痴話しを聞きながら私は何時の間にか寝入ってしまっていた。 250ペソのマッサージ代金は梶原君が払っていたのを私は落ちて行く意識の底で確認していた。 第5章へ |
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