司馬井 太郎

フィリピンと日本に関係する小説を書いております。現在、長編になりますが、フィリピン百感執筆中です。

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竿を袋から出したり仕掛けの支度をしたりしながら取り留めも無い話をしている内に、バンカは目的地に着いた様である。
陸地を眺めて見立てをしていた船長が、船首から錨を降ろし出している。
私達三人は釣りを開始する準備を始めた。
私は、借りた竿を繋ぎながら、チリャード船長に聞いた。
「キャプテン、この辺りの水深はどれくらいかな」
「サー、大体80フィートから100フィートです」
「獲物は何が掛かるの」
「ラプラプ、それにスナッパーが多いです」と言う。
 それを聞いていた梶原君が「フィリピンではハタ類はみんなラプラプなんだよ。スナッパーはタイの仲間だ。日本で言うフエフキ鯛が多いが、オジサンや時にはウツボ。いうなれば五目釣りだな。下は砂混じりの珊瑚礁だよ、根掛かりしない様に注意して」と教えて呉れた。
準備した道具立ては、胴付きの腰の強い竿に電動リール、道糸は10号にハリスは8号、20号の眠り針を使用して錘は50号と言う強力なものである。
チリャードが用意してくれた餌は中型エビと烏賊の切り身で、私はエビを選んで針に尻掛けした。
梶原君は、烏賊の切り身である。
彼によると、烏賊の方が大物が掛かるのだそうだが、私はそうは思わなかった。
ボビーは、梶原君を真似て烏賊を針に刺している。
「さあ、勝負、勝負」と、どこかで聞いた事のある台詞で、梶原君は第一投を投げ入れた。続いて、私もボビーも仕掛けを投入する。
強い潮の流れで、糸がどんどん出て行く。
相当に船尾方向に角度が付いて出て行った仕掛けがふいに軽くなった。リールの表示には65メートルと出ているので、45度くらいの角度で糸を張る事になる。
糸フケを取っている間も無く私の竿に当たりが出た。
竿先が絞め込まれて行く。
ドラッグを緩めて竿を立てるが、魚は横へ走らず下へ下へと潜って行く様だ。
「ラプラプだ。大きいぞ」と梶原君がバンカの反対側で叫んでいる。
手でリールを巻こうとするが、なかなか言う事を聞いてくれないので電動に切り替えた。ジーと言う音がして、リールが次第に魚を引き上げて行く。
リチャードがタモを用意して水面を覗きながら待機して呉れている。
5,6分すると濃赤色の魚影が青く澄んだ海の色を掻き分けながら、こちらに近づいて来た。
やはりラプラプである。
「マラキパ」と言いながら、チリャードがタモを入れて魚を素早く掬い上げて呉れた。
魚は体長60センチ近くもあるハタであった。
大きく開けた口は、大人の拳固が楽に入るサイズである。
「先にやられたな。こいつは刺身でも煮付けても何にしても旨いんだ」と梶原君が魚を覗き込みながら悔しそうに言った直後、ボビーの悲鳴が聞こえて来た。
何事と思って二人が振り返ると、ボビーの竿が水面に引きずり込まれようとしている。
チリャードが慌ててそちらに駆けて行く。
ボビーのリールが苦しげに逆転してジッジッと音を立てながら糸を吐き出している。竿はほとんど伸されてしまっている。
「おっ、大物だぞ」と梶原君もボビーの側に急いだ。
チリャードが「ドラッグを早く緩めて」と指示しているが、ボビーにはそんな余裕が無い様で、必死になって竿を立てようとしている。
魚は、私のラプラプの時と違って、縦横に走り廻っている。
「今度は、何かな」と梶原君は言いながら、隙を見て逆転しているボビーのリールのドラッグを緩めてやった。
するとリールはジジー、ジジーと弾みを付けながら糸を吐き出して行く様になり竿も立てる事が出来る様になった。
ボビーの額には、油汗が浮かび出している。
10分程もやり取りした後、魚の力が弱って来たのかリールの力が勝って次第に糸を巻き取り出した。
「頑張れ、ボビー」と梶原君が声援を送ると、「イエッサー」とボビーが絞り出す様な声で答える。
糸は50メートルほども巻き上げられたろうか、後残り30メートルだ。
フックしてから、15分も経過していたろうか、この間私も梶原君も自分の釣りを止めて見物に廻っていた。
その時突然、ボビーが大きな音と共に後ろにひっくり返った。
ボビーは倒れた勢いで椅子にしていた木箱を跳ね飛ばしていた。
「どうした」と私が言うと、ボビーの代わりにチリャードが残念そうに答えた。
「パタイ」。
ハリスが切れたのである。
ボビーは竿を持ったまま仰向けになって空を見ている。
全力を振り絞って格闘していた獲物に逃げられた事で、ボビーは茫然自失状態になっていた。
ノロノロと起きあがって汗を拭き、暫く俯いて座り込んでいたかと思ったら、仕掛けを作り直す事も無くクーラーから冷えたビールを取り出して黙って飲み出した。
その虚脱した様子がおかしいやら、気の毒やらで、ボビーには悪いと思ったが梶原君と私は腹を抱えて笑ってしまった。
梶原君と私は再度挑戦である。
梶原君は、自分だけがフック出来ないので少々焦っている様だ。
私は今度は烏賊の餌にした。
烏賊の短冊型の切り身である。今度は、なかなか餌を食ってくれない。
二度三度と仕掛けの投入位置を変えて見るが、食い付いて来ない。
私は、喉の乾きを覚えて竿をそのままにしてボビーが蹴飛ばしたクーラーからビールを取り出そうとした時、私の油断を見透かした様にガタンと言う音がして竿が海に引きずり込まれる処が見えた。
慌てて、竿に手を伸ばし辛うじて竿尻を掴むと前回と違った強烈な締め込みが来た。
竿先が海に向けて引き込まれて行く。
左手で竿を支えながら右手でドラッグを緩めるとボビーの時と同じ様に、弾みを付けて糸が引きずり出されて行く。
凄い力だ。
下腹に竿尻を当てて堪えるが魚は右へ右へと回り込み出して、梶原君の場所まで私を引きずって行く。
梶原君は急いで自分の仕掛けを巻き取ると、自分の位置を譲って呉れた。
船首の処に来て、やっと魚は横に泳ぐのを止め沖に向かって遁走を試みる様になった。
後は、私と魚の力比べである。
張りつめた糸が、キーンと言う悲鳴を上げ出している。
竿を持つ左手が痺れて来る。
魚と引っ張りっこしている私の中古の背中も痛んで来た。
汗が目に入る。草臥れた心臓が踊る。
しかし7〜8分もすると私と同様に次第に魚も弱ってきたのか、吐き出された糸を次第に巻き取る事が出来る様になり始めた。
10メートル巻いては5メートル引き出される事の繰り返しであったが、道糸は遂に後20メートルになっていた。
リチャードが側でタモを持って待機して呉れている。
ボビーと共に水面を覗き込んでいた梶原君が、大きな声で「平鰺だ」と言った。
平鰺は日本でも沖縄など南の地域で取れる鰺科の魚で、大きな物では1メートルを越える物もいる釣り師の憧れである。
「外すなよ、近くに来ると暴れるから慎重に」と梶原君がアドバイスをする。
平鰺は、魚体を見せてからも一頻り抵抗を試みたが、遂に船縁に引き寄せられてリチャードのタモに収まって呉れた。
船上に引き上げられてもバタバタしている平鰺は、体調1メートル近い大物である。
私はそれを見ても、腕の力が抜けてしまっていて持ち上げて見る気にならなかった。
リチャードと息子が計寸して見た処、97センチあるとの事である。
重量は17,8キロくらいだろうか。良くテグスが切れなかったものだ。
暫く休んで腕の力が回復して来るのを待ちながら、私は再び冷えたサンミゲールを開けて立て続けに2本飲むと、飲んだ側から水分が汗になって額を流れ落ちてくる。
梶原君とボービーの二人はと顔を上げて見ると、私の平鰺に刺激されたのか、それぞれの場所に戻って仕掛けを投入し黙って釣りに専念し出している。

続く・・・

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