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今年も終戦記念日の8月15日が来ました。終戦記念日なのか敗戦記念日なのかと言う昔あった議論も、今では「終戦」に統一です。8月の6日と9日に引き続いて全国では様々な行事が行われ、又テレビなどでは暫く組まれなかった終戦特集が、ドラマ仕立てで様々放送されています。
又少し前から、如何にも不勉強で得手勝手な現代版戦争娯楽映画が幾つか造られましたが、これらはドラマと同様につまらないだけで無く、人類が起こす最大の愚行である戦争の本質を歪め且つ覆い隠していると私には思えるのです。
戦争に急速に傾斜して行った戦前の我が国と我が国を取り巻いていた国際情勢、取り分けアメリカの戦争政策の背後にある交戦国への債権と戦争参加で取得する多くの利権への思惑、そして遅れて来た帝国主義国である我が国の未熟で無展望且つ泥縄式の戦争計画と国内の物心双方の強烈な統制の経緯。
又戦争末期に於ける人類史上発の原爆投下と、原爆投下の背後にあったアメリカ政府内の戦後国際社会への強烈な力のアピールと言う思惑やアメリカ社会に潜在していた人種差別意識など。
その一方で起きた、敗戦を境とした日和見のマスコミによる日本国民の「一億玉砕」から「一億総懺悔」への急激な転換へのリードとその後のアメリカ帰属への傾斜と復興への苦難の道のり。これらを全体として俯瞰した戦争への理解がなければ、私達は過去の戦争から何物も学んだ事にはならないと私は思うのです。
我が国は第二次世界大戦後には、戦争による恩恵に服して来ました。朝鮮戦争やベトナム戦争は、経済の復興や成長の原動力となったのは紛れも無い事実です。いわば、他国と他国民の犠牲の上に経済の成長と生活の一部は築かれて来ました。
領土を狭められた狭小な4つの島を中心とした日本国が、戦後半世紀を経て世界第二の経済規模にまで成長した陰では、戦後の世界支配構図を巡る大国同志のせめぎ合いがあった訳ですが、長らくドル支配圏に組み込まれ、外交と軍事を剥ぎ取られてそれに安住していた半独立国が、最近になってその急激な構図の変化に見まわれた時、国家として如何にあるべきかと言う重要な課題に直面しました。否、国家意識が育まれなかった国民の間に、国家と言う存在や成り立ち方の如何が問われる事態になって、誰も国家とは何かそしてあるべき我が国の国家像を示す事が出来ないと言う事態に愕然としたのです。
エコノミックアニマルと言う我が国を呼称した死語があります。
これは半独立国が経済部門のみに於いて自由であった事によって、その部門に於いて努力を傾注した成果への評価でありました。行き過ぎた経済至上主義は最大の反作用として日本人の意識の中に拝金主義と権威主義と諦観を醸成しました。「一億総拝金」と言うべきなのでしょうか。現今、政治は如何にも内向きの課題しか取り組めません。しかも、既成の利権構造の温存と言う視点でしか政治を行わないのです。一方戦後の復興に活躍した官僚達も、その後国家的視点を喪失し、肥大化した上に機構そのものを自己実現の道具としか考えない者達の安住の地になり下がってしまいました。
東北の大震災に関連して起きた福島原発問題も、この体たらくを生ぜしめた歴史上の真の原因に迫る事なく、対処療法への明け暮れです。その上、電力不足や料金高騰を言い訳にして流出が止めない大資本は、本年よりも来年と言う様に加速し増加しています。国家破綻を避けるならば大至急に、これからの我が国が目指す姿を示し、且つその政策に沿って機能すべく行政を改革し、新規の産業を興し、雇用を拡大して行く事は必須条件であると思うのです。しかし現実は、こうした私の期待とは可成りの懸隔がある。それのみか、あらゆる状況の切迫はこれらの努力目標をあざ笑うかの様な速度です。
果たして、歴史からも学ばず国家破産の危険性をも意識出来ない私達の近未来は如何になりますやら。
失望の余りに、跳ね上がったナショナリズムが台頭するのか、それとも跳ね上がる気力も伏せた国民の引きずられるままにする他国との戦争なのかはたまた荷担なのか。
何れにしても、国民たり得ない国民に於いては、国民たる資格は放棄されたものと誰かが考えても仕方無い状況ではあります。
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貴方の国に対する鬱憤も、一向に気づかず立ち上がらない国民に対する苛立ちの気持もよく理解出来ます。私も同様ですから。そして貴方が諦観する気持もよく理解できます。でも貴方には、根気よくメッセージを出し続けて頂いて、国民を鼓舞して、立ち上がらせて頂きたいと思っています。そして一人でも多くの憂国の士を育てて頂きたいと思っています。今の日本には貴方のような真の憂国の士が必要です。どうか諦めないで下さい。近い将来には、必ずや、貴方の志が大きなうねりとなって実現すると思っていますので。
2011/8/15(月) 午後 6:26 [ - ]
陛下に、『規律』・『礼』・『解散』と云ってもらうのが得策かと。冗談でも茶化しでもも無く。『解散』の代わりに『玉砕』ったって、意味すらわからんシトたちばかりですので。。。そんな馬鹿げた事をするなって意味も含めて。もう誰にも『日本国家像』なんて打ち出せる者すらいないところまで来てしまってるんだから。もちろんアナタにも言えない。言えない事を『国家』等という虚構で語ることはできないはず。
2011/8/15(月) 午後 9:56 [ tzf*c*ory20** ]
未来を憂うのなら、アナーキズムの先にあるもの。共産臭が漂うように思われがちですが、自由主義としてのアナーキズムが本筋だと考える者。生き方すら右へならへで来た人々が、その本来の意味を取り戻すには、実際に世界に放り出されてメシを食うところから再出発しないと想い出すことすらできない。「日本人的なるもの」は、出涸らしの老人が主張する固定観念では無く、とうの昔に時代に合わせて変遷していて当然の概念。今まで、虚構のまま放っておいたんだから、他に方法は無いと思われ。それとも、もっかいバンザイ三唱でもしまっか?
2011/8/15(月) 午後 10:06 [ tzf*c*ory20** ]
皆さん色々御意見御忠告有り難う御座います。
ある中央政治を志している人が最近私に言いました。「政治家を志したる者、最後の最後まで諦めない」。彼は、大変な勉強家ですが、知識の多寡よりも、こうした意識の高さが日本の政治家には求められていると思います。そして、仰せの通り、確かに私達国民にも。しかし、現実を見た時に愕然とするのも事実です。
2011/8/16(火) 午前 9:26 [ 司馬井 太郎 ]