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あの悪夢のような地震から2ヶ月がたちました。
今でも、悪い夢を見ているような気がします。
私たち家族が沿岸部に住んでいる事を知っている方に
心配をかけていた事、この場を借りてまずは妻である私がお詫びいたします。
私たち夫婦は、生きています。
自宅は、床上に浸水被害を受けました。
浸水、という言葉は正しくないんだな、という事は今回初めてわかりました。
畳やフローリングの床、お気に入りの玄関マット、全部が塩にまみれた泥で使い物にならなくなりました。
洗濯機や、外に置いてあった給湯器、配管、タイヤ全て波に持って行かれました。
でも、幸い仕事が残っているので、物流が落ち着いたら、少しずつ買いそろえていけばいいと思っています。
2世帯だった我が家は、被害を免れた2階部分に台所があり、水は来ていないけれど、今は2階で生活しています。
自宅を失った方々が、まだまだ不自由な避難所暮らしを余儀なくされていることを思うと、自分の家が残っている事は、いいことなんだと思います。
私、夫、長女、長男、義父、義母。
6人家族だった我が家は、あの地震の日を境に、3人家族になりました。
3月11日の朝、行ってきますと、長女と長男を義母に預けたのが、3人を見た最後の姿になりました。
気持ちが落ち着いて、詳しい事が書けそうになったら、書きたいと思います。
これまでの事、これからの事。
私たちがこれまで何を思い、何を感じ、あの日からどんな状況で生きていたのか。
ニュースでは、復興の兆しを見せる映像や記事が多くなってきました。
私たち夫婦も、少しずつ気持ちも、家も復興しています。
もう、これ以上津波に負けたくないです。
自分たちの人生を、また取り戻して見せます。
だから、またブログもやりたいと思います。
とりあえず、今日はここまで。
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ご心中お察し申し上げます・・・。幸いにも私の実家はあともうすこしのところで津波から免れ、出勤前で両親も自宅におり、デイサービスに出かけていた祖父も無事だったようです。しかし、うちの母や祖父、親戚の方々にしても、後もう少し遅かったら、タイミングが悪かったらどうなっていたかわかりません・・・。
友人の家、家族、職場、同級生など多くの方々が被災され、犠牲になっています・・・。今なお行方不明の方も・・・。
全ての行方不明の方々が御家族の元に戻る事ができることを心よりお祈り申し上げます。
また一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
2011/5/19(木) 午前 4:43 [ くろんぼ ]