大村雑記録

フリーの日本中世史研究者・大学非常勤講師としての個人の雑感。出入りする諸機関の見解とは全く無関係です。

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筑前旅行記

団体旅行は17日15:30すぎに日田駅で解散。総計九人は五つの方向にばらけることになり、当方は高速バスで博多天神に向かう。時刻表をみると初発が5:15から一時間に三本出ており完全に大分と言うより福岡文化圏。古代の郡衙らしき建物も国庁ほどの規模で造られているということで、その頃から豊後国府への求心性は薄かったらしい(発掘調査の進展にもかかわらず国庁が確定しないのもそのためか)。一時間半ほどで博多に到着し、一月近く前にかろうじてとれた少し高めのビジネスホテル(最初に探した時は高級ホテルとカプセルしか空きがなかった)にチェックイン。荷物を置いて櫛田社と周辺石造物の写真撮影・中州歓楽街などをめぐり迷ったあげくに屋台で夕食。味は悪くなかったのだが、客はプロの女性と素人男性のカップル二組と携帯ばかりいじっている常連客で雰囲気はいまいち。21:00前にはホテルに戻り寝るつもりだったのだが、民放時代劇「濃姫」を見てしまう。相変わらず城は近世城郭で時代考証・史実との整合性はどうしようもないのだが、ドラマとしてはなかなかの出来。18日は6:50に起床し地下鉄の一日乗車券(500円)を購入して、箱崎で周辺の石造物と筥崎宮を撮影、地下鉄を乗り継いで崇福寺・善導寺・承天寺・謝国明の墓などを写して9:30ごろに宿に戻る。食事の機会を失って最後は腹が空いたが、雨の日曜日朝は人通りが少なく都会の史跡巡りにはちょうどよかった。シャワーを浴びてからチェックアウトして地元の牛丼店で大盛り飯をかき込み、西鉄で太宰府に向かう。途中の二日市で乗り換えるのだが、阪急桂で嵐山方面に向かうのを思わせる人の多さ。とりあえず雨のなか荷物を担いで九州国立博物館へ。中には案内の女性が多数おり、荷物の預け方もホテルのようなクローゼット方式になっていて驚かされる。客は常展だけにしてはかなり多かったがそれでも採算はとれるのだろうか。展示のほうはものは豊富なのだが、導線が不確かでパネルも不親切、評判の高さを感じることは出来なかった。続いて太宰府天満宮に向かうが大量の参拝客が列になっている混み具合。博物館とセット券で展示施設の入場券がついていたので入ったが、展示はこれだけしかないのかという貧弱さ。そもそも国立と民間施設の入場券をセットにしてよいのだろうか。そうこうしているとようやく雨が止んできたので、梅ヶ枝餅一個をおなかに入れ駅に戻りレンタサイクルで(500円)、観世音寺・太宰府政庁・国分寺・水城などをめぐる。こちらは先ほどの喧噪とは異なりほとんど観光客はいなかったが、見応えは充分で中世の石造物も多数堪能することができた。ただ途中の案内標識を信じて向かった岩屋谷磨崖仏に足下の悪い急峻な山路を歩いてもたどり着けなかったのと、こちらの地図の見間違いと二日市駅の何も知らない自転車管理人のため般若寺跡を探すのに苦労したのがは失敗。腹を空かせて博多に戻ったのが17:30で指定席の時間まで余裕があったので、ビール・餃子・ラーメンにしたが店員がアジア系だったのに驚く。東京の安い店はもう当たり前になっているのだが、ここまで及んでいるようだ。ともあれ4泊5日の大旅行になった。写真左はにせ看板。金光寺跡から15分ほど山を登ったが全くたどり着けず。途中の山道には右金光寺跡0.3㎞・左岩屋谷磨崖仏0.5㎞イメージ 1という標識がありこれとは異なっている。右は住宅街にある般若寺石塔。事前に読んだ論文では奈良とあわせて境界的な評価がされていたが、ものは少し劣るか?(スペースの関係で形は不正確)イメージ 2

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