チーム森田の“天気で斬る!”

森田正光はじめ人気お天気キャスターによるチームブログ。

キャスターの本音・つぶやき

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森田正光



つい先日、倉嶋さんのお宅にお邪魔して、貴重なお話を
たくさん伺ってきました。 


先生は、昨年の秋に大病をなさって、一時は「死」をも意識された
そうです。そのせいか、前回お会いした時に比べて少しお痩せになられた
ようでしたが、現在は再び矍鑠(かくしゃく)として、
原稿書きや講演などの仕事を、無理のない範囲でお引受けしているそうです。


「やまない雨はない(文芸春秋社)」が20万部以上のベストセラーに
なったこともあり、最近は「うつ」に関する原稿依頼も増えているようで、
いまでは気象のことより、「うつ」の専門家のように見られている、
とユーモアを交えておっしゃっていました。


最近の天気予報についてお尋ねすると、開口一番、「我々の時代には
考えられなかった進歩だね」と、おっしゃられました。
昔は、翌日の雪予報ですら、胃を痛めるような葛藤の中で発表した。
それが最近のキャスターは、数日前から断定的に雪予報を伝え、それが
その通りになったりする。えらいもんだねぇ・・と、感心なさって
いました。


最近の予報技術の進歩は、数値予報を改良してきた人たちの苦労の結晶だと
私は思っています。私自身は一介の天気キャスターなので、それにさらに
付加価値を付けるのが役割だと考えています。



ところで、倉嶋先生が予報をやり始めたころ、予報官には
「地下室派」と「屋上派」というのがあったそうです。


窓のない地下室に閉じこもって、資料だけから天気予報を出す。現在の
空の状況を見ると、現況に流されて(騙されて)、予報判断を
誤まるというのが、「地下室派」。


一方、資料だけでは自然界のすべてを把握することはできず、外の大気の
微妙な変化も予報に反映させることが大切、と考えるのが「屋上派」です。



倉嶋先生は、「僕はどちらかといえば屋上派です」と、おっしゃっていました。


このお話を聞いて、帰り道で自分はどうなのだろうと、ずーっと考えていました。
どうも僕は、どちらかといえば「地下室派」なのかもしれないと思い、
それで「屋上派」の倉嶋先生に憧れているのかも知れません。

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現代の観天望気

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森田正光



昔は天気予報がなかったので、当時の人々は
色々な方法で、天気を知ろうとしました。


例えば、「夕焼けは晴れ」というのは、長年の
多くの人々の観察の集大成として、できたことわざです。
実際に天気は西から東へ変わることが多いので、
夕焼け(西の空が晴れている)になれば
翌日は晴れる確率が高いということになります。


近年は天気予報があるので、観天望気の考えは
どんどん忘れられてきています。しかし、自分で天気予報を
しようと思えば、現代ほど恵まれた時代はありません。


その一つが、気象衛星を見ること。
昔の人は天気(日和)を見るために山に登りました。
各地に残る日和山という地名は、その名残りです。
山に登っても、見渡せる範囲はせいぜい100キロ程度です。


ところが気象衛星を見れば、どなたでも、数千キロの空を
見渡せるのです。あとは毎日見て、できるだけ変化を捉え、
自分なりのセオリー(経験則)をつくることです。
雲のところに色をつけて、それを追いかけてもいいでしょう。
夏休みの宿題にもなると思います。



ところで、まったく関係ない話しで申し訳ありませんが、
お天気キャスターの元井美貴さんが、
観天望気をもじって観天モッキーというブログを
立ち上げました。おヒマな方は覗いてあげてください。


「観天モッキー」は以下へ
http://www.weathermap.co.jp/blog/

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気象新聞

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森田正光

(財)気象業務支援センターが発行している「気象新聞」が
今年度(三月号)をもって廃刊になるそうだ。
ページ数は少ないが、いつも工夫された紙面と話題で、
読み応えがあっただけに残念だ。


一月号の「気象情報利用の新領域を切り開く」という
記事(写真)も、大変参考になった。

立平良三氏と山本孝二氏の、ともに元気象庁長官の
対談だけに厚みがあり、お二人の気象業界への熱意と
問題意識がよく理解できた。

立平氏の「民間気象事業の売り上げが伸びていない」との
指摘に対して、
山本氏の「気象情報に対する社会の評価を低くしている一因は
気象業界そのものにもあると思う、、」という意見には
まったくそのとおりだと思った。

お二人のご指摘どおり、情報の価格競争をするのではなく、
情報の付加価値をどう実現していくかが大切なことだと思う。

ただ気象情報の場合、付加価値というのは予報の信頼性や
確度というところに収斂されがちである。
もちろんそれが一番大事に違いないが、それだけでなく
(口ごもった言い方だが)付加価値の多様性というものも
重要だと私は思っている。

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気象神社の「ゲタ」

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森田正光

先週の月曜日、予報士講座クリアの卒業生とともに
気象神社に行ってきた。以前にも書いたが、
気象神社は東京の高円寺にあって、氷川神社の
境内の隅に、間借りするような感じで建っている。

お参りにいくたびに、ニュースの中の天気予報のような
存在だなぁ、といつも思う。

宮司の山本雅道さん(写真)によると、
気象予報士試験が始まって、気象神社を訪れる人も
年々増えているという。

気象神社では「お天気お守り」を手に入れる事が
できるが、今年からはなんと、お天気絵馬として、
ゲタも登場したのだ。

考案されたのは山本宮司で、評判は上々だという。

私も手に入れて、机の前にかざってある。
最近、お願いごとがあまりないが、
困ったら「ゲタ」に書き込もうと思う。


ブログ「クリアな日々」は以下へ。
http://blog.wm-clear.co.jp/



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え〜、『猛暑日』?

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森です。
月曜日は冬型も揺るんで、日本海側でも青空がのぞく所がありそうです。
暖冬も困ったもんですが、去年の豪雪を考えると、
あまりわがままばかり言えません。

ところで、きのうのそらナビの打ち合わせでも、『爆弾低気圧』という言葉が話題になりました。
また、最高気温が35℃以上の日を『猛暑日』と呼ぼうという案も出ていることが新聞に出ています。
すみませんが、個人的にはどうでもいいと思っています。
『爆弾低気圧』という言葉には、学術的には定義づけされていますが、
一般的には、爆弾のような殺傷能力を持った危険な低気圧、という意味で受け取られていると思います。
注意喚起をするには、大変便利な言葉ではないでしょうか。
問題は、学術的な定義と、マスコミの用い方に乖離があることで、
気象庁が使わないということになれば、かえって定義の束縛を逃れて、自由に使えることになるかもしれません。
『爆弾低気圧』でも『殺人低気圧』でも、視聴者の生命や財産を守ることができるなら、使ってもいいのではないでしょうか。
後は、伝える側の品位と良識の問題だと思います。

また、『猛暑日』というのはどうも味気ない気がします。
35℃以上という定義を設けることで、34.9℃は猛暑じゃないの?なんていう議論が出てくると鬱陶しいですし、
『夏日』『真夏日』には、気温による単純な区別じゃなくて、
(真)夏になれば当たり前の陽気、という情緒的な意味が含まれていると思います。
だから、季節はずれに早く、あるいは遅く出現したときに、その異常さがよく表現できます。
でも『猛暑日』という言葉にはそういう機能は期待できそうにありません。
個人的には、多分使わないと思います。

あえて一石投じてみましたが、チーム森田の他のメンバーはどう思うか、公開討論してみませんか?
もちろん、読者の方もどんどんコメントしてください。

長くなりますが、代案なしでは無責任なので、ひとつご提案。
低気圧をランク分けするというのはどうでしょうか。
ハリケーンをカテゴリー1〜5、竜巻をFスケール0〜5に分類しているように、
低気圧も、ランク分けすれば、わかりやすいと思うんですが。

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