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上毛かるた 「あ行」最後の札 「お」の札は、「太田金山、子育て呑龍」です。 なぜ、子育て呑龍と呼ばれるのか? そこには、悲しい歴史があるようです。 それでは、早速行ってみましょう! 太田市にある金山は、標高235メートルの小さな山ですが、 僕も子供の頃、幼稚園の遠足に行ったり 大人になっても、夜景を見にドライブに行ったりと 地元民には親しまれている山です。 大光院吉祥門。 徳川家康大阪城落城の日、この門が出来上がり吉祥門と名付けられました。 の割には、そうでもない門なので境内に入ってみましょう。 久々に見るとナカナカ立派なお寺です。 呑龍様は、埼玉県春日部出身のお坊さんです。 徳川家康公は、ご先祖の新田義重(旧新田町出身、現在太田市と合併)を祀る為 大光院を建立。 呑龍様を大光院に呼び寄せました。 大光院は、子供の命名をしたりお宮参りをしたりする事でも 地元では有名です。 僕も弟も大光院で名前をつけてもらいました。 3000円コース(3名前)、5000円コース(5名前)等有り、 その中から、好きな名前を選ぶシステムです。 この日も、お宮参りの家族連れの人が訪れていました。 渡り廊下で繋がっているのが、新田寺です。 呑龍様の名前からすると、龍の様な大酒呑みのイメージですが、 実はとても偉いお坊さんです。 当時の農民は困窮を極め、子供の間引き(生まれた子供を捨てたり殺したりして減らす)を していました。 呑龍様は、間引きされる子供たちを弟子として寺に入れ、保護しました。 このことから、「子育て呑龍」と呼ばれるようになりました。 昔は、小さな動物園もありましたが、今は整備され公園になっていました。 太田市と言えば、中島知久平氏。 戦中戦後の日本重工業の立役者です。 公園の一角に掲示してありました。 呑龍様、お邪魔しました。 それでは、大光院を後にして金山に登ってみましょう。 頂上手前の駐車場まで来ました。 ここからは、徒歩で昇ります。所要時間は15分くらいです。 昔はただの山道でしたが、1994年から 金山城発掘事業で大分整備されたようです。 知らなかった! 何もない山道と頂上のお店くらいしかなかったのに。 この池はあったけど、もっと小さくてただの泥の池だったのに。 用途もちゃんとしてるのか! 日の池も月の池も、当時はこんなだったの! 発掘前とはまるで別物! 上手くできてるな〜。昔の人は賢いな。 こんなのも埋まってたの! 以前は、土と雑草だらけだったのに。 当時の面影は何も無く、頂上へ。 頂上のお店もないし・・・ 整備されて、無くなっちゃったのかな。 まだ上がありました。 ここは手付かず、昔のままのようです。 先にあるのは、新田神社。 お伊勢さんの系統らしいです。 幼稚園の遠足で来たお土産屋さんはどこへ。 見晴らしの良いベンチがたくさんあって、 藤棚もきれいだったのに・・・ ありました。 ここも遺跡になるか。 だれか、発掘事業を! 上毛かるた6枚目の札は「か」、「関東と信越つなぐ、高崎市」 群馬じゃ都会です。 |
上毛かるた紀行 あ行
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上毛かるた紀行 四枚目の札は、「縁起達磨の少林山」です。 群馬県高崎市鼻高町にある「少林山」。 それでは、実際に行ってみましょう。 横から見ると平らで、ロボコンの様な達磨さんが迎えてくれます。 足まであります。 お出迎えは、達磨さんが良いのでは・・・。 山門を昇ると、観音堂と本堂あります。 今から300年前、付近のある川に一本の流木がありました。 村人が拾い上げると、その流木は不思議な形をし、お香の香りがしました。 村人達は、不思議な流木を観音堂に納めました。 観音堂に不思議な流木が納められた数年後、 一了老人と言う人が鼻高を訪れます。 一了老人は、夢枕に達磨大師が現れ、「一了よ、鼻高の聖地に霊木があるから、座禅をする私の姿を彫 れ」 と言われ、感激し流木を彫ったそうです。 これが、達磨伝説です。 では、本堂へ。 妻は、何を祈るのか。 積まれているのは、役目を終えた達磨さん。お疲れ様でした! 達磨絵馬です。達磨さん、願いを叶えてね。 本堂の隣には、達磨堂がありたくさんの達磨さんが展示してあります。 群馬県出身の総理大臣の名前もあります。 ご利益があったのか! お土産に、達磨さんを買ってきました。 先ずは、片目を入れて努力をし 願いが叶ったら、両目を入れます。 昔は、豊作等を願ったそうです。 達磨様、今年一年努力しますので、よろしくお願いいたします。 上毛かるた 五枚目の札「お」は、地元「太田金山、子育て呑龍」です。
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上毛かるた三枚目の札「う」は、「碓氷峠の関所跡」です。 東京から新潟へ続く、国道17号を新潟方面へひた走ります。 本県高崎市に入ると、国道17号から分岐する国道18号があります。 国道18号は、信州長野へ続く道で長野へ行くには、 碓氷峠を越えなければなりません。 それでは、早速「碓氷峠の関所跡」へ行ってみよう! 着きました! これ!あれ!こんな感じ? 子供の頃見た絵札のまんま。 しかも、住宅街の一角にあります。 昔も今も御役人さんは、偉いです。 石に手を着いて、通行許可をもらっていたようです。 1000年以上前に、碓氷坂に作られた関所がその700年後此処に移動され その後、明治までその役目を果たした様です。 「入鉄砲に、出女」なるほどね〜。 「碓氷峠の関所跡」は、コレで終わり! しかし続きもあります。それでは、近代の碓氷峠を訪ねてみましょう。 時代は、明治に入り鉄道で碓氷峠を越えるようになります。 信越本線、横川駅。 信越本線群馬県側の終着駅です。 右側の線路は、廃線になっています。 かつては、碓氷峠を越え信州長野軽井沢駅と横川駅を 結んでいましたが、交通網の発達と新幹線の開発で その役目を終えました。 廃線になった先は、鉄道博物館になっています。 テツ男ではないので、中に入るのは次の機会に! ここらで、お腹も空いたし食事をとりましょう。 横川駅と言えば、駅弁釜飯。 かつては、類似釜飯屋さんが軒を連ねていましたが、 信越本線の廃線、18号バイパス更に高速道路建設で 賑わいは陰りを見せ、残るは本家おぎの屋さんだけとなりました。 明治時代から続く釜飯屋さんです。 良く見ると、「宮内庁御用達」。 宮内庁御用達の釜飯だ! 釜飯も美味しく頂き、旅を進めます。 廃線になった区間は、碓氷峠越えの区間です。 現在も隧道や橋が残っているので、 もう少し碓氷峠を登ってみましょう。 渓谷を越える為の橋です。大きさに圧倒されます。 その姿も美しいものです。 この橋は、202万8000個のレンガを使用し作られています。 橋の上を歩けるので、上に行ってみましょう。 隧道から橋を写してみました。 道中は、美しい景色の連続だった事でしょう。 今回は、碓氷峠越えの歴史を感じました。 碓氷峠は箱根越えと並ぶ難所だそうです。 歩いて峠を越え、石に手を着き関所を渡る時代から、 今やETCを付ければ1000円でどこへでも行ける時代に。 世は、スピード時代。 少しゆっくりした旅も良い物かもしれません。 でも、徒歩は辛いかも。 上毛かるた 4枚目の札「え」は、「縁起達磨の少林山」です。
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上毛かるた二枚目の札「い」は、「伊香保温泉、日本の名湯」。 伊香保温泉は、群馬県の温泉の中でも、 草津温泉と並ぶ有名な温泉です。 では今回は、実際に行ってみましょう! さぁ!ルーもレナもタオル持ったか! 二人も一緒に入れる温泉あれば良いな! ネットでは、見つからなかったけど 観光案内できいてみるから! お風呂だけじゃなく、車も苦手な二人はお留守番。 車のドアを開けただけで、よだれダラダラの二人です。 それではあらためて、伊香保温泉に行ってみよう! 出発〜! 到着〜! 伊香保温泉は、我が家から車で1時間半程度の距離にあります。 今回は、予算の関係上日帰り入浴にしました! そして、選んだお宿は「ホテル 天坊」さんです。 近年伊香保温泉では、リニューアルする老舗宿が増え 高級宿とそうでない宿の二極化が進んでいます。 こちらの天坊さんは、リニューアルされた老舗旅館の一つです。 フロントで受付を済ませ、三階の大浴場&貸切風呂へ。 長い渡り廊下の先に、目指す温泉があります。 写真の奥のほうにある建物です。 貸切露天風呂と家族風呂が空いていたので、 広目の家族風呂を選択。 それでは、家族風呂に入ってみましょう♪ 二人で入れたので、サービスショット付です! 失礼しました m(--)m 家族風呂は、内湯と露天風呂の二つのお風呂が ありました。 のんびりしている時間は、ありません。 日帰り入浴、午後2時までです! 続いて、大浴場。 カメラを持って入るのには、抵抗アリです。 勘違いされたら、大変です! 家族風呂でかなりのぼせたので、大浴場前の読書コーナーで 「女性の幸福 365章 昭和38年初版」なる本を読みつつ 入浴客がいなくなるタイミングを待ちます。 1時半を回った頃、最後の入浴客が帰っていきました。 「チャンス!」 慌てていたので、服を着たまま大浴場へ。 床すれすれのショットなどを撮っていましたが、 服を脱いでお風呂に入って撮り直す事にしました。誰もいないし。 お湯の名前は、しろがねの湯。 肌にやさしい湯だそうです。 続いて、大浴場。 目線が、プールで飛び込めない人のスタート時のようになってますが、 気持ち良く、湯船につかる人の目線です。 そして、露天風呂。 最後に、半露天のヒノキ風呂。 すべてのお風呂を堪能し、大満足の伊香保温泉でした! かなりのぼせました〜。気持ちよかった〜。 温泉三昧の後、伊香保温泉の名所 石段街に行きました。 石段の周りには、お土産屋さんなどが 軒を連ねています。 帰り道に、水沢観音に寄りました。 水沢といえば、うどんです。 水沢うどんは、日本三大うどんの一つですが 皆さん、ご存知でしょうか? 讃岐、稲庭、水沢だそうです。 水沢だけマイナー気がするのは、私だけでしょうか。 上の写真は、水沢観音にある六角二重塔です。 塔の中には、六体の観音様が立っています。 観音様が廻る様になっていて、左回りに 三回廻すとお経を三回唱えたことになるそうです。 廻しているのは、我が愛妻です。初登場! 最後に、水沢の峠の茶屋「鹿火屋」さんに寄りました。 「かびや」と読みます。 テレビなどでも紹介される名店です。 芋串、ところてん、葛餅、おでん、ラムネなど 昔ながらの峠の茶屋と言った感じです。 店内は、土間に囲炉裏。若いお客さんがたくさんいました。 頂いたのは、ところてんと芋串です。 芋串は、里芋を串に刺し甘辛の味噌ダレで焼いたものです。 家に帰って、ワンコの散歩。 二人のワンコも、土手に出来た天然泥風呂を満喫していました。 みんなお風呂三昧?の一日でした! 上毛かるた、三枚目の札は「碓氷峠の関所跡」です!
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群馬県の名山、浅間山です! 群馬県は、関東平野の終盤にあり、 周りを赤城山、榛名山、浅間山、妙義山等の 名峰に囲まれています。 中でも、冬場に美しい姿を見せるのは 何と言っても、この浅間山です。 活火山でも有名な浅間山は、標高2500m超えで 現在でも、活発に活動を続けています。 二枚の写真は、写真を趣味にされている 会社の先輩に頂いた物です。 たまには、美しい画像をと思い頂いて来ました。 W先輩、ありがとうございます! 群馬県には、「上毛カルタ」と言う 群馬県出身者なら誰でも知っている 御当地カルタがありまして、 「浅間のいたずら、鬼の押し出し」は、 上毛カルタの最初の札「あ」の札の文句です。 浅間山の名所に、「鬼押し出し」と言う 場所があり、 ここは、浅間山の噴火の際に出来た 溶岩郡を観光できる場所の名称で、 まるで鬼が押し出した様な景色!と言う事で 付いた名前のようです。 浅間山の周辺には、避暑地で有名な軽井沢等も有り 年間を通して、たくさんの観光客が訪れます。 上毛カルタ、二枚目の札は「い」 「伊香保温泉、日本の名湯」です。 温泉行きたいな〜(^^)
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