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群馬の旅 上毛かるた紀行 15枚目の札 「そ」は、 「そろいの支度で、八木節音頭」です。 みなさん、「八木節」をご存知でしょうか? これまたローカルな曲ですが、八木節にスポットを当ててみましょう。 群馬の小学生は運動会の催しとして、練習し披露するこの「八木節」。 勿論地元の夏祭りでも欠かせないイベントです。 たまたまこの日は地元の夏祭り。 浴衣姿の愛妻ちゃんと、「八木節」を見に行きました。 (神輿) この民謡、群馬県発祥と思いきや調べてみれば栃木県と言う説が有力のようです。 栃木県足利市御厨(みくりや)町八木。 日光例弊使街道、八木宿。 ここで歌われた「八木節」がルーツ、 (山車) と思いきや本当のルーツは、新潟県十日町市下組(しもぐみ)新保で生まれたのです。 天明初年(1782年)この新保に悪いお坊さんがいて、お坊さんを寺から追い出す為に作られたのが 最初です。 (和太鼓) その後、悪口歌から長編物語調の口説き歌と変化していき、 日光例弊使街道の宿場町に持ち込まれます。 (現代版八木節) そして大流行し始めたのが栃木県の八木宿。 馬引きで美声の持ち主、渡辺源太郎(1872年生まれ。後に芸名渡辺源太)が歌い大流行。 レコードも発売されました。 「馬方節」の「ハァ〜」を加え、花笠踊りを付け現在の形となりました。 前奏、間奏にチャカポコチャカポコと乗りの良い演奏があり 間は国定忠治の生涯を歌っています。 それでは、皆さん踊ってください! 八木節です。 如何でしたか、八木節。 是非、おぼえて踊ってください! (射的) 夏祭りはあまり行かないほうですが、沢山の人が祭りを楽しんでいました。 そろそろ帰ろうかと舞台に戻ってみると まだ踊り続けていました。 (舞台から降りて、みんなで踊る) お祭りは良いものですね、日本ならではの祭りの雰囲気。 楽しい夜でした。 夏はこれからが本番、皆さんも夏祭りを楽しんでください(^^) 群馬の旅 上毛かるた紀行 16枚目の札 「た」は、 「滝は吹き割り、片品渓谷」 です。
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上毛かるた紀行 さ行
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夏が来〜れば 思い出す〜 遥かな尾瀬 遠〜い空〜 この先は、わからないのでやめておきましょう。 上毛かるた紀行 14枚目の札「せ」は、「仙境尾瀬沼、花の原」です。 山野草、トレッキング等で、最近人気の尾瀬に行ってみましょう。 チャイブの群生 尾瀬国立公園は群馬県北部、福島県との県境にあります。 裾野の長〜い赤城山の北側を走る国道120号を沼田方面へ。 沼田市を過ぎ、更に栃木県日光へ向かい、 片品温泉郷方面へと左折します。 この片品温泉、ナカナカの温泉で僕も好きな温泉の一つです。 ちょっと寄ってみましょうか。 「うめや」さん 片品温泉の中でも泉質の良い旅館です。 アルカリ泉質と 硫化水素イオンでダブルの美肌効果。 今日も温泉独り占め〜。 入ればわかるこの泉質の良さ。 リンスを洗い流したけど、体にリンスが付いたまま 湯船に入ったような感覚。 ツルツルというよりヌルヌルに近いです。 これぞ「美人の湯」といった感じです。 切り傷などにも良し。疲れもとれる良い温泉です。 ついでなので旅館の人に尾瀬への道を聞くと、 「今から登るの?」 時間は既にお昼。 かなり出遅れています。 とりあえず、道は聞いたので 尾瀬の登山口「尾瀬戸倉」まで来ました。 尾瀬には尾瀬ヶ原と尾瀬沼があります。 絵札にあるのは尾瀬ヶ原。 ミズバショウで有名な尾瀬ヶ原です。 尾瀬ヶ原に行くには、尾瀬戸倉からバスかタクシー(マイカー規制)で30分の鳩待峠へ。 鳩待峠からは登山、徒歩3.5キロ。 行きは下り一時間。帰りは登り一時間半。 サンダル履きで来たので、登山は止めましょう。 目標を尾瀬沼へ。大清水に向かいます。 車を走らせる事10分。 尾瀬国立公園内大清水に到着。 この辺一帯は東京電力の敷地になっています。 ダムが多いです。 いかにも登山客向けの標識。 ちょっと残酷な看板の先には、案内&お土産屋さんがあります。 既に登山を終え、昼寝している人が沢山いました。 皆さん登山用の重装備。サンダルで登らなくて正解のようです。 尾瀬沼へはここから7.5キロ。 日が暮れるのでやめましょう。 しかも、案内の人に聞いたら、もうミズバショウはないと・・・ 登らなくて良かった。 眼下に流れる川の水がきれいです。 尾瀬ヶ原程ではないですがここにも湿原があり 春にはミズバショウの花も咲きます。 それでは、大清水湿原に入ってみましょう。 木道の上を歩きながら手つかずの自然を散策。 オタマジャクシの大群はこんな所にいました。 木道の全長は1.3キロ。 20分で一周出来ます。 色々な昆虫や草花がいます。 大自然に包まれるのは非常に気持ちのいい事です。 どこを見てもさわやかな風景。 朽木にも草花が育ちます。自然のプランター。 ヤマオダマキ ニッコウキスゲ ワカリマセン コレモワカリマセン 尾瀬国立公園 大清水湿原 如何でしょう。 これから夏。 山へ海へ出かけられるでしょう。 大自然とたっぷり遊んで、パワーをもらいましょう。 群馬の旅 上毛かるた紀行 15枚目の札「そ」は、「そろいの支度で 八木節音頭」です。
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群馬の旅 上毛かるた紀行 13枚目の札 「す」は、 「裾野は長し、赤城山」 です。 赤城山、皆さんご存知でしょうか? 上毛三山の一つです。 榛名山、妙義山、そして赤城山。 国定忠治、知らないかな〜。大正、昭和にかけて講談で人気。 そのセリフに、「赤城の山も今宵限り、かわいい子分のテメエ達とも 別れ別れになる門出だぁ〜」 なんて言うのがありました。 赤城山は、群馬県中央に座しています。 埼玉県に近い我が家から見ると上の写真の様な姿をしています。 それでは、裾野の長〜〜〜い赤城山に行ってみましょう。 南方向から見ると、西斜面の裾野が長く見えるので 西斜面に行ってみましょう。 国道17号と国道50号を結ぶ上武道(上毛群馬と武州埼玉を結ぶ道)にある看板。 ここから見る赤城は美しい姿をしています。 西側斜面の町、渋川市に着きました。 来てみると、南側斜面も裾野が長いです。 更に北側斜面を見ると、またまた長いすそ野。 赤城山は5つの山から形成されていますが、 最高峰 黒檜山(1828m)と裾野の長さを比べても、裾野がかなり長いのがわかります。 かるたに歌われる様に、裾野の長〜い赤城山です。 それでは、赤城山に登ってみましょう。 頂上部には、大沼、小沼、覚満淵の三つの湖。 レンゲツツジの群生地、赤城神社など観光スポットが多く 群馬県でも人気の景勝地となっています。 野趣満点の森を抜けると、大沼付近(南側湖畔)にある旧赤城神社(元宮跡地)に着きます。 赤城神社と名の付くものは、群馬県内に118社。 日本全国には、334社あるそうです。 古い書物に残されるものとしては、「続日本後記」(839年) 赤城神社は、従五位下。 「日本三大実録」(867〜874年)にも記され、880年には従四位上。 11世紀には正一位になり、「赤城大明神」となりました。 赤城山の名前の由来ですが大昔、 赤城山の神(大ムカデ)と日光男体山の神(大蛇)が戦い、 大蛇が勝ちました。 この時の大ムカデの血で、赤城山が赤く染まった事(赤き山が転じて)が由来だそうです。 そして、赤城の神が傷を癒したのが赤城山北面に位置する老神温泉だったそうです。 千葉県の流山市。 赤城山の一角が流れ着いた事から、流山市と名前がついたそうです。 旧社殿は1641年に落雷で焼失。 時の将軍、徳川家光が社殿の再建を命ずる。 1642年に再建。 老朽化から昭和45年、現在の大沼北側小鳥ヶ島に場所を変え再建されました。 この日は、月曜日。 人も少なく、スワンボートもモーターボートもお休みです。 気温は、12℃。 ポロシャツ姿で行ったので、とても寒かったです。 小鳥ヶ島にある新しい赤城神社に行ってみましょう。 30m程の桟橋を渡ると、小鳥ヶ島に到着。 延喜式内名神退大社と書かれていますが、 「延喜式」とは927年に書かれた神社の一覧で、 その中に記されている神社は、延喜式内社。 それ以外は、式外社(しきげしゃ)と言われ、 朝廷の範囲外で勢力を持つ神社や、独自で勢力を持つ神社(熊野大社)があります。 湖面に面した参道を進むと本殿に到着。 大きくはありませんが修復を終えたばかりなので、綺麗な本殿です。 菊、桐、葵。 三つの紋があります。 菊は奈良時代に中国から入り、天皇家が印として使用。 その後定着し、皇室の紋となりました。 桐の紋は二番目に位の高い紋。 武家は挙って桐の紋を使いました。 豊臣秀吉も桐の紋を使用。 言わずと知れた葵の紋は徳川家。 家康大権現が祀られています。 神社を後にして、覚満淵に来ました。 自然が残されていて、とても綺麗なところです。 「小さな尾瀬」ともよばれる周囲一キロの湿原地帯です。 しかし、どこに行っても人気の少ない群馬県の観光地。 賑わっていたのは以前行った、草津温泉、伊香保温泉くらいでしょうか。 赤城山は、小学校の林間学校。 大人になってもドライブやツーリング。 夜景も綺麗で今までに何度行った事か。 その姿も美しいく、僕としては好きな山です。 今回、赤城の伝説や歴史が解ってとても面白かったです。 記事も赤城の裾野同様、長〜くなってしまいました。 群馬の旅 上毛かるた紀行 14枚目の札「せ」は、 「仙境尾瀬沼、花野原」です。
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群馬の旅 上毛かるた紀行 12枚目の札は、「しのぶ毛の国、二子塚」です。 しのぶ毛の国とは、何の事? 大昔、群馬県と栃木県は「毛野国」「けぬのくに」と呼ばれていました。 後に律令制下(5世紀頃)では、上野国、下野国に分けられ 群馬県は上毛(かみつけ)、栃木県を下毛(しもつけ)と呼ばれ 二つ合わせて、毛州(もうしゅう)或いは、両毛(りょうもう)と 呼ばれていました。 そして、「二子塚」とは、古墳の事です。 群馬県は、奈良、宮崎と並ぶ古墳県なのです。 その数、8000余り。 有名なものは、前橋市総社町と旧勢多郡荒砥町にありますが、 僕の地元太田市にも、関東最大の前方後円墳と全国2位の帆立貝形古墳があるので そちらに行ってみましょう。 それでは先ず、帆立貝形古墳全国2位の大きさを誇る 女体山古墳に行ってみます。 ここです。 あれ? 駐車場は、どこかな〜? 入り口もないし〜。 とりあえず近くのコンビニに停めます。 国指定史跡だし、国とコンビニで提携してるんだろう。 ここが入り口の様です。 かなり整備が行き届いています。 墳丘全長106メートル、円丘部直径84メートル、高さ7メートル。 奈良県北葛城郡河合町の乙女山古墳(全長128.6メートル) に次ぐ全国第2位の帆立貝形古墳です。 太古の姿を残したままの入口を、草をかき分け進みます。 頂上目指して昇ってみましょう。 獣道を登っていくと、草むらからガサガサと音がします。 オスのキジです。 近づくとメスも飛び出してきて、つがいで飛んでいきました。 古墳の守り神か! 頂上につきました。所要時間2分。 特に何もありません。 勿論、誰もいません。 あるのは、この二つの石塔だけ。 見渡しても、何もないので下墳します。 まあ、お墓ですからね。 続いて、関東最大の前方後円墳「天神山古墳(男体山古墳)」に行ってみましょう。 こちらもおそらく駐車場が無いと思うので、 そのまま歩いて行きます。 着きました。 こちらは後円部分先端付近に道路が走っているので、 すぐに登墳出来ます。 墳丘全長210メートル、後円部分直径120メートル、高さ16.8メートル 前方部前端幅126メートル、高さ12メートル。 堀を含めた墓域は長さ364メートル、幅288メートル。 ここで友達のドラえもんにタケコプターを借りて 二つの古墳を上空から撮影してみます。 タケコプターを返却して、こちらも昇ってみましょう。 こちらは、キジも現れず盛り上がりに欠ける登墳です。 所要時間2分。登頂成功です。 こちらも人っ子一人いません。 あるのは、また石塔だけ。石塔じゃないのかな?コンクリート? 反対側にも道があるので、下ってみましょう。 下ってみると、鳥居とトタン作りの神社。 国指定のはずですよね・・・ 観覧無料だし、仕方ないか。 昔は、天神様があったようです。 二つの古墳は盗掘にあい、誰のお墓か未だにわからないそうです。 かなりの権力者だったようです。 先週に続いて寂しい群馬の旅となりました。 キジの夫婦には感謝です。 1500年前の人達、二子塚を作るの大変だったろうな。 今も沢山残ってますよー、昔の人達〜。 群馬の旅 上毛かるた紀行13枚目の札「す」は、「すそ野は長し、赤城山」です。
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群馬の旅 上毛かるた紀行 11枚目の札は、「さ」。 「三波石と共に名高い冬桜」です。 三波石(さんばせき)は、庭石としても人気の名石です。 三波石と言えば、藤岡市にある三波石峡。 以前は群馬県多野郡鬼石町でしたが、現在は平成の大合併で藤岡市になりました。 それでは行ってみましょう。 国道462号を埼玉方面へ。 神流川(カンナ川)の上流にある三波石峡。 「名勝及び天然記念物」 三波石峡 すれ違う車もまばらですが、名勝地とされています。 更に先を進んでいくと、車がすれ違うのも困難な細い道。 この間2キロ。 目的地まで車に出会う事はありませんでした。 日曜とは言え天気も悪いし、仕方ないか。 観光客は、0でした。 でも、名勝地を独り占め。 観光客0でも、道路から見た景色は確かに美しかった。 期待を膨らませ、渓谷に降りてみましょう。 さすが三波石峡。遊歩道も石で出来ています。 階段も石。少々斜めの段も有り、かなり滑ります。 雨の日は要注意です。 1.5キロにわたり三波石が神流川を飾ります。 1.5キロの間の川底にも青色の岩石が散在しています。 案内図左端(下流側)にある1番石、2番石、3番石が波の模様だった事から 三波石の名前が付いたという説もあります。 写真中央の大きな石。直径10メートル位ありました。でかい! 天然記念物なので持ち出し、破壊行為は禁止。 ちなみに三波石のお値段は、2〜3メートルの物で数百万。 5〜60センチで数万。普通の石ころでも2〜300円するそうです。 見事な景色。来て良かった。 誰もいないのが不思議です。 見渡す限り、綺麗な石。 天然の石庭のようです。 三波石峡は、江戸時代から名勝地として有名で、 旅人相手の案内を生業としていた村人もいたそうです。 すぐ上流には、下久保ダムがあります。 ダムの建設により、神流川は枯渇。 名勝地三波石峡は、朽果てました。 その後ダムから水を引き、徐々にその姿を戻しつつあります。 そう言えば、札には「冬桜」も歌われていたので、探してみましょう。 神流川を渡り、埼玉県側へ。 冬桜の名所、城峯山の城峯公園です。 案内図に冬桜が描かれています。 11月末〜1月頃が見ごろの珍しい花です。 残念、この時期は葉桜満開でした。 更に道を進んでいくと、下久保ダムに着きました。 このダムの水は、主に東京、埼玉の飲料水、工業用水として利用されています。 ダムの下には、先ほどの三波石峡。 こうしてダムの上から見ると、三波石峡が悲しく見えます。 下久保ダムを後にして、旧鬼石町に下って来ました。 街の中には石屋さんが沢山あります。 こんな石、皆さんもどこかの庭で御覧になった事があると思います。 群馬県の他、四国でも採石されているそうです。 今回の旅は、自然を満喫出来る旅でした。 群馬、埼玉、長野の県境に近い三波石峡。 また紅葉の頃、来たいものです。 群馬の旅 上毛かるた紀行12枚目の札は、「しのぶ毛の国、二子塚」です。
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