愛情で、その日暮らし。

必ず誰かしらからの愛情があったから ここまで生きてこれた。 過去も、今も。

母親との数ヶ月

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3年間、腹膜癌で闘病し他界した母親の傍にいて
感じたことや知ったこと、思ったことを書いてました。
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母親の大切な人

6月24日の記事に書いたけど、
母親には恋人がいる。

もう
20年以上も付き合ってた人。
もう80歳ぐらいになるのかな。

母親が経営してた雀荘の常連客だった。
母親とそういう関係になって…まぁ詳しくは知らないけど、
緩和ケアに入院するまで
必ず毎週日曜日に競馬の場外馬券売り場で会ってた。
ギリギリまで。


その人は妻子持ちで、
事情によりこちらからは連絡のとれない関係だった。


母親が入院中、容態の悪化具合を伝える為に
何度か日曜日に足を運んだけど、来てる様子は無かった。

母親が亡くなって、すぐの日曜日
探しに行ったけど、
ちょうど“馬インフルエンザ”で開催中止になってて売り場は閉鎖になってた。



それからしばらく、オレは行く気がしなくて行ってなかった。
もう来てないような確信があったし。



今日、
納骨の一週間前っていうのもあり、
久々に馬券売り場に行ってみた。


行ってすぐ探したけど、やっぱりいなかった。


なんとなく、いつもの新聞は買わずに、
いつも母親が買っていた新聞を買って
読み慣れない新聞でダラダラと予想して発券機に並んだら
真横の発券機にその人が立ってた。


外に出て、伝えた。


“息子”のオレとは分かち合えない感情だっただろうな。。


“母親”と“恋人”


少し隣り合って座って、競馬の予想をし合うプレイみたいな事をしたけど、
お互い“佳江”については語らなかった。
だからまぁ…
予想プレイだけじゃ間がもたず。。

しばらくして
オレは
席を立って、黙って売り場の方へ離れた。
それで向こうも黙って帰った。




逃避するようにその後オレは競馬をやり続け、負け続け…。
帰りがけ、
もう会うことも無いかも…と思ってその人の座ってた場所に影を求めた。
その人が座ってた場所は、
いつも毎週
母親とその人が二人で座っていた場所だった。


見ないようにしてたのか…
考えないようにしてたのか…

そこの風景を目に入れたら
一気に記憶と感情が流れ込んできた。


母親はいつも、そこの長椅子の隅っこを場所取りしてもらってて、
その横に彼氏が座り、
母親はいつも、そこで彼氏に文句を言ったり、じゃれ合ったりして
母親はいつも、そこで彼氏とオレ達に囲まれて、幸せそうな笑顔を浮かべて
母親はいつも、そこで誰よりも、競馬新聞とラジオと真剣に対話して、
母親はいつも、そこで誰よりも、当たったら力強く喜んでた。



今日、
母親の姿は見えなかったけど、
姿以外は生々しかった。



帰り道、涙が止まらなかった。





もう二度と行かない。


記憶だけが残ってるような場所には、もう二度と行かない。





なんだったらパッと見、
競馬に負けて泣いて帰ってるオッサンみたいになるから行かない。








独りは嫌だよ。。
こんなこと
独りでは壊れそうだ。

大雨が降ったみたいで

川の水が氾濫してきてた。


オレは家の近くで

乗れないのに
大きなバイクに、フラフラフラフラ乗っていた。


家で母親が心配しているのは感じてた。


氾濫した水が、タイヤの半分ぐらいまできて
もうバイクに乗れなくなったから、乗り捨てて家に向かった。


急に溺れそうなぐらい水かさが増した。


うちはマンションの二階で、一階はもう水没してた。


溺れてもいいや
と思ってたのに
なんだか身体に力を入れる気がしなくて
フワフワと浮いてたら
うちの玄関近くまで流れてこられた。

砂色の水は柔らかかった。


母親が、半分呆れた顔で「心配したよ」って言った。


母親は、近くに感じたけど、すごく高い所に見えた。


家の中にも水が入り込んできてた。


「あんた高い所にいるからわかんなかった?
 もう家、床上浸水してるよ。」
って母親に言った。


母親は
「あら、ホントだ。
 あんた心配してて気付かなかったわ。」
って
なんか
めんどくさそうな微笑を浮かべた感じで言った。





今朝、
そんな夢を見た。







====



“一ヶ月経って・一年経って”の心境の変化とか、
『一ヶ月』が経つとも思ってなかったし
一年が経つとも思ってないし。
そんな風に『括り』で考えるのもなんだから
なんにも無いんだけど、

戦争が終わった日を『終戦“記念日”』って言うなら
今日は母親の終戦、月・記念日。

月命日ってなんだか…
だから月・記念日。


なんか美味しい物でもお供えしてあげようかな。



ま、
これから毎月そんなこと考えるのは、
めんどくさいから考えないと思うけど、

付き合い始めのカップル的な感じ。

カタチが変わったからね。




どうやら
ちゃんとまだ
どっかしらでフワフワとしてそう。

まぁ…
心配させちゃうね。

今頃は

どうしているかな

オレの中であなたはいつもみたく輝いて
素敵なんだけど

オレなんかの知らない時を過ごしていて

いつもみたく笑っているかな

約束するよ

オレの声を覚えていてくれればいいけど



離れているのは寂しいけど

毎日あなたのことを考えてる

人がオレ達の関係を理解しなくても

愛はあなただってオレは知ってる

約束するよ

オレの声を覚えていてくれればいいけど



ねぇ

いつでも傍にいるよ

出逢えたんだ

空に空気しか無いようなら

オレの言葉を聞いてくれないかな

約束するよ

いつでも傍にいるよ



手が届かないのはわかってる

繋がっていると感じてる

愛してる

約束するよ

愛してる

オレの声を覚えていてくれればいいけど

一週間が経って

いろいろと自分の中の気持ちを掴んで整理して
あー。。
やっぱオレの中には“悲しみ”みたいな感情は少ないんだな
って気付く。





母親は
病気になった時から
『もう終わりにしたい。死んでも良い。』
と言っていた。
オレもそれに対して
「いいんじゃない?」
って答えてた。


最初からオレは、病気になって死んでいく母親の“同伴者”になるつもりだった。
といっても
キリストや神様ではないから
もろ身体を使っての「いつも傍にいる」しかできなかったけど。

母親がそれを息子に望んでいたかどうかも微妙ではあったから
『息子』以上に愛される為に必死だった。




緩和ケアに入院して、最後のほうは
身体と魂を離すような事を母親に言い続けた。
安心させるような行為で、死に向かう事を楽にさせたし、
逆に
状態は悪いと正直に教えて、
花火を見たいとか
先の生を考えるような気持ちをボヤかしたり、
気持ちと身体のギャップを突いて辛い事実を感じさせたりもした。


一緒に逝っても良いと思って傍にいた。
そう思ってほしかったから。




眠り続ける薬を最初に了解したのはオレだった。

息を引き取る前日、
薬を一旦止めて、
最後に起きてる母親と接した時も、
ある程度のところで薬の再開を要請したのもオレだった。



死ぬ直前の母親の本意だったかどうかは判らないけど、
それ以前の母親の望み

オレは母親の死に加担した。
加担してきた。


悲しみや辛さは
そういう行為をしている時だった。




当日、
病院から「呼吸困難になったのでスグ!」って電話もらった後、
オレはシャワーを浴びた。
ゆっくり身支度を整えていたら
再び病院から電話で「息を引き取りました。」って。

ヘンな話かもしれないけど
長くやってきたから、
人が居ちゃ逝けないだろうな。。と感じれて、前日の夜は家に帰った。
朝、病院から電話がかかってきても、
最後を見ないのが礼儀だと思えた。



告別式の日、
母親の身体が焼かれて骨になった日、
その日は家の近くの花火大会の日で
花火がよく見える窓とオレの間に遺骨を置いて
ただただ華やかに散る花火を眺めた。


母親が、全てをそうさせた

全身で感じる。


やりすぎぢゃね?
って遺骨にツッコんだ。









悲しみより愛を感じる。

愛されなきゃいけない。

愛されずに、やみくもにただ愛そうとしても無理だ。

愛されて愛を知るんだと思う。
伝える手段や大切さも。

愛されることができない人なんかいない。




母親が生前、『自由』の話をしていた。
日本語としての“自由”は
“自らをもって由とする”って意味だ 的な話。

それが正解かどうか、良いか悪いかは別にして、

その意味は強く残る。


自分の成り立ちや経験は、べつに自分の可能性を狭めるようなものじゃない。


愛されているのも愛されていないのも自由だし、
自由なら、愛されていい。







誰でも良い事だけど、
たまたま母親が、オレの愛の起源だったのは間違いない。


母親の死で、いろいろな事を感じた。
まだまだ漠然とした感覚が多いけど、
全て抱えて生きていこうと思う。
自らをもって由として
愛される対象でいれるように生きていきたいし、
求められて、応えられる生き方をしていきたいと思う。

8月16日午前8時

母親は息を引き取りました。





たぶん
本人の希望通り、
スパッと逝きました。

いい顔してるし。



3日ぐらい前に
母親に
「持久走でいったら、私の勝ちね。」って急に言われた。
あぁ…オレの負けだね〜
と答えた。
その時は、オレに気を使ったぐらいの、ただの会話だった。


まさかここにきてホントに“勝ち”にくるとはね。

やられたわ。



そんな素敵な母親のおかげで
オレの心には「悔い」のカケラもなく、
今は、母親に対して
出来る以上のことをやらせてもらった
という感謝の気持ちで満たされてる。




いろいろと、
気にかけてくれた人達や、
ここで見守ってくれた人達にも、
ありがとう
の気持ちでいっぱいです。
全てが無かったら、なんにも出来なかった。





この出来事や全ての気持ちは
オレの人生において大きな影響があると思うし、
これからも
人は優しく、
世界は愛で包まれて、
みんなが笑顔で特別でいられる
そんな可能性を信じて生きていけます。









ありがとうございました。


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