愛情で、その日暮らし。

必ず誰かしらからの愛情があったから ここまで生きてこれた。 過去も、今も。

母親との数ヶ月

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3年間、腹膜癌で闘病し他界した母親の傍にいて
感じたことや知ったこと、思ったことを書いてました。
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寝ている。

ただ穏やかに寝ている。
身体の中では大変なことになっているのだろうけど。


母親は
今日の早朝から
ガッツリな睡眠薬で眠り続けている。

昨日から、もう食べれなくなっていた。
身体は相当辛そうだった。
夜中、精神的にも、もうかなり辛くなり、
朝、
本人の希望と、それをオレが確認して
眠り続ける処置をしてもらった。

昼過ぎに病院に行った時、
薬を一旦ストップしてくれて、
起きている母親と、少しだけコミュニケーションがとれた。

でも目が覚めるとスグに辛くなるし、
言いたい事や欲求があるみたく見える動きをするんだけど、
口が動いても声にならず、動こうにも動けず、
こっちは
何もしてあげられない悔しさを堪え切れないで泣き顔を見せてしまうし
少しして、また眠り続けるを再開してもらった。


「お墓参り行ってきたよ!」
って言ったら
その時だけ、
「ホントに〜」って嬉しい顔をした。



この状態で
あと何日もつのか、オレは医者じゃないからハッキリ判らないけど、
担当の先生は
「短い日数ですね…」と言ってくれた。




寝ている時の顔は、ホントに穏やかで、
オレの中の感情は、気を許すと寂しさで泣いちゃうけど、
今はそんな事は的外れもいいとこで、
本当に
苦しまずに逝ければ、それが一番良い。


先生に「お母さん、よく頑張ったから」って言われた時
それを認めてくれたのが嬉しくて涙が止まらなかった。

眠れなかったから
朝の05:00に家を出て
06:00前に着いた。
墓地に入る所の門が閉まってた。
「開門は07:00です」なんつって。

コンビニを探して、お線香とお水を買って
門の前に車を停めて、忍び込んじゃった。

正直に道を歩いて行くより、
土手を登るとウチのお墓は近いから
駆け上った。
普通に上ればイイものを
なんだろな…
忍感覚かなぁ。
駆け上ったね。
山に囲まれた広い芝生とか池とか見て
テンション上がっちゃったんだろな。


お墓にボルヴィックをかけて
お線香に火をつけようと思ったら
車にライターを忘れてきた!

……。

土手を駆け下り
また駆け上り

汗ダクダクになりながら、お線香に火をつけた。

オレがボルヴィック浴びたかったな。。


これは誰々の分、これは誰々の分
なんつって
お線香山盛りにしちゃって
煙モクモクの中
母親の数珠を片手に
じーちゃん・ばーちゃんを思い浮かべて
母親が苦しまないようにウマい具合によろしくね
と、いつもよりも長く手を合わせた。


山も池も、お墓も
静かな時間だった。


セミが鳴き始め
暑くなり始めた。

駆け下って車に戻った。



一人でお墓参りに行くの、初めてだった。

なんかもう、
ここしばらく
だんだん、ほとんど
前向きなような事柄が無いから、
何か書こうと思って“新規投稿”の画面にしては、
何時間も書くことが整理できず、
結局、疲れて、
書かずにパソコンを落とす感じになっちゃってたけど、

なんでかワカラナイけど、
どうしても
オレの中に
伝えたい経験と
伝えたい感情があるので、
しょうがないし、
つらつらっと、書こうと思います。







最近の母親は
食が解禁になってから一通り、とりあえず食べたいと思った物を食べたし、
体調も悪化してきているので、
もう「あれ食べたい」みたいに簡単に口にできる欲求が
無くなってきてる。
量も食べれなくなったから、余計に言い辛くもなってる。

そこで難しいのが(ってまぁ、本人が一番難しいのを踏まえた上で)
毎日、お昼ご飯と晩ご飯 か、晩ご飯
を一緒にしているこっち側のやれること。。

病院に行ってから「今日何食べたい?」では間に合わない。
前の日に「明日何食べたい?」では本人が判らない。

その日、病院に行く前に買って行かなきゃならない。
それも本人が食べたいと思うだろうモノを。


難しいよね。。


でもこれが
オレはそれをけっこう普通に出来たりする。


それは
母親が病気になってから3年間、
二人で暮らしていたオレは毎日、
ビールとかを買いに行く“ついで”として
ほとんど外に出ない母親の
お昼ご飯や晩ご飯を買ってきていたからだった。

好みをだいたい把握できたし、
具合が悪い時とか、なんだか曖昧な時は
これとかイケんじゃない?的な提案もしたし、
モロモロに飽きた時には
最近これ食べてないんじゃん?的なダマシもできた。

オレは料理をほとんどしないから、
全てをいくつかのスーパーやいくつかのコンビニ
いくつかの出前で回してきた。
身体に良い物を作ってあげたりしなかったから、
親身な同居人ではなかったと自覚しているけど、

それが今、少し役に立ってる。


もう、派手な感じで食べ物は、ちょっと…な母親に、
入院する前の、多少だけど元気だった頃の
普段食べてた物を提供できる。

スーパーで売ってるチープな“サラダ巻き”的な物や、
コンビニの“ミニ・サンドウィッチ”とか、
“サッポロ一番”のカップラーメンまで。


入院の身で、美味しい物を食べれるのも幸せだろうけど、
普段食べてた物を食べれるのも、たぶん、嬉しいと思う。
何食べたいか聞かれて、頭を悩ませる必要も無いし。

そうしてるうちにまた
たまには美味しい物が食べたいね
なんて欲求がチョットだけ復活したりする。



3年間のオレのやり方は、
オレが決めて買ってくるが為に、
母親の食の幅を、ある意味狭くしてたともいえるかも知れない。
勝手な決め付けで管理して、自由を奪ってたと言われるかもしれない。

でも
二人で暮らして
母親の調子を肌で感じて、
母親が今、何を食べたいか…を想像し切って行動したことは
確実に今に繋がっている。


ホントは、
病院食だけを食べるのが、
一生懸命にしてくれる病院側への当然の姿勢なのかもしれないけど、

ほんの少しでも好きな物が食べれるのが、
母親の今、数少ない生きてる実感の一つだし、
もうすぐ死ぬかもしれない母親に、その瞬間を演出できるのは息子冥利に尽きる。



が、しかし…

そう思う度に
実は

こんなことは当たり前の事だろう

と思う。


この入院するまで、
オレは
食べ物のことなんかより
精神面に集中して気持ちで一緒に居たのに、
今のオレには
もうそんな当たり前のことしか出来なくなっている。
そのことは
言い表せないくらい、自分が情けなく、悔しい感情でいっぱいになる。

痛くて歩けない。

去年買った雪駄。
去年、あんまり履かなかった。
今年は、
今、母親に会いに行くとき、ほとんど毎日履いている。

まだまだ鼻緒の革が強情で、そこの部分の足がヤラれる。


夏、
汗を間に挟んで、いい具合にふやけた皮膚を
鼻緒がズルッと剥いてくれる。

乾燥してるときは、摩擦で削ってくれる。


バンドエイドを貼りまくるけど、
革は皮脂を吸って良い柔らかさになるから、
貪欲に、バンドエイドから外れた所を傷めていく。


歩くと
革は汗を傷にすり込む。



痛くて
もう歩けない。


なのに
オレの足は、一歩前へ踏み出す。


ホントに痛い
苦痛で顔が歪む。

オレの心はその痛さに、とっくに折れている。


なのに
足を一歩前へ踏み出す。



どれだけ歩いたって、
革は柔らかくならない。
オレの足の皮膚は強くないんだ。
無理して
意味の無い苦労と傷が増える。



なのに
オレの足はそれを履き、一歩前へ踏み出すんだ。


傷み続けて
家に辿り着いて、脱ぎ飛ばし、泣いてしゃがみこむ。



そしてまた
明日もそれを履くんだ。




バカみたいだけど、

痛くてもう歩けない

もう一歩も前に踏み出せない

違う。




イメージ 1

『お母さん』

予定日が2週間後の
もういつでも出してイイですよ
な状態の妊婦・従妹が、母親のお見舞いに来てくれた。
お腹パンパンだ。。


宣告された一応の余命があと1〜2週間ぐらいの
もういつ何があるか
な状態の母親が迎えた。
お腹パンパンだ。。


『もうすぐ生む』と『もうすぐ死ぬ』の間にオレは居た。


ガッチガチの、両者譲らずの存在感だった。

本人達はいたって仲の良い“叔母と姪”なんだけど。
っていうか
フツーに“母親同士”というか。

でも
オレの立ち位置からだと
その二人が居る絵面は強烈だった。
大きく繰り返される命の流れみたいなものを感じた。
当たり前のようにしてる二人を見てると、
オレが考える“生きる”だ“死ぬ”だなんか、なんだかね… だった。

その妊婦・従妹の存在で
母親個人の人生の流れも際立った。
母親の中だけでも
生んだし、育てたし、死ぬんだな。
当たり前だけど。




これから検診に行くという従妹をタクシーまで送り
病室に戻ったら、
今度は姪二人が居た。
お母さんも居た。

おいおいおい…
オレもう無理ぢゃね?
さっき生む直前な人が居て、スゲー感動しちゃって、
で、
今もう、子供大きくなってるやん。。

今度は
『成長』と『衰弱』の中にオレは居た。

命、感じまくるわぁ。。。




オレは短時間の間に違う状態の『母親』を3人見た。


生む母親に

育てる母親に

死ぬ母親。



なんかもう、
オレの存在なんか、今この場で消えて無くなっちゃうんじゃないかな…
ぐらい覚悟しちゃったけど、
圧倒的な『生と死』の中で
オレは、生きてる状態が大正解なんだと感じた。
当たり前だけど。



目の前で行われてた命の話だし、
オレ自身が生まれて来たもんで、
授かれない人や事情がある人に対して
デリカシーの無い言葉になっちゃうのは申し訳ありません


オレ
“お母さん”ほとんどみんな大好きだ!

なんだかオレは
“お母さん”を尊敬してしまうんだ。


生まれるとか生きるとか死ぬ
そんなのシンプルに感じさせてくれる。
見ていて、傍にいて、感じて、損は無い。 お母さん。








母親の“存在”がオレの“存在してる理由”なのは間違いない。
当たり前だけど。

もし生まれてなかったら、
母親の“存在”がオレの“存在してない理由”になるんだろうな。


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