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5日目に
母親は大部屋に戻った。
母親は、月曜日、容態が危険になった時
大部屋から“多目的室”という部屋に移された。
普段その部屋は、
机や椅子が並べてあって会議室みたいな部屋で、
週末とか、
お見舞いの人が多い時には控え室みたくも使ったりする。
で、
今回みたく「ヤバイっ!」ってなった患者さんの
一時緊急避難場所にも使われる部屋。
寄せられた机とかあったり、付き添い用の簡易ベッドを設置したり
ガチャガチャした部屋だったけど、
基本、個室だったし、母親は部屋に満足していた。
母親は大部屋が大嫌いだから。。
5日目の午前中、
大部屋に移動が決まった。
母親の大部屋嫌いを考えると
喜べる話ではなかったし、
前日に担当の先生に
もう昼間は付き添い的なのいらないですかね?
と聞いたら
「やっぱりまだなにがあるか判らないから、付き添ってあげてください。」
なんて言われていたので
不安もあり、
何か他の手は無いのですか?なんだかんだと話をしたけど、
結局は
個室は空いてないし
しょうがないということになった。
数年前
がんセンターで手術をした時
手術終わり大部屋に入れられ
数日後に母親は、精神がブッ飛んで、
身体に付いてるあるゆる管、モルヒネまでもを引き抜き、
自力で
入院してたの11階だか12階なんだけど、
1階の玄関まで逃げたらしい。
辛かったんだろう。
何が原因か、オレにはハッキリわからないけど、
大部屋のストレスとモルヒネと空腹
そのどれか、か全部 が要素だったと思う。
そんなことが過去にあったから、
母親は本当に大部屋が嫌だし、
オレも“大部屋の母親”には、身体的には回復傾向だろうが
何か違う心配をしてしまう。
でもま、
そんなことは病院側の都合とは関係なく。。
母親が大部屋に移り、
もう横で付き添いの泊まりはできなくなったけど、
その日は
母親の要望もあり、同じフロアにある『家族控室』に泊まることにした。
夜、消灯時間を過ぎた大部屋に母親を見に行くと
寝れちゃいなかった。
家族控室に戻って
もう「寝れないの?」とか声をかけたりできないんだなぁ〜
なんて思いながら
母親の気持ちを考えると心配で、結局こっちも寝れず。
心配し過ぎだと
誰もがきっと思うだろう。
「心配しても」「しょうがない」
「大丈夫なんじゃないかな」的な言葉は誰からも頂く。
でも違うんだ
オレはどうしても心配してしまうんだ。
一緒に住んでいた。
母親もオレも寝るのがあまり上手くないから
家にいた時は
寝れない時、よく二人でリビングに出てきて朝まで話をしてた。
もう、すごく昔の話のようだけど。。
母親がいる病院からオレは“母親の家”に帰る。
どこでも心配や想うことは勿論、
家に居ると切れ間無く母親を感じる。
寝ても覚めても母親の家に居る。
母親の猫もいる。
オレには、
今の母親に対して、したい!会いたい!できる!とかの欲求や行為はもう無いのかも。
「ヤバイっ!」の時「いてくれると心強い」と母親が言ってくれた。
たぶんこれからはそこだけが、オレの一番の集中しどころ。
そんなわけで
その日は
なにもせず
家族控室で朝を迎えた。
でもま、
なんだかんだいっても
母親の回復は喜んでいる。
母親の生命力の強さと
毎日、昼間病院に来て献身的にやってくれた
兄貴や直行のおかげだ。
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