愛情で、その日暮らし。

必ず誰かしらからの愛情があったから ここまで生きてこれた。 過去も、今も。

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書きたいときに、ボチボチとなんだかんだと書きました。
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8月16日 命日。

毎年、
ウチの近くでこの時期、花火大会があって、
少し歩いて行けば、めちゃめちゃ近くで花火が観れる。

母親は、なんせその花火大会が自慢で
マンションを買った時からずぅ〜っと
「すごいでしょ?♪ ここイイでしょ?♪」
って嬉しそうに、本当に嬉しそうに
何年経っても言ってた。


花火、去年は近くで観られなかった。

母親の骨壷と二人で、家の中から花火を観た。


今年は
兄貴家族
病気の母親にめちゃめちゃ良くしてくれたオレの親友
母親に良くしてくれたし、その後のオレをも気にかけてくれる古くから付き合いのある人、
母親に近しかった人達を呼んで
母親の写真と
みんなで花火を観に家から飛び出た。


今年は16日が花火大会だった。

喜んで自慢してる母親の顔がずっと頭に浮かんで
あんまり花火がはっきり見えなかった。


ナイス命日だよ。








毎年母親がやってた花火大会の“場所取り”、
今年は人生で初めて“場所取り”的なことをやった。

ダラダラと
空いてる芝生にシートをひいて、夕方
親友と二人で寝転んでビール飲んで
母親の話をしながら
まだ暗くならない空を眺めながら
まぁこんなんも、
たまには悪くないね。



イメージ 1

オリンピック 04'

母親は連日夜通し、テレビに噛り付いて熱く応援していた。
ホントに連日。
ホントに夜通し。

その時、もう腹水は溜まってたのに

癌は強烈に侵攻していたのに

身体が大変な事になってるのに気付かず、

ホントに連日。
ホントに夜通し。


オリンピックが終わって、すぐ入院した。






スポーツ観戦が大好きで。
世界規模のメジャーなスポーツはほとんど観てたんじゃないかな。
中でもオリンピックは別格で、
時差がありまくりな国で開催してても、寝ないでいろんな競技を観て熱くなってた。
どこの国のアスリートでも関係なく感動してた。


“4年前”
本人にとってその時が最後の元気だった自分の記憶だったから、
よく「あの時は夢中で応援してたわ」って話を聞かされた。
オレはその話を聞くのが大好きだった。
オレにとってその時が最後の元気だった母親の記憶だったから。




「次の大会は観れないかな… 観れないよね」って言う母親に
何も答えてあげれなかった。







イメージ 1

曖昧。。

家族サイズの家の中に独りで居ると
外の景色を眺めることが多い。

時々、空が
圧倒的に
窓の外のなにもかも
全てを一つにする。


こっち側は
それを見て
生きているのか判らなくなる




イメージ 1







携帯が壊れた。

イメージ 2


ストラップを通す所が折れた。

雑に扱うからなんだけど。。


「オカンの入院に付き添わなきゃいけなくなった時の為にワンセグ携帯買う〜」
って言って買ってから、
ちょうど1年。。



何もかも
約1年前から…モノによってはもうずっと前からの
意味ある物・事が
手を離れていくねぇ〜。。




時間が流れて、自然にこういう風になっていくのかもしれないけど、

オレは何も想い出になんかなっちゃいない。
リアルで感じて生きれてる。
だけど
「忘れろ」と言わんばかりに、何もかも…

母親を筆頭に、
猫や携帯や人、そしてこの家。
何もかもがオレから離れていく、オレが手を離す。



ゼロ・ベースに戻った時、
オレは楽になるんだろうか?

そういう誤魔化しを自分に打つオレじゃないけど。。。






こんな時間…
この不安・煮詰まり具合、

母親と、 話したい。

今、たまらなく母親の部屋に行きたい、
そしてギリギリ生きてる頃の寝てない母親と

話したい。。

一周忌も 終わり、

いろいろと終わっていく
終わらせていく。




母親が亡くなった時から気持ちでいろいろ決めてたこの1年弱、
毎日仏壇に想いを繋げたり、
母親の部屋をそのままの状態でキープしてたり、
この母親の家に住み続けたり、

忘れ形見の母親の愛猫と仲良く生活してたり。


そんなこと
1年なんかじゃ
きっと気がすまないんだけど。

けど





昨日、
一周忌のために上京してきた母親の妹に
猫を連れてってもらった。

連れてってもらったというか、
もともとそこから母親が連れてきた猫だったから、
そこへ返した。


母親の大きな想い出を、ひとつ身体から外した。








母親が入院している時、
面会時間が終わって、帰るとき、帰宅した時、離れて家に居る時、
一人で病院にいる母親の事を思うと、
勝手な想像だったけど
寂しいだろうな
不安だろうな
そんな風に思えて、そんな時は一人で泣いてしまってた。

誰からも責められないし、長く続ける為の手段だったけど
病院に一人母親を残して帰る自分が情けなくて悔しくて泣いてしまってた。


同じように
昨日から泣いてしまっている。


慰められたいわけじゃなく
遊びで自分責めをしたいわけでもなく
事実、本当に自分でそう思うからここに書くけど、


愛していたのに
愛しているのに
不細工に泣いてしまうのに
一番良い風にできない。


オレは本当に、無力で、酷く冷たい人間だ。










彼は、今度はオレの勝手で、また独りで新たな環境に放り込まれた。





イメージ 1
1969年6月3日

オレの誕生日。



去年、
最後へ向かう前の、必死で生きてる母親の姿が
最高の誕生日プレゼントだった。


辛かっただろうし逃げたかっただろうけど、闘いもしてた。
そういう様を見せてもらってて、
“生きる事と闘う強さを持ったこの人から生まれたんだ”っていう事が
今のオレの絶対の自信になってる。


兄貴とオレとの間に、中絶した子が2人いたから出る言葉だろうけど、
「あんたを産んどいて良かった」
って言われた時は
病気になってからずっと、
“あんたから産まれたオレの人生、あんたに全部使うのは当たり前なんだ”
って言い続けていたから
誕生日に貰う言葉としては、これ以上無いくらい嬉しい言葉だった。






もう、母親からの誕生日プレゼントは貰い終わったから

今年からは「産んでくれてありがとう」と言い続ける。


















ちなみに
一昨年の母親からの誕生日プレゼントは



イメージ 1

これ。。



まぁ〜
お優しい母上。




めっちゃキレたった。







ええ、ええ。

ハイ。

ご覧の通り

今は?

使ってますけど?

ナニカ???

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