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もうここではオレの鉄板の決まり文句だけど、
またしても
自分の『無力』さを痛感した。
母親の闘病中の3年間、
入院してる時は毎日、入院しないで家に居る時は週に2〜3日
母親とオレの支えになってくれていたナオユキ。
そのナオユキのお母さんが去年末、末期的なガンである事がわかった。
オレの母親が死んで、四十九日やらなんやらまで
一緒に付いてくれて
それがとりあえず一段落したら
スグ今度は自分の母親。
ナオユキは、実家のある四国に帰った。
ナオユキに何かあった時は、
とにかく命がけで、できる限りのことをするつもりでいた。
そんなのは
母親の3年間のことが無くても、ナオユキとはそういう付き合いを十数年間続けてきた。
ナオユキのお母さんとは面識も無く、
ナオユキがいるのは四国、
こういうときの、オレの“やれること”“やらないこと”は判っていたし
この流れでこんなことになるなんて
ショックだったし同情もしたけど、
オレなんかよりもショックを受けたのはナオユキだし
サイン待ちの状態でなにもできないのは辛いけど、
オレなんかよりも辛いのはナオユキだしナオユキのお母さんだし、
とにかく
オレは“何にもしない”をして、いろいろな事を心から信じて
ナオユキにコミットできる時がきたら、
全てを投げ打って、必ず、一瞬でも救う
そう決めた。
オレは受けた愛情で生きてる
今のオレの本当に何もしてない生活を
今のオレの大切な観念を
誰に何をどう批難されようと、
一般的な価値観の人達に理解されなくても
気にもかけない。
オレは受けた愛情で生きてることを、愛してる人に伝える為に生きてる。
年が明けて、ナオユキが一時帰宅してきた。
ちょうど誕生日が重なってた。
ただ二人で飲んで会話をしていれば、
魂の浄化ができるぐらいの愛が作用する二人だから、
何回か飲んで話して遊んだ。
それで良かったのかもしれないけど、
でも
オレから一方的にしてあげたい気持ちもあるから、
誕生日を祝う企画的なことをした。
細かいことはどうでもいい話だから書かないけど、
最終的にナオユキは苛立って帰った。
ナオユキを苛立たせたのは
今の置かれてる状況やいろいろな問題が原因なんだろうけど、
その日の一番の要因は
オレの甘さだったし、
力量不足や無力っぷりだった。
母親が死んでもう数ヶ月経っているけど、今のオレはまだ全然空っぽで、
その上で何かをする事が
オレは最大だと、たぶん思っていた。
その気持ちが、たぶんナオユキを苛立たせた。
飲んでる最中ナオユキは何度も「アキヒコが本気にならない」を繰り返し言っていた。
「自分に対して」じゃなく
「いろんな事に対して、そしてこれもそのひとつ」って意味で。
これが最大だと思っていたオレは、限界を感じないまでも
喧嘩にはならなかったし、
いろんな人に協力してもらったし
何か伝わったかな
これはこれでしょうがない
と思って朝方、ナオユキと別れた。
家に着いて着替えていたら
急に涙が溢れてきた。
軽くて、力の無い、駄目な自分を
急に感じて
それが悔しくて涙が止まらなかった。
ナオユキはいつもオレに“それ以上”を求める。
無茶苦茶な要求に感じる事が多いけど、
それは
ナオユキが全力で生きる人間だし、
オレがそういう人間であると信じてくれてるからだ。
普段なら、こんなことはよくある事だし
次への切り替えも難しくはないんだけど、
今この時のここ一番
甘えを持ったまま臨み
結果、何も応えられなかったのは、醜い。
オレはきっと、最初からこうなることが分かってただろうから
本当はもっとできた。
それも情けない。
何の為に生きてるんだ。。
最悪に
悔しく、情けない話だから、ここに記録。
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