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近野滋之Blog『民族主義者の警鐘』
反日勢力を根絶しなければ日本は滅びる! 美しき祖国・日本の国内外諸問題について良識のある日本国民の皆様と考えて行きたい!

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良識ある日本国民の皆様には、12月8日の大東亜戦争開戦記念日はご存知だと考えます。

昭和初期に「米国」はフィリピンを「英国」はインド・ビルマ・マレー半島を「フランス」はインドシナを「オランダ」はインドネシアを植民地としており、アジアが白色帝国主義諸国により植民地支配される中「唯一の独立国」であったのは「日本」だけでした。(枢軸国のタイ王国を独立国とするかは二重外交や戦後処理などで個々にご判断下さい)

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米国のルーズベルト大統領は「不戦を公約」に掲げていたので「日本から攻撃」をさせるように工作をして「日本の戦争回避」を潰すために「フライング・タイガースによる日本軍への攻撃」・「ABCD包囲網による日本の資源断ち」などをし、大東亜戦争開戦直前の日米交渉において1941年(昭和16年)11月26日に米国側当事者であった「コーデル・ハル国務長官」から日本側に提示された交渉文書「ハル・ノート」により、ついに昭和16年12月8日に「日本」は独立国としての主権を守る「自衛」と植民地支配にある「アジア開放」の為に開戦したのです。

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英国軍需生産省オリバーリットルトン

「米国が戦争に追い込まれたというのは歴史の改作狂劇である。米国が、日本をして次のごとき限界まで追い込んだからだ。すなわち日本人は真珠湾において、攻撃するのを余儀なくされるまでアメリカに強圧されたのである」
1944年6月20日、ロンドンの米国商業会議より

キンメル米国大将

「アメリカ政府が日本の野村大使に手交した対日通告は、以後の日米交渉の可能性に事実上の終止符を打ったものであり、したがって太平洋戦争を避けえられないものにしてしまった」
「真珠湾の審判」より

マーシャル 米国大将

(ハルノート手交前日の戦争諮問委員会に出席。他のメンバーはルーズベルト、ハル、ノックス、スチムソン、スターク) 「アメリカ側からさきに攻撃を開始すれば国論は分裂の恐れがあったから、外交の手続き上で、日本をして先に手出しを出させる必要があった。それではどう云う手を打つべきかについては、ハルが大統領のために準備すべきであると決定された」
1946年4月9日査問委員会より

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↑ ハル・ノート

62、激怒、安堵、絶望、喝采のハル・ノート

二十七日、ハル・ノートに接した我が国政府軍部首脳は直ちに連絡会議を開いたが、出席者全員がアメリカ政府の強硬な態度に衝撃を受け、落胆し、和平交渉の前途に絶望した。東京裁判において東郷は、「ハル・ノートは日本に、支那・仏印からの撤兵を要求していた。さらに三国同盟を死文化する条項も含んでおり、日本が之を受諾すれば、三国同盟を日本から破棄する事になり、国際信義の問題となる。この問題を除外しても、日本がハル・ノートを受諾して撤兵し、警察官までも即時引揚げる事になれば、中・南支でも日本がそれまでした事はすべて水泡に帰し、日本の企業は全部遂行できない事になる。

また、南京政府に対する日本の信義は地に墜ち、地方での排日・侮日感情は強くなり、日本人はこの地方から退去しなければならなくなる。さらにハル・ノートは満洲方面についても同じ事を要求しており、従って日本は満洲からも引揚げなければならなくなり、その政治的影響は自ずから朝鮮にも及び、日本は朝鮮からも引揚げなくてはならない事になる。換言すれば、日本の対外情勢は満洲事変前の状況よりも悪くなり、ハル・ノートは日本が日露戦争以前の状態になるような要求である。これがすなわち東亜における大国としての日本の自殺である。

ハル・ノートは日本に対し全面的屈服か戦争か、を迫るものと解釈された。もしハル・ノートを受諾すれば、日本は東亜における大国の地位を保持できなくなるのみならず、三流国以下に転落してしまうのが、ハル・ノートを知る者全員の一致した意見であった。従って、日本は自衛上戦争する外ないとの意見に一致した」と証言し、さらに東條は、キーナン検察官から「証人はハル・ノートを見た事があるか」と質問された際、「これはもう一生涯忘れません」と、ハル・ノートの内容を知った時の驚き、失望、怒りを一言の下に表した。
【国民のための大東亜戦争正統抄史1928-56戦争の天才と謀略の天才の戦い60〜66東條内閣の和平努力】より一部抜粋
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from60to66ww2.htm

大東亜戦争への道

東郷茂徳は東京裁判の口述書でその時の我方の反応を「ハル・ノートに対する出席者全員の感じは一様だった思う。米国は従来の交渉経緯と一致点を全て無視し、最後通牒を突きつけてきたのだ。我々は、米側は明らかに平和解決の望みも意思も持っていないと感じた。蓋しハル・ノートは平和の代価として日本が米国の立場に全面降伏することを要求するものであることは我々に明らかであり、米側にも明らかであったに違いないからだ。日本は今や長年の犠牲の結果を全て放棄するばかりか、極東の大国たる国際的地位を棄てることを求められたのである。これは国家的自殺に等しく、この挑戦に対抗し、自らを護る唯一の残された道は戦争であった」と述べている。

これは軍部の見解ではなく、文官たる外務大臣の意見であることに注意すべきである。無論、東條首相の宣誓供述書も殆どこれと同趣旨である。即ち連絡会議の結論は(1)ハルノートは明らかに最後通牒であり(2)米国は我国が受諾できない事を知りつつ、しかも関係国との緊密な了解の上に通知してきて居り(3)米側はすでに対日戦争を決意しているが如くである。
中村粲「大東亜戦争への道」展転社より一部抜粋



↑ 大東亜戦争は、米英とソ連スパイ(コミンテルン)の謀略だ!

昭和16年12月8日に「日本は真珠湾を攻撃」をして、「日本による奇襲攻撃」とされた真珠湾攻撃は3時30分ですが、「米国は1時間20分前」の2時10分に「アメリカ領海」において「日本海軍の潜水艦を米国軍艦が攻撃して撃沈」しており、これは「米国海軍ヒューウィット調査機関提出書類75」(1945年6月7日)にも記されています。

シーボルト米国少将

アメリカの駆逐艦ウォード号は、奇襲以前に日本の特殊潜航艇を撃墜している。 根拠はルーズベルト大統領の、「すでに日本との外交交渉は終わった。これからは諸君の手で解決されなければならない」という通告に基づいて。
「真珠湾の審判」より

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大東亜戦争終結後の日本は、本当の侵略者であった「戦勝国の歴史」を受け入れて「反日勢力」が「捏造した歴史」を信じていますが、私たち日本人の祖先が命を懸けて戦った「大東亜戦争」とは決して侵略戦争ではなく、日本の「自衛戦争」であり白色帝国主義諸国よりの「アジア開放戦争」との聖戦です。

歴史とは勝者が作るものであっても「勝者が正義」とは限らないのであり、日本の戦争回避を潰して開戦させたのはハル・ノートなど連合国の謀略です。

良識ある日本国民の皆様、日本の自衛とアジア開放の為の大東亜戦争についてご考慮下さい。

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