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白汁”はくじゅう”を エロワードにしたのは 私です。

書庫■ 考えてる事

日々 思ってたことなど・・・考えます!!´∀`

深く・・・掘り下げます!!

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カナダ人ジャーナリスト: エヴァ バートレット Eva Bartlett

独立記者。

シリアに度々訪れ、レバノン、ガザで 3年間を過ごしたそうです。


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彼女は 誠実でない、全く信頼できないと思っている
人権グループは 以下の通り。 



ホワイトヘルメット 

Physicians for Human Rights (PHR)

アムネスティ・インターナショナル 

国境なき医師団 Medecins Sans Frontieres/MSF 

ヒューマン・ライツ・ウォッチ



まぁ この 火事場泥棒の代理略奪戦争
ちゃんと 見てる人は思う、 ・・本当、結託したような、胡散臭い やつら、です。







こういう真実をいう人は、 合法的抹殺”暗殺”されないように、
がんばって欲しい。








ホワイトヘルメット アルカイダの民間防衛隊




アムネスティーインターナショナルが シリアを殺す








下のページを 翻訳したので、明日アップします。


「私はシリアにいました。〜主要メディアは あなたに 嘘をついています!!」

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例によって、日本では 全く伝えられてないと思います。

理由は よく分かりませんが、不都合な情報を
知らぬふり、見ないようにしている・・・。

サラリーマン報道関係者の 怠慢、としか いいようがない。



シリアンガールや チェリメッサン、PRESSTV、
独立放送局、イランニュースなど見てる人は 
これは 驚くような情報では ありません。



しかし、ヒラリーの 公開されたEメールによって
シリア過激派組織主体、FSAの かなり前から 言われていた、
シリア アルカイダ(アルヌスラなど) に武器や 給料を 
米国が 計画的に渡していた事が、証明されたと思います。


プーチンが 超男前に見える動画

真実を追い求め、追求する人、 チエリメッサン記者  シリア(アサド政権側)からの報道。
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2012年2月12日 シリアのアルカイダは 我々側”西側”についている

WikiLeaks Hillary Clinton Email Archiveから

View original PDF :オリジナルPDFビュアからの画像 

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件名に シリアのアルカイダは 我々の側についた。
と書いてあり、

シリアの アルカイダは 我々の側についた。
その点では、すべて思惑通りになった。

また 
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 Al-Qaida AL-ZAWAHIRI ”アッ・ザワーヒリー” 

アルカイダの指導者、アッ・ザワーヒリーは トルコと中東のイスラム教徒に対し、
ビデオメッセージを送り、アサド大統領支持者との戦いに 反乱軍"FSA"を支援することを呼びかけたそうです。


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この送信者、ジェイク サリバン”Jacob Jeremiah Sullivan”とは
 ヒラリークリントンの 2016年選挙運動の上級政策顧問で、
クリントンの下で10年近く働いていたそうです。

ヒラリークリントンの 国務長官補佐も務めました。 2017年現在、41歳。

Jacob Jeremiah Sullivan Birthdate:11月 28, 1976


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※ ここの情報を HP、ブログへ掲載の場合、このブログを
 必ずリンクしてください。

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関連記事:

Hillary Clinton : We created Al Qaeda  ヒラリークリントン : 我々が アルカイダを作った


2012年10月2日放送 ロシア RTから この情報も
ヒラリーメールから 大体あっていた事を証明した。

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スプートニクから
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なぜシリアとリビアでアルカイダを支援したんですか?




ナチスの独裁者アドルフ・ヒトラーが1945年4月にベルリンの防空壕で自殺せず、
南米に逃げたと仮定した場合は?ここで、疑問が生ずる。彼の遺体はどこに
眠っているのか?

ラボビアのリガ首都
© FOTOLIA/ MBONAPARTE
バルト三国ラトビアの議員 首都リガにナチス兵士の記念碑建立を提唱
アルゼンチンで最近出版された新著「亡命中のヒトラー」で歴史家アベル・
バスティ氏は、ナチスの指導者の第二次世界大戦後の生活について、
独自の説を展開している。

1945年、アドルフ・ヒトラーは、10年間住んでいアルゼンチンに避難を求めた
可能性がある。しかし、1955年、フアン・ドミンゴ・ペロン政権の打倒後、
新しい住み家を模索しなければならなくなった。他の多くのナチスと同じように、
ヒトラーはパラグアイに渡り、ドイツに出自を持っていた独裁者アルフレド・
ストロエスネルの後援の下に暮らした。バスティ氏がスプートニクの
独占インタビューで語った。

バスティ氏は著書の中で、ヒトラーや他のナチス高官がパラグアイで暮らしていた
ことを裏付ける諸々の証言を参照している。バスティ氏によると、ヒトラーは
1971年2月3日に死亡した。

「長年にわたって彼を助けた裕福な家族は、葬儀の執り行いを引き受けた。
ヒトラーはパラグアイ首都アスンシオンの地下壕に埋葬された。 1973年に
地下壕への入り口は密閉され、最後の別れには40人が駆けつけた。その後、
出席者の一人、ブラジルの軍人フェルナンド・ノゲイラ・デ・アラウージョが、
式典について新聞に語っている」

それはソ連軍によってベルリンの地下壕が制圧される数日前に始まった
長い旅のフィナーレであったかもしれない。本物のヒトラーは影武者の死体を
残して愛人エヴァ・ブラウンとともに地下通路から空港へ脱出し、スペインに、
次にはカナリア諸島へ飛んだ。そこから潜水艦でアルゼンチンの
コモドロリバダビアに向ったのだ。

「ヒトラーが逃げ延び、ソ連の手に落ちないということについては、米国との合意があった。それはまた、その後対ソ戦に参加した多くの科学者、軍人、スパイにも
関わることだ」と歴史家。

アルゼンチンから逃れた後、1955年にヒトラーはパラグアイのイパカライ湖の
ほとりにあるホテルに住んでいた。その後、パラグアイ独裁者の最初の妻
ストロエスネルに属する家に住んだ。アルゼンチンの歴史家によると、ナチス
指導者はまた、ブラジルとコロンビアを訪問した。

いずれにせよナチス・ドイツの独裁者の人生の物語は、まだ謎と曖昧さに
満ちている。

**********      

今更って記事だけど アップ。 この説、最初見たのは デイリーメールだったかな。



マッチポンプな テロリスト 



被害者面 似非正義国 





「米国政府が 他の国に何かを教える、権利はない。」  ドナルド・トランプ





Jihad Made in USA






米国政府の決定 = 正しい事、決定であり、正義 



日本への 民間人虐殺、 原爆テロリズム。 = 人体実験。 

戦後の世界秩序。



身勝手な神様国

ジーザス、という名の 悪魔崇拝。 カルト国家。


狂ってる。 


狂ってる者が 多数”政府”の 場合、正気と定義できる。

狂気は 正気なのだ。


それも 民主主義。

2016年05月30日18時42分


ロイター通信によりますと、29日日曜夜、シリアで不明になっている
「安田純平」と名乗る日本人ジャーナリストの画像が公開されました。

この画像では、

「助けてください。これが最後のチャンスです 安田純平」

と書かれた紙を持っているということです。

日本政府は、30日月曜、「政府としては、邦人の安全確保は、
最も重要な責務であるという認識のもとに、さまざまな情報網を
駆使して、全力で対応に努めている」としました。

3月にも、安田さんと見られる人物が、国と家族に向けたメッセージを
伝える映像が公開されました。

当時、日本のメディアは、彼はテロ組織ヌスラ戦線に拘束されたと
見られると伝えました。

日本の岸田外務大臣は、この画像の公開後、「画像は安田さん
本人と思われるが、それ以上は控えたい。引き続き画像の分析を
続けている。様々な情報を駆使して全力で取り組む」としました。

2015年初め、後藤健二さんと湯浅遥菜さんの2人が、テロ組織ISISに
よって人質にとられ、殺害されました。


この人 まだあっちいってたんだ。


FSA”過激派”の 人質がビジネスになっているの承知でいくなんて・・・。


完全な自業自得だよ。 

しかし政府はなんで ジャーナリストの 
これを禁止にしないのか?!

何もかもが ・・・狂ってる。


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ソース:

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