急性放射線障害が既に多くの人に・・!!チェルノブイリ原発事故による周辺住民と同じような症状既に多くの人達が同じ症状を発症している・・・
体調に異変がある方は比較してみてください。
チェルノブイリ原発事故による周辺住民の急性放射線障害 一九八六年
1. アレクセイ・クリヴェノク(二〇才、「五月一日」コルホーズの労働者)
四月三〇日
医療担当者の指示に従い、放射能汚染に対する解毒剤を服用した。
病人は衰弱し、動作も鈍っていた。ホイニキ中央病院に現れたときにも
一回おう吐し、三日間便秘していた。
尿中タンパクは、四・五グラム/リットルで、白血球数は、三六〇〇に
低下していた。
五月一日午前二時
ホイニキ地区中央病院を、ボルシチェフカ村(三〇㎞圏)の住民、
アレクセイ・クリヴェノク(二〇才、「五月一日」コルホーズの労働者)が訪れた。
彼は、全身衰弱、上腹部の痛み、口の渇き、おう吐、頭痛を訴えた。
症状は、四月二八日吐き気と頭痛で始まり、三八〜三九度の発熱があり、
一晩に三〜六回おう吐があった。
五月三日
ゴメリ州病院へ移された。患者の診療にあたった医師、M・V・コスによると、
「患者はプリピャチ川の岸辺で二日間、日光浴と釣りをしていた。
来院した際、肝臓あたりの放射線量は五から一〇ミリレントゲン/時で、
甲状腺のところは一五ミリレントゲン/時にも達した。
衣服は強く汚染されていた」。
ホイニキ中央病院の副医師長V・I・コビィルコは、四月二九日ボルシチェフカ村
で当人を診察している。そのとき、彼はすでに動作が鈍り、言葉も話すのも
苦しそうだった。頭痛を訴え、何度もおう吐した。
五月一日
コビィルコは 病院で再び彼を診察することになった。急性放射線障害
という診断は、だれにも疑いようのないものであった。患者のその後の
運命は明らかでない。
2. レオニード・ルキヤネンコ(四七才、搾乳夫)
五月二日午前二時
同じくボルシチェフカ村から、レオニード・ルキヤネンコ(四七才、搾乳夫)が
来院した。発病したのは五月一日で、吐き気、おう吐、全身衰弱、上腹部の
痛み、心臓の痛みが現れた。
3. オリガ・クズィメンコ(四七才)
五月三日
モローチキ村から、オリガ・クズィメンコ(四七才)が来院した。発病したのは、
四月二八日で、吐き気、おう吐、急速な全身衰弱と下痢をともなった。
病院でもおう吐した。吐き気、唾液の分泌、上腹部の痛み、下痢を訴えた。
甲状腺の放射線量は、三〇〇〇マイクロレントゲン/時で、衣服や彼女の
体からは二〇〇マイクロレントゲン/時であった。白血球数は三五〇〇。
4. 二・七才の幼児、マリーナ・ニコラエンコ
五月六日
ポゴンノエ村(人口一五〇三人)から、二・七才の幼児、マリーナ・ニコラエンコが
やってきた。この子の村も、汚染地帯にあった。唾液分泌の過剰と唇のむくみが
観察された。口の中の粘膜、頬、唇にはおびただしい発疹が認められた。
体温は三七・八度で、食べ物を受けつけなかった。五月六日、この子は
州病院に移された。
5. ヤーニナ・バグレイ(四三才、ストレリチェボ・ソフホーズの搾乳婦)
五月六日
ヴィソーカヤ村からヤーニナ・バグレイ(四三才、ストレリチェボ・ソフホーズの
搾乳婦)がやってきた。彼女は、五月二日から六日まで、一〇㎞圏
(チェムコフ村やウラースィ村の近辺)で搾乳に従事し、毎日一二時間
その辺りにいた。
五月六日
頭痛、めまい、吐き気がし、鼻出血があった。
顔の皮膚や手の先が充血し、白血球数は三〇〇〇であった。
我々が地区中央病院の記録保管室で探しあてた症例は全部で、
第Ⅱ度の急性放射線障害七例、第I度の急性放射線障害例七五例であった。
(中略)
三〇㎞圏住民避難の指導にあたった医師コビィルコは以下のように述べている。
「五月四日から七日にかけて、五二〇〇人が避難した。私のみたところでは、
一〇〇人を下らない人々が、急性放射線障害のあらゆる兆候を呈していた。
白血球数の三〇〇〇以下への低下は、避難した人の三〇〜三五%に認められた。
三人に一人に、初期の反応(第I度の急性放射線障害の兆候)が観察された」
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