|
DAVID JIMENEZ 東京特派員
福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。
松下さんが、東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、
二人の男が彼に近づき、その仕事の話を持ちかけた。特別な能力は何も必要なく、
前回の工場労働者の仕事の倍額が支払われ、48時間で戻って来られる。2日後、
この破産した元重役と、他10名のホームレスは、首都から北へ200kmに位置する
発電所に運ばれ、清掃人として登録された。
「何の清掃人だ?」誰かが尋ねた。監督が、特別な服を配り、円筒状の巨大な
鉄の部屋に彼らを連れて行った。30度から50度の間で変化する内部の温度と、
湿気のせいで、労働者達は、3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。
放射線測定器は最大値をはるかに超えていたため、故障しているに違いないと
彼らは考えた。一人、また一人と、男達は顔を覆っていたマスクを外した。
「めがねのガラスが曇って、視界が悪かったんだ。時間内に仕事を終えないと、
支払いはされないことになっていた」。53歳の松下さんは回想する。
「仲間の一人が近づいてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって」。
この福島原発訪問の3年後、東京の新宿公園のホームレスたちに対して、
黄ばんだ張り紙が、原子力発電所に行かないようにと警告を発している。
“仕事を受けるな。殺されるぞ”。彼らの多くにとっては、この警告は遅すぎる。
日本の原子力発電所における最も危険な仕事のために、下請け労働者、
ホームレス、非行少年、放浪者や貧困者を募ることは、30年以上もの間、
習慣的に行われてきた。
そして、今日も続いている。慶応大学の物理学教授、
藤田祐幸氏の調査によると、この間、700人から1000人の下請け労働者が亡くなり、
さらに何千人もが癌にかかっている。
完全な秘密
原発奴隷は、日本で最も良く守られている秘密の一つである。いくつかの
国内最大企業と、おそるべきマフィア、やくざが拘わる慣行について知る人は
ほとんどいない。やくざは、電力会社のために労働者を探し、選抜し、
契約することを請負っている。「やくざが原発親方となるケースが相当数あります。
日当は約3万円が相場なのに、彼等がそのうちの2万円をピンハネしている。
労働者は危険作業とピンハネの二重の差別に泣いている」と写真家樋口健二氏は
説明する。彼は、30年間、日本の下請け労働者を調査し、写真で記録している。
樋口氏と藤田教授は、下請け労働者が常に出入りする場所を何度も訪れて回り、
彼らに危険を警告し、彼らの問題を裁判所に持ち込むよう促している。樋口氏は
カメラによって―彼は当レポートの写真の撮影者である―、藤田氏は、
彼の放射能研究によって、日本政府、エネルギーの多国籍企業、そして、
人材募集網に挑んでいる。
彼らの意図は、70年代に静かに始まり、原発が、その操業のために、
生活困窮者との契約に完全に依存するに至るまで拡大した悪習にブレーキを
かけることである。「日本は近代化の進んだ、日の昇る場所です。しかし、
この人々にとっては地獄であるということも、世界は知るべきなのです。」と
樋口氏は語る。
日本は、第二次世界大戦後の廃墟の中から、世界で最も発達した
先進技術社会へと移るにあたって、20世紀で最も目覚しい変革をとげた。
その変化は、かなりの電力需要をもたらし、日本の国を、世界有数の原子力
エネルギー依存国に変えた。
常に7万人以上が、全国9電力の発電所と52の原子炉で働いている。
発電所は、技術職には自社の従業員を雇用しているが、従業員の90%以上が、
社会で最も恵まれない層に属する、一時雇用の、知識を持たない労働者である。
下請け労働者は、最も危険な仕事のために別に分けられる。原子炉の清掃から、
漏出が起きた時の汚染の除去、つまり、技術者が決して近づかない、
そこでの修理の仕事まで。
嶋橋伸之さんは、1994年に亡くなるまでの8年近くの間、そのような仕事に
使われていた。その若者は横須賀の生まれで、高校を卒業して静岡浜岡原発での
仕事をもちかけられた。「何年もの間、私には何も見えておらず、自分の息子が
どこで働いているのか知りませんでした。今、あの子の死は殺人であると分かって
います」。彼の母、美智子さんはそう嘆く。
嶋橋夫妻は、伸之さんを消耗させ、2年の間病床で衰弱させ、耐え難い痛みの
中で命を終えさせた、その血液と骨の癌の責任を、発電所に負わせるための
労災認定の闘いに勝った、最初の家族である。彼は29歳で亡くなった。
原子力産業における初期の悪習の発覚後も、貧困者の募集が止むことはなかった。
誰の代行か分からない男達が、頻繁に、東京、横浜などの都市を巡って、
働き口を提供して回る。そこに潜む危険を隠し、ホームレスたちを騙している。
発電所は、少なくとも、毎年5000人の一時雇用労働者を必要としており、
藤田教授は、少なくともその半分は下請け労働者であると考える。
最近まで、日本の街では生活困窮者は珍しかった。今日、彼らを見かけない
ことはほとんどない。原発は余剰労働力を当てにしている。
日本は、12年間経済不況の中にあり、何千人もの給与所得者を路上に送り出し、
一人あたり所得において、世界3大富裕国の一つに位置付けたその経済的奇跡
のモデルを疑わしいものにしている。多くの失業者が、家族を養えない屈辱に
耐え兼ねて、毎年自ら命を絶つ3万人の一員となる。
そうでない者はホームレスとなり、公園をさまよい、自分を捨てた社会の輪との
接触を失う。
“原発ジプシー”
原発で働くことを受け入れた労働者たちは、原発ジプシーとして知られる
ようになる。その名は、原発から原発へと、病気になるまで、さらにひどい場合、
見捨てられて死ぬまで、仕事を求めて回る放浪生活を指している。
「貧困者の契約は、政府の黙認があるからこそ可能になります」。
人権に関する海外の賞の受賞者である樋口健二氏は嘆く。
日本の当局は、一人の人間が一年に受けることが可能である放射線の量を
50mSvと定めている。大部分の国が定めている、5年間で100 mSvの値を大きく
超えている。理論上、原子力発電所を運営する会社は、最大値の放射線を
浴びるまでホームレスを雇用し、その後、「彼らの健康のために」解雇し、
ふたたび彼らを路上へ送り出す。
現実は、その同じ労働者が、数日後、もしくは数ヵ月後、偽名でふたたび
契約されている。そういうわけで、
約10年間、雇用者の多くが、許容値の何百倍もの放射線にさらされている
説明がつくのである。
長尾光明さんは、雇用先での仕事の際に撮られた写真をまだ持っている。写真では、彼は、常に着用するわけではなかった防護服を着ている。病気になる前、5年間働いた東電・福島第一原発で、汚染除去の作業を始める数分前にとった写真である。78歳、原発ジプシーの間で最も多い病気である骨の癌の克服に励んで5年を経た今、長尾さんは、原発を運営する会社と日本政府を訴えることに決めた。
興味深いことに、彼は、契約されたホームレスの一人ではなく、監督として彼らを指揮する立場にあった。「大企業が拘わる仕事では、何も悪い事態が起こるはずはないと考えられてきました。しかし、これらの企業が、その威信を利用し、人々を騙し、人が毒される危険な仕事に人々を募っているのです」と長尾さんは痛烈に批判する。彼は、許容値を超える大量の放射線にさらされてきたため、歩行が困難となっている。
30年以上の間、樋口健二氏は、何十人もの原発の犠牲者の話を聞き、彼らの病を記録してきた。彼らの多くが瀕死の状態で、死ぬ前に病床で衰弱していく様子を見てきた。おそらくそれ故、不幸な人々の苦しみを間近で見てきたが故に、調査員となった写真家は、間接的にホームレスと契約している多国籍企業の名を挙げることに労を感じないのだ。東京の自宅の事務所に座り、紙を取り出し、書き始める。「パナソニック、日立、東芝…」。
広島と長崎
企業は、他の業者を通してホームレスと下請け契約をする。労働者の生まれや
健康状態などを追跡する義務を企業が負わずにすむシステムの中で、それは行
われている。日本で起こっている事態の最大の矛盾は、原子力を誤って用いた
結果について世界中で最も良く知っている社会の中で、ほとんど何の抗議も
受けずに、この悪習が生じているということである。
1945年8月6日、
アメリカ合衆国は、その時まで無名であった広島市に原子爆弾を投下し、
一瞬にして5万人の命が失なわれた。
さらに15万人が、翌5年間に、放射線が原因で亡くなった。数日後、
長崎への第二の爆弾投下により、ヒロシマが繰り返された。
あの原子爆弾の影響と、原発の下請け労働者が浴びた放射線に基づいて、
ある研究が明らかにしたところによると、日本の原発に雇用された路上の
労働者1万人につき17人は、“100%”癌で亡くなる可能性がある。
さらに多くが、同じ運命をたどる“可能性が大いにあり”、さらに数百人が、
癌にかかる可能性がある。70年代以来、30万人以上の一時雇用労働者が
日本の原発に募られてきたことを考えると、藤田教授と樋口氏は同じ質問を
せざるをえない。「何人の犠牲者がこの間亡くなっただろうか。
どれだけの人が、
抗議もできずに死に瀕しているだろうか。裕福な日本社会が消費するエネルギーが、
貧困者の犠牲に依存しているということが、いつまで許されるのだろうか」。
政府と企業は、誰も原発で働くことを義務付けてはおらず、また、
どの雇用者も好きな時に立ち去ることができる、と確認することで
、自己弁護をする。日本の労働省の広報官は、ついに次のように言った。
「人々を放射線にさらす仕事があるが、電力供給を維持するには必要な仕事である」。
ホームレスは、間違いなく、そのような仕事に就く覚悟ができている。
原子炉の掃除や、放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、
一日で、建築作業の日当の倍が支払われる。いずれにせよ、建築作業には、
彼らの働き口はめったにない。大部分が、新しい職のおかげで、社会に復帰し、
さらには家族のもとに帰ることを夢見る。
一旦原発に入るとすぐ、
数日後には使い捨てられる運命にあることに気づくのである。
多くの犠牲者の証言によると、通常、危険地帯には放射線測定器を
持って近づくが、測定器は常に監督によって操作されている。
時には、
大量の放射線を浴びたことを知られ、他の労働者に替えられることを怖れて、
ホームレス自身がその状況を隠すことがあっても不思議ではない。
「放射線量が高くても、働けなくなることを怖れて、誰も口を開かないよ」。
斉藤さんはそう話す。彼は、「原発でいろんな仕事」をしたことを認める、
東京、上野公園のホームレスの一人である・・(略)
全文はこちら↓
関連記事:
|
少しずつ酷い実態が分かってきました。驚くばかりですね。
転載させていただきます。
2011/6/21(火) 午前 11:35 [ - ]
おんびらさん
私たちが知らないところで、
恐ろしいことが行われている実態、多くの人に知ってほしいですね。
転載ありがとうございます☆
2011/6/21(火) 午前 11:53 [ みぽりん ]
みぽりんさん
つらいです。
私は、ずいぶん古くから何処かの報道で知っていました。
でも、何の行動も取りませんでした。
謝罪懺悔しても、済まされません。
多くの人達も、知っていたと思います。
でも、何の行動も取りませんでした。
今も、日本・世界で行われています。
私は、私達は、行動しないことで、結果的に共犯者となっています。
直接ではないにしろ、原発では私達は共犯者になり、共犯者にしたのです。
世の中には、常に幾つもの、許されない事があります。
原発以外にも、常に幾つもの、許されない事があります。
ひとり一人では、総ては対応できません。
今の政治家にも限度があります。
それぞれの人々が、自分のできる範囲で正していくしかないのです。
人々がめざめる日が少しでも早くきます様に・・・・・・・・
なにが正しいのか・・・
新しい思想が、結実するまで、やれることしますか・・・
2011/6/21(火) 午後 3:10 [ KIKITATA ]
KIKITATAさん
ご存知だったのですね、、
確かに、私も自分の身の回りで日常的に行われていることの場合、
仕方ないと見てみないふりをしてしまうことも
あったかもしれません。
まだ知らない人に対して少しでも
問題をわかってもらうためなので、
あまり恐縮されないでくださいね。
人の命の尊さと原発の問題を
少しでも広げていけたらと思います。
小さな気持ちの変化は、
大きな力になると思います・・。
2011/6/21(火) 午後 9:33 [ みぽりん ]
唖然としてしまいました・・・
日本でこんなことが行われていたのですね。
人の命って何なんでしょうね?
そんなに簡単に軽く扱って良いものなのでしょうか?
いえ、そんなことはないですよね!!
言葉が続きません・・・
2011/6/21(火) 午後 9:53 [ morinokumasan ]
morinokumasan さん
そうなんです、私も唖然としました。
人殺し同然ですよね、日本は、原爆を受けた
最初で最後の国であり、同じ過ちを繰り返さないと
しながらも、おなじようなことを日本の中で
してきたのですね。
東海村JCOバケツ臨界ウラン放射線・放射能被爆事故
-83日間にわたる医療記録
http://blogs.yahoo.co.jp/x_csv/20456699.html
この作業者の中でも、記事にした方は、
状況がひどかったんです。
この作業者の最後にどのような状況になったのか、
映像には出てきません。
私は、別の場所で写真で見ましたが、
人だということがわからないひどさなんです。
全身が真っ赤で、皮膚がないですから、
人間だということもわからない。
広島の原爆資料館で皮膚がただれた人たちが
出てくるのですが、
比べ物にならないんです。
まだ、原爆にあった人たちは、皮膚が残っているし、
人間としてわかりますからね。
私が何度も涙した話でした・・。
よろしけれ
2011/6/21(火) 午後 10:27 [ みぽりん ]
短足おじさん
貴重な情報、ありがとうございます。
世の中の裏を知れば、もっともっと多くのことが
見えてくるのでしょうね。
2011/6/24(金) 午前 10:00 [ みぽりん ]
みぽりんさん、
今日、〜東海村JCOバケツ臨界ウラン放射線・放射能被爆事故
-83日間にわたる医療記録〜
を手にしました。
読み進めていくうちに、手が震えてきました・・・
こんなこと、考えられません。
悲しすぎる・・・
許せない・・・
2011/6/25(土) 午後 8:27 [ morinokumasan ]
morinokumasanさん
そうなのですね、
泣ける悲しい悲しい話です。
原爆落とされたとき、二度とこのようなことは・・、
と宣言したにもかかわらず、それよりもっとひどい
原発を作ってしまったんです。
闇の圧力を崩すのは並大抵のことではないでしょう。
でも、できるところからの努力が
このような悲惨な出来事を少しでもなくす
力になるのでは・・と思っています。
このような悲惨な事実を多くの人に伝え、
原発の恐ろしさを広めましょう!
2011/6/25(土) 午後 9:18 [ みぽりん ]
はじめまして。拙記事投稿時に「こんな記事もあります」から訪問しました。転載させてください。
2011/7/10(日) 午前 9:41
MDSさん
ご来訪、転載ありがとうございます!
原発を稼動させるための作業者の実態を
多くの人に知ってもらいたいです。
すでにご存知かもしれませんが、参考にどうぞ↓
【被爆】−83日間にわたる医療記録− 東海村JCOバケツ臨界ウラン放射線・放射能被爆事故
http://blogs.yahoo.co.jp/x_csv/20456699.html
原発作業者の悲惨な事故の話です。
2011/7/10(日) 午後 3:11 [ みぽりん ]