|
(1) 何もかも石油に頼ることを無くそう。(木や竹などを活用すればほとんどのものができる) 誰もがそれを分かっています。 でも、それは贅沢で出来ません。 昔は釜戸で食事を作っていました。 そのころは、石油コンロ、ガスコンロ、ましてや電気釜などは贅沢の極みでした。 現在は、釜戸で炊くご飯が贅沢の極みです。 昔は石油製品が木や竹などを活用したモノに比べて贅沢でした。 もちろん木や竹などを活用すれば、今でも石油に変わるモノを作れます。 でも、高価でとても手が出ません。 ましてや、今の状態でみんなが木や竹などを活用し始めたらどうなってしまうでしょうか。 贅沢の価値観が反転してしまった現在、それが可能だからといって、実際に出来るとは限らないのではないでしょうか。 (2) 放置田畑を有効に活用し、食物を収穫しよう。 農家は好きで田畑を放置している分けではありません。 田畑を作ると赤字になってしまって、生きていけないのです。 お米は国民の消費量を超えて生産されています。 安い農作物が輸入されています。 畑で野菜を作っても、生産にかかった費用が回収出来ません。 放置田畑を有効に活用すれば、食物を収穫出来ると思わないで下さい。 それが出来ないから田畑が放置されているのです。 価格調整で、精魂込めて作った野菜を潰さなければならない農家の苦しさを分かって下さい。 潰す野菜を安価で分ける計画も立てられました。 でも、輸送費がかかるので誰も引き取りに来ませんでした。 消費者の目からみる放置田畑の苦しみを分かって下さい。 (3) 農水産物は物々交換を主にしよう。(行政や官僚の手から自分たちのものへ) あなたは物々交換で生活が出来ますか? 農水産物の流通過程を簡素化し、費用のかからないようにしたいと誰もが思っています。 だからと云って、物々交換で解決出来るなんて思わないで下さい。 行政の力が必要だから、みんなが苦労しているのです。 (4) 『苦は楽の種』を実践しよう。例えばカランをひねれば水が出ることをありがたいと感じよう。 日本の林業は国際競争の激化による木材価格の低下から競争力を失い、森林の手入れも充分ではなくなっているために、森林の保全が叫ばれています。 これら森林の荒廃は、水源涵養機能や表面侵食防止機能などの公益的機能を低下させ、その損害は周辺の住民全体が被ることになります。 最近は台風の度に、上流から大量の流木が海に流れ込むのを知っていると思いますが、森が死んでいる証拠です。 カランから出る水の恩恵を受けている人々は、この危機を見ようともしません。 林業は、植林をすれば終わりではありません。 間伐、枝打ち、などの地道な手入れをしなければ、森は死んでしまいます。 割り箸の使用自粛などによる、間伐材で得られるはずの収入の減少が林業の疲弊を招いています。 全体を大きな目で見ないと、節約が大きな危険を招くこともあるのです。 (5) 太陽のエネルギーに感謝し、最大限活用しよう。 太陽光発電費用は、石油を使った発電費用の十倍近くあります。 日本は国からの補助で安く使えますが、本当にそれで良いのでしょうか。 外国の太陽光発電は、送電線を作る費用がかかり過ぎる場所にのみ作っています。 世界の中で、極端に多い日本の太陽光発電量を喜んで良いのでしょうか。 逆に環境破壊を進めていないでしょうか。 風力発電も同様の問題を抱えています。 (6) 直接、自分の力で自分達の食べるものを得よう。(田や畑で虫取り、肥料やりなど手伝う) 手伝い感覚で農作業をやられたら農家は喜ぶでしょうか。 農業従事者の高年齢化、減少化の中で無農薬農業を目指しても、ある程度の減農薬農業はやむを得ません。 農業制度から腰を据えて取り組まなければならないのです。 自分の力で自分達の食べるものを得るのが、ほとんど不可能なほど困難なのです。 国民総農民では、日本が成り立ちません。 by ウラン
|
全体表示
[ リスト ]




考えさせられる記事をありがとうございました。
2008/3/19(水) 午後 6:42 [ 森からの手紙 ]
ずいぶん勘違いされていますね!
2,3日内に真の意味(本当の私の考え方)をブログに載せるつもりです。
2008/3/20(木) 午前 6:43
のんびりさん からご訪問させていただきました。
竹林の現状は 悲しい程の様子です。
http://blogs.yahoo.co.jp/satoyamatukuri/folder/86755.html
食は大切ですね・・小生も初めてニンニクを収穫した時、臭みも無くとても美味しい味を頂きました。日が注す場所に育ってくれる事が判ったので 色々と作っていきますよ。菜の花・ソバ 等々無農薬です。
2008/3/25(火) 午前 4:36 [ sat**amatuk*r* ]