|
(1) 何もかも石油に頼ることを無くそう。(木や竹などを活用すればほとんどのものができる) とても素晴らしいお考えだと思います。 荒れた森や林の間伐材や、竹を利用することは、自然を守るためにも大切だと思います。 [重箱の隅つつき] 現在の森林の荒廃は個人レベルでの対策では無理なのではないでしょうか。 正常な林業の維持によって放置森林を無くさなければ、日本の山も都市も海も破壊されてしまいます。 「私達は努力しています、皆さんも協力して下さい。」で、何とかなるのではないかとの思い込みが怖いと思うのが、私のへそ曲がりな考えなのです。 早急に国としての抜本的な対策を施さないと、日本の森林はダメになってしまうというのが私の考えです。 >価値観を商業主義が変えてしまったのでしょうか。 社会生活の進歩が、全ての価値観を変えてしまったと思っています。 例えば、昔のお豆腐屋さんは朝が早かったのです。 朝作ったお豆腐や油揚げを、各家庭の朝食の味噌汁に間に合うように売らなければならなかったからです。 朝食のおかずは、朝食前に買っていたのです。 昔は釜戸で煮炊きモノをしていました。 薪を燃やすので、地べたに釜戸を置くしかありませんでした。 二階は一階とセットでのみ生活が可能でした。 水は井戸で汲んで水瓶に入れておきました。 便所も風呂も共有が当然でした。 冷蔵庫、電気釜、ガスコンロ、上水道、下水道等の普及によってアパート、マンション等で住居の高層化が可能となり、買い物もまとめ買いが可能となりました。 釜戸で薪を燃す生活から見れば、富裕層の生活と思われていた電化等生活が、今では逆転してしまいました。 釜戸で炊いたご飯が、超豪華食品となりました。 釜戸で生活していた人がアパート、マンション等に住めても、アパート、マンション等に住んでいる人は釜戸生活には戻れないのです。 釜戸での生活が可能な人々が、今ではセレブになってしまったのです。 >実際、薪を燃すことは大変です。しかしその過程がとても楽しいのです。 これは、普通(都会)の人には不可能な、とても贅沢なことなのです。 >新しい(またはすごく古い)価値観で商業主義を打破すれば石油を大切に使えると思います。 私個人の考えですが、上記の説明により実現不可能であり、現実的ではありません。 (2) 放置田畑を有効に活用し、食物を収穫しよう。 >農業よりも他の仕事をするほうが現金収入が多いと多くの人が離れていきました。 農家の方々にそんな選択肢はありません。 農業を続けて行くことが出来なくなったからです。 農業では生活が出来ないので、生きていくために農業を捨てているのです。 この状態でも、コメは有り余っているというアンバランスが起きています。 「放置田畑を有効に活用し、食物を収穫しよう」で農業問題が解決するなら、だれも苦労はしないと思うのが、私のへそ曲がりな屁理屈です。 >誰にも気兼ねの要らない健康的な農作物を作りたい。 ほとんどの人々には不可能なのです。 (3) 農水産物は物々交換を主にしよう。(行政や官僚の手から自分たちのものへ) 都会で暮らすのを止めて、日本人みんなが田舎で暮らしなさいと云うような、実現不可能な無理としか取れなかったのですが、私の頭が悪いのでしょうか。 >私は健康的(物々交換できる食品がとれる)な森や田畑が漁業を救うと思っています。 私もそう思います。 でも、漁業は近海のみで創業しているのではありません。 都会も地方も、農業国も工業国も資源国も、共に生きる道を探さなければなりません。 自給自足が最善とは思えません。 (4) 『苦は楽の種』を実践しよう。例えばカランをひねれば水が出ることをありがたいと感じよう。 森林を守るためには大切な心がけだと思います。 人間は、太陽とともに起きて、太陽とともに寝るのが最善であり、省エネの基本かと思います。 大賛成です。 (6) 直接、自分の力で自分達の食べるものを得よう。(田や畑で虫取り、肥料やりなど手伝う) お近くにお手伝い出来る場所があれば、大いに協力してあげて下さいね。 by ウラン
|
全体表示
[ リスト ]



