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虐待・・・
ネグレクト・・・
養育放棄・・・
子どもが怖い・・・
目の前の子どもたちは 変わったのだろうか
35年以上前に出会った子どもたちと・・・
子どもは根っこのところでは変わっていないと思う。のだが・・
(以下は以前に書いたもの)
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虐待によって7歳の子が亡くなった。
江戸川の2階建てのアパートをテレビは映し、 両親の顔も・・。(形から入らないで欲しいが) ジョウタン(情緒障害児短期治療施設)を取材されている方と話す機会があったとき、 子どもたちにとっての「母親」を思った。 7月に観たNHKの番組でも感じたが、 親がどんなに「子どもを見放しても(いや見捨てていても)」子どもは、 究極のところで母親を慕っている・・。ということ。 我々は子どもたちを前にして、 テレビで観る「今の親」に 「育てる資格がない!」などと簡単に言うが、 「育てられている子には、そんな資格よりも強い絆があるのだということ。 ある少年がいた その子は、中学から一般に言う「グレ」だし、 学校にも疎遠になった。 地域でも札付きの悪扱いをされ、警察の世話になり、 鑑別所・・・教護院・・少年院・・・ そんな・・・のあるとき、彼は我が家に現れた。 「泊まるところがない」 「逃げてきた」 「ずっと寝ていない」 彼は、約1週間の間我が家にいて、 はじめの数日は良く寝ていた。 その顔は、小学校のころと変わらないかわいいものだった。 母親に連絡すると 養護施設に預けたい!とのこと。 「いや、その前に、一度一緒に会って相談しませんか」というと 東京駅まで来るという。 駅に現れたお母さんは、両手に紙袋を抱えていた。 中身は、その子の衣類。 「このまま、家には戻ってきて欲しくない」と言った。 その子は、下を向いてただ泣いていた。 まずは、いったん家に連れて帰ってくれること、 そして、連絡しておくので、翌日に教育相談所に行くことを約束した。 地下街を歩いていく後姿を追いながら、 二人の距離が遠いままでいることが気になっても、 どうすることも出来なかった。 ・・・ 前に、ジャブのように子どもにじわじわと効いてくる ネグレクト・虐待について書いた。 そんな大それたことでなくても 子どもへの言葉がけ、 食事の習慣、 一緒の時間、 今の子たちの「情緒」にとっての「障害」となってきている モノが増えてはいないか? ジャブのように、 「障害があるの」ではなく、 情緒が健やかに育まれる「障害になる」モノが。 *** 家庭支援センターの動きも 学校の見極めも、動きも 教育資源としての施設学校のあり様にも まだまだ課題があり、 この問題を考えることで、次の教育への芽が生まれるのでは、とさえ考えている。 |
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