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報道特集を観た。
今回は、「AIと子どもの教育」についての話
この前は確か、「ゲーム障害」についてやっていた。
今日の一番のテーマは、AIには出来ない「論理的思考力」「読解力」を
子どもたちの教育に意図的取り入れていこう!ということ
馴染みのある板橋の学校や、その向こうの参観者にも知り合いがいた。
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いや、そんなことではない。
・・・
東大を目指すロボットの話
理数系では、70を超える偏差値をたたき出し、東大合格のレベルに達するが
国語や英語となると、ロボットには答えられない分野がある、ということ。
それが、文章を読解する力であり、論理的に物事を考える力であると言っていた。
そして、今の中高生に足りない力もそこにあるという。
しかし、人間でなければ理解できない「文章を読み解く」という力は
小学校から意識して学習すれば伸びていくし、これからは、ロボットにできない
その部分を伸ばしていくことが大切であるということだろう。
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そして、そのための教育実践を板橋区では取り上げ、これから重点的に行っていくというが
果たして・・・そいうことで良いのかという疑問を強く持った。
これまでも、国語科教育の中で、
「読解」が重視されてきた時代はあった。
「論理的思考力」とは何か、どうやったら児童に段階的身に付けせていけるのか?
と研究もされてきた。
ドリル学習を取り上げてやることでは身に付かないことや
テストのための「読解」では、思考力には結びつかないことも話されてきた。
それを、今、AIロボットの対局として取り上げ、番組のような(板橋区)実践を提示すると
これはまた、対症療法的なものになってしまう。
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小学校の国語科の研究会のジャンルが
読解部から「読解・読書部」になったのは意味がある
今の中高生の「読解力」や「論理的な思考力」「説明力」の無さは
PISA等でもそのたびに指摘されるが
同じように、教科書に「形としてだけ」・・・ドリル的に単元を組み入れるが
本質の話には至らない。
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なぜ、読書にいかないのだろう。
本を読むという行為は、黒板で接続語を( )を使って提示したり、オセロの黒白の並びを説明
させることよりも、真の類推力や読解力につながると思う。
そして、国語とか、算数とかの枠を超えて、もっと横断的に教科の枠を超えて
子どもたちに「考える学習」をしていくことが大切なのではないだろうか。
スキル的な学習は身に付かない、というよりも、物事に対する興味を持たせることなく
「論理的」に考える力なんぞ身につくはずがない!
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私は思う。
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