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いつか、書いただろうか?
子どもたちを連れて、日光に出かけたときのこと。移動教室ではしゃぐ子どもたちは、あの頃流行っていた使い捨てカメラを片手にに、東照宮に。ガイドさんの後を追いながら、話も聞かずに近くに寄り写真を撮っている子どもたち。そんな子どもたちに 優しく老ガイドは言った。 「みんなは、眠り猫、逆さ柱と言うけど、 ここの素晴らしさは、全体なんだ。二社 一寺と山の緑、それが大切なんだよ」と 今、いつものロストロで読んでいる本 から、思い出した。 「自分の暮らしの中で、経験のもち方、清濁の感覚、そういった一々に、自分が横切り、また突っ切ってきた風景が係わっている。そのように日々の風景を生きて、一人の「わたし」の経験を心に刻むということを、ずっとわたしたちはしてきたように思います。」 「今は何事もクローズアップで見て、クローズアップて考えるということが、あまりにも多いということに気付きます。クローズアップは部分を拡大して、全体を斥けます。見えないものが見えるようになった代わりに、たぶんそのぶんわたしたちは、見えてるものをちゃんと見なくなった。 風景のなかに在る自分というところから視野を確かにしてゆくことが、今は切実に求められなければならないのだと思います。」(大切な風景・長田弘) 昨日、30歳になる、卒業生と話した。 自分のここからとこれからを話したかったのだろう。わたしなどでよかったのかわからないが、「聞いてほしい」と言われたことが嬉しくて、あの頃、いつも私にもくっついていた目のクリっとした、あのままの笑顔。「今ばかりに、目を向けるのでなく、奥さんとこれからを、少し上から眺めてごらん」と言いたかったが、うまく伝わったかな? |
君とともに
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卒業式、何度目だろう!
空っぽの教室、残された黒板の文字 子どもたちの残り香。 初めて、卒業生を送り出した夜 押入れの布団に顔を突っ込んで泣いた。 明日から、目の前に、あの子達がいないことが信じられなくて、次の日、誰もいない、まだ片付いていない教室で、一人、ギターを鳴らした。 愛葉が、昨日ずっとひとりごとのようにつぶやいていた。 「私、五年生になりたくない」 げんちャンは 「来年、先生のクラスじゃなかったら、 学校こないからね」 いつも、私の無二のライバルに言われつ づけている言葉がある。 「先生やってますか」 もちろん |
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50年の歴史の中で、17年間を子どもたちと共に
歩ませてもらった学校、私にとっての宝物
アラサーになっても、高校2年生も、大声で
「マンジ!!」と呼んでくれて
あの頃と同じように、手を組んで、笑顔いっぱい。
みんなとあの時の歌が歌いたくて
時間をすこし戻して
エネルギーをもらいに来た子どもたち
嬉しかった、ギターがそこに用意され、
区長さんがみえるような場で歌った。
2階のベランダでいつか
大きな舞台の前に歌った「とべないホタル」
どうしても歌を聴いてほしい!とアカペラで歌って聞かせた女の子は
学校には行けてない・・・ でも そんなこと 関係ない
歌声がいまでも 心に響いている
***
みんな、ここまでいっぱい背負って
色々な思いを乗り越えてきている。
こんなメッセージが会の後
ラインでたくさん届いている
「マンジー今日は本当にありがとう。
マンジーはいつまでも子どもと寄り添って
素敵な思いを与え続けてね。
その笑顔にみんな救われるんだよ。
二度とない人生だから〜〜(教室にいつもあった詩)
私、大事に生きるよ。」
「ずっと、ずっと、会いたかったよ。先生。
話したいこといっぱいあって、話さなきゃいけないこともいっぱいあって。
でも、いつの間にか、成人だって。連絡帳書いたね
たくさん、まんじはいつも返事をくれた。
ここから、また 書いてもいい。返事くれる?
いつまでたっても まんじのクラスなんだから」
「おれも、働いて、いろいろ大変だけど
あの頃の、小学校の 6年は
思い出じゃなくて、大きな力になっているんだ!
って今日、本当に思った。遊びに行くよ!ありがとう」
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そんな再会の中で、一人の女の子。
(もう「色気なら負けないよ!」なんて言う大人?のやっぱり少女)
小学6年の時から、連絡が出来なかった。その理由は私にあって
約束を破ったのは私。きっと、心から待っていてくれたのに
そして、その時から、その子はこちらを向いてくれなかった。
当たり前だよ。でも、ずっと心に残っていた。
このブログで、名前を見るたびに
つらかった。そんな子?との再会。
大人になった少女はとても眩しかったけど、
やっぱり、変わらない あの時のはきはきした子
「ごめんね」というと
「あの時は私も幼かったから」と言葉を優しく返してくれた
***
少女マイカの風(小6)・・・違う書庫(本ブログ内)は
大人になったマイカの風 として再会は再開をよんだ。(読んでみてください)
ありがとう、君の詩には、
独特のエネルギーが
小学校のころからあるんだ。
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何か隔世の感がある
でも、確かに みんなここにいた
あの場所に ね
ずっとつながっていよう
今回会えなかった君とも
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報道特集を観た。
今回は、「AIと子どもの教育」についての話
この前は確か、「ゲーム障害」についてやっていた。
今日の一番のテーマは、AIには出来ない「論理的思考力」「読解力」を
子どもたちの教育に意図的取り入れていこう!ということ
馴染みのある板橋の学校や、その向こうの参観者にも知り合いがいた。
・・・
いや、そんなことではない。
・・・
東大を目指すロボットの話
理数系では、70を超える偏差値をたたき出し、東大合格のレベルに達するが
国語や英語となると、ロボットには答えられない分野がある、ということ。
それが、文章を読解する力であり、論理的に物事を考える力であると言っていた。
そして、今の中高生に足りない力もそこにあるという。
しかし、人間でなければ理解できない「文章を読み解く」という力は
小学校から意識して学習すれば伸びていくし、これからは、ロボットにできない
その部分を伸ばしていくことが大切であるということだろう。
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そして、そのための教育実践を板橋区では取り上げ、これから重点的に行っていくというが
果たして・・・そいうことで良いのかという疑問を強く持った。
これまでも、国語科教育の中で、
「読解」が重視されてきた時代はあった。
「論理的思考力」とは何か、どうやったら児童に段階的身に付けせていけるのか?
と研究もされてきた。
ドリル学習を取り上げてやることでは身に付かないことや
テストのための「読解」では、思考力には結びつかないことも話されてきた。
それを、今、AIロボットの対局として取り上げ、番組のような(板橋区)実践を提示すると
これはまた、対症療法的なものになってしまう。
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小学校の国語科の研究会のジャンルが
読解部から「読解・読書部」になったのは意味がある
今の中高生の「読解力」や「論理的な思考力」「説明力」の無さは
PISA等でもそのたびに指摘されるが
同じように、教科書に「形としてだけ」・・・ドリル的に単元を組み入れるが
本質の話には至らない。
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なぜ、読書にいかないのだろう。
本を読むという行為は、黒板で接続語を( )を使って提示したり、オセロの黒白の並びを説明
させることよりも、真の類推力や読解力につながると思う。
そして、国語とか、算数とかの枠を超えて、もっと横断的に教科の枠を超えて
子どもたちに「考える学習」をしていくことが大切なのではないだろうか。
スキル的な学習は身に付かない、というよりも、物事に対する興味を持たせることなく
「論理的」に考える力なんぞ身につくはずがない!
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私は思う。
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書き初めの練習をしている。
落ち着いて、半紙に向かう・・・初めはそれだけで十分だった3年生が
今は、習字が大好きだ!と答える
・・・
私は好きではなかった。
それは、硯に水を垂らし、墨をする・・・そういう一連が習字だと教えられ
姿勢、筆も持ち方、墨の色、そんなことばかりで、字の形を考える前に
きっと習字に対するイメージは終わっていたから。(言い訳ですが)
・・・
さて、3年生の中に、左利きの子がいる。
「習字は右で書くもの」と私自身は思っているが
3年生のこの時期にしっかりと教えることが大切だと思っている。
始筆、終筆、文字の流れや書列などから、左利きの子は苦労してきたのを見ている
(というか、どこかで、先生がしっかりと指導してこなかった子が多かった)
左利きの子に無理やり右で書かせることはとても難しい、とか
それは、強制で、巧くかける子もいる とか
そのことによって、習字嫌いになってしまった とか
大人の論理で、良く言うが
私は、これまでの経験と、今、目の前にいる男の子を観ていて
どれもが、大人の配慮のなさと言い訳のように思えてならない。
児童への言葉がけや、スモールステップでの励まし、
丁寧な指導(筆の持ち方など)をしっかりとすれば
3年生ぐらいの子どもたちの 可変的な可能性は、
意欲に変わっていくものだということを 子どもは見せてくれる。
(この子は今年になって初めて毛筆を始め、右手で初めて文字を書いた)
2時間じっくりと、たった3文字の字と向き合っても、
真剣に、最後まで、粘り強く頑張る子どもたちを観ていて、
そう感じた。
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